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ライラック王国の姿~ライラック王国編~
食事をするお姫様
しおりを挟む一度目を覚ますともう一度寝る気も起きず、ミナミは顔だけ洗った。
いつもは何かある度に着替えるが、お城でもない今はそのままだ。
それに少し抵抗を感じるのは、やはりいつもの生活が身に染みているせいだろう。
あれだけ窮屈で嫌だと思っていたのに不思議なものだ。
そのことが少しおかしくて笑ってしまった。
だが、戻れないことを悟り、気分はまた沈んだ。
「…ミナミ?」
洗面所の外でルーイが心配そうに声をかける。
「ごめん。大丈夫…」
ミナミは自分を叱咤させるように言うと洗面所の扉を開けて部屋に出た。
ルーイは城の兵士の恰好ではないが、身軽で動き易そうな服を着ている。腰に差している剣を見て、彼がずっと警戒していることに有難さと申し訳なさを感じた。
「ああ…この服は、イシュさんから借りたんだ。」
ルーイは着ている服を白髪で色白の青年から借りたと話した。
身長はそこまで変わらないからもう一人の確か…モニエルという青年から借りないのかとふと思ったが、特に気に留めなかった。
たぶん、着替える時に傍にいたから借りたんだろう。
コンコン、と廊下側の扉がノックされた。
「はい。」
ルーイが剣に手をかけて答える。
「警戒しないでよ。僕たちだ。」
扉の向こうから言うのは、声からして、今しがた話題にあがったイシュだ。
「なんですか?」
ルーイは警戒を解くことなく尋ねた。
「食事を持ってきた。」
扉の向こうから答えるのはイシュではなくアロウだ。
ルーイはアロウの声を聞いて、ゆっくりと扉を開いた。
部屋の前には食事を持ったアロウと両脇にイシュとモニエルが立っていた。
ルーイに促され三人は中に入ってきた。
アロウは手慣れた様子で、部屋の机に食事を広げ準備をしていた。
こんな状況だが、昨日城から逃げて、ずっと何も食べていない。
ミナミは自分が空腹なことに食事を見て気付いた。
アロウが準備するのをルーイは目を細めて見ていた。
「そんなに疑うなら毒見はするよ。」
ルーイに冷たく言い放ったのは、モニエルだった。
アロウはミナミに気を遣ってか、紅茶をティーカップに淹れていた。
確かにミナミは紅茶が好きだし、このような場所で飲めるとは思わなかった。
パンとサラダ、卵と焼いた味付き肉の匂いと紅茶の香りがミナミの食欲を刺激した。
正直、直ぐに食べたいが、ルーイがミナミの前に立ってモニエルを睨んでいる。
「僕肉食べるよ。」
イシュは少し嬉しそうに毒見に立候補した。
手を挙げて言う彼の様子が、年上にもかかわらず子供っぽくてミナミは可愛いと感じてしまった。
というよりも、イシュは年齢不詳な外見をして居る。
ミナミよりは年上だろうと思うのだが、背もそこまで高くないし、体つきも細い。
真っ白な髪と、羨ましく思うほど白い肌は綺麗で、年輪を感じないし儚くもみえる。
何よりも白いまつ毛に覆われた目の中の赤い瞳は宝石のようでミナミは綺麗だと純粋に思っている。
そして彼の動きは世間を知らない子供のようなものがある。
「君、毒効かないでしょ。毒見の意味がないよ。何より全部食べかねないから、そこの兵士でいいじゃない?」
モニエルはイシュの上げた手を下げさせ、顎でルーイを指した。
モニエルも年齢不詳な外見をしているが、少し暗い目は大人っぽさを感じる。優しそうな印象を受けるたれ目なのに不思議だ。
彼は右耳から右頬の傷が目立つが、かなり端正な顔立ちで、いわゆる美男子と言っても差し支えない。というよりもオリオンと同レベル並みだ。
綺麗な形の眉と上品なつくりの鼻と口はミナミも見惚れてしまう。
そして彼の動きは、イシュと違って世間を知っているような大人っぽさがある。
イシュは違うが、何となくルーイはモニエルとミナミを近づけないようにしている気がする。
それに、ルーイとモニエルの間に不穏な空気が漂っているのは確かだ。
いや、それよりも今モニエルはとんでもないことを言わなかったか?
ミナミは思わずイシュを見た。
同じことを思ったのはルーイもだったらしい。
イシュは自分の希望通り毒見ができないのを残念がるように口を尖らせている。
しかし、今、彼には毒が効かないと聞こえた。
「変な物は入っていませんよ。姫様。」
アロウはそんな空気を打ち破るように笑顔でミナミに言った。
「ルーイ。私お腹すいたから…ね。」
ミナミはルーイの腕を引いて、早く食事をしたいと訴えた。
ルーイは気まずそうにアロウを見て、ミナミを食事の用意された机の前まで誘導して座らせた。
ミナミが座る様子を見て、モニエルは少しだけ安心したような顔をしていた。
その横ではイシュが心配そうに彼を見ている。
何となく二人の関係が掴めずミナミは食事を摂りながら様子を見ていた。
宿の主であるアロウが雇っている用心棒と言っていたが、二人は用心棒に雇われる前から一緒にいたのだろう。それは出会って間もないミナミも察せられる。
純粋にこの二人は仲が良いのだなとミナミは思っている。
昨日は必死であったし、余裕も無かったから二人をよく観察していなかった。
ただ、用心棒をやるような腕の立つであろう二人はすぐにミナミの視線に気づいた。
視線を返されるとミナミは慌てて目をそらし、食事に目を向けた。
アロウの用意してくれた食事は、空腹であることを除いてもとてもおいしかった。
そういえば、お城のご飯は冷めていることが多かった。
毒見やら変な準備やらで食事まで時間がかかっているのだろう。
馴染みのない暖かい食事は新鮮だった。
「お口に合いましたか?」
アロウは完食したミナミを見て、嬉しそうに微笑んでいた。
「はい。とってもおいしかった。ありがとうございます。」
ミナミは彼の嬉しそうな顔を見てつられて笑った。
全部食べて安心したせいなのか、ミナミは思わず淡い魔力をふわふわと漂わせてしまった。
しかし、アロウはそれを気にする様子は無かった。
アロウはミナミに紅茶を差し出した。
ルーイは警戒するように見ていた。
アロウはそれに応えるように、他にカップを人数分持ってきて淹れていたのを主張した。
ルーイはミナミに差し出されたカップをアロウに押し戻した。
「ミナミが選ぶ…」
ルーイは横目でミナミを見た。
ミナミはそこまで警戒しなくてもいいのにと思ったが、ルーイもオリオンから任されて責任を感じているのだと思い、五つのカップを見比べた。
特に違いも見当たらず、適当に選んだ。
イシュとモニエルとアロウにカップを渡し、残ったのをルーイに渡した。
「いただくよ。」
イシュはアロウに確認を取ると、クイっと飲み干した。
イシュは空になったカップを見せて得意げにルーイに笑った。
ルーイはたぶんそこまでイシュを警戒していないのだろう。納得したように頷いていた。
そもそも彼は毒が効かないと言っていた。なので彼の行動は判断材料にはならないのだ。
正直ミナミも飲みたいが、ルーイは次はモニエルを睨んでいる。
「…はあ…」
モニエルは片手でカップを取ると、慣れたように紅茶の香りを吸い込み、少しだけ口に含ませた。
「毒は無いよ。」
モニエルはカップを置いて、ルーイを得意げに見た。
「ルーイ…大丈夫だから…」
ミナミはルーイの手をどかせて自分のカップを取った。
「…わかった。」
ルーイはしぶしぶと言った様子でミナミが飲むことを了承した。
おそらくイシュが飲み干したのが大きいのだろう。
ミナミはやっと紅茶が飲めると少し笑った。
そして、カップを取り、香りを楽しみながら少し口に含んだ。
一息をついて飲む紅茶はどんな状況でも安心させてくれる。またミナミはふわふわと魔力を光らせてしまっていた。
「…あれ…」
ミナミは紅茶を飲むアロウやルーイを見てから、まだ中身の残っているカップに手をかけるモニエルを見た。
モニエルはミナミの視線に気づくと、顔を少し歪めた。明らか彼には歓迎されていない。
昨夜の彼の表情が気になるが、それを聞けるような気配もないし、余裕もない。
ルーイはミナミがモニエルを見ているのが気に食わないのか、モニエルを睨んでいる。
「では、これからの話をしましょう…」
アロウが険悪な空気になったのを察したのか、優しい声で言った。
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