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ライラック王国の姿~ライラック王国編~

一人の王子様

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 オリオンに言われ、ミナミは兜を被り、共に会場を出た。



 オリオンはもう見張りも大丈夫なことを周りの兵士に伝え、カモフラージュのため、数人のミナミと同じ格好をして居る兵士も伴にして歩き出した。



 ミナミを誤魔化すために連行された青年のせいか、警備にあたっている兵士たちは騒がしい。

 それだけではない。

 王国の兵士に数人の帝国の人間が話しかけている。



 彼等の表情は真剣そのものだ。



「…何があったんだ?」

 オリオンはミナミと数人の兵士を引き連れて、帝国の人間と王国の兵士が話しているところに向かった。



 オリオンの問いに、帝国の人間も姿勢を正して敬意を表してから答えた。



 どうやら捕まった青年二人は帝国のお尋ね者の情報を持っていたらしい。それが発覚したから帝国側に取り調べをさせろという話になっているようだ。



 どういう経緯で来たのかも含め、何故捕まったのかも謎であるため、連行した若い兵士たちも取り調べたいという話だ。



 青年二人は構わないが、若い兵士の取り調べでもめているらしい。



 ミナミも確かに不思議に思ったが、アロウが何かを手配してくれたのだろうと軽く考えていた。



「…帝国のお尋ね者…マルコム・トリ・デ・ブロックか?」

 オリオンは深刻そうな顔をしていた。



「そうです…オリオン王子…」

 背後から急に声がかかった。

 オリオンと話していた帝国の人間が姿勢を正して、敬礼をした。

 どうやら立場の高い人間が来たようだ。



 オリオンや周りの兵士たちに合わせるようにミナミも怪しまれないように振り向いた。



 そこにいたのは、フロレンスと共にいた黄土色の髪の男だった。

 彼は帝国でも立場の高い人間のようだ。歩き方や雰囲気から騎士であるような気がした。



「これは…副団長殿と呼べばいいですか?」

 オリオンは警戒するように茶色の髪の男を見ていた。



「エミールでいいですよ。楽な方でいいです。こだわりません。」

 副団長と呼ばれ、エミールと名乗った黄土色の髪の男は穏やかそうな笑みを浮かべて言った。

 年齢的にはフロレンスやオリオンよりも年上だが、彼には年齢を感じさせるものはなかった。

 ただ、誰かの傍に付くことや補助することに慣れているような…表に立つような人間には見えなかった。



 だが、彼の立場は、ミナミも知っている。



 帝国騎士団の副団長“エミール”というのは名の知れた存在だ。

 それがこんな無害そうな人間だとは少し拍子抜けだと思った。



「リラン殿から聞いていますよね…マルコムを追っている話を」

 エミールは周りの兵士と同じようにミナミのことも見ているので、彼が気にかけるのはオリオンだけだ。

 遠慮することなくオリオンに話しかけている。



「ええ。リランは同じ名を持っていると強調して話していました。因縁深いというのは何となくわかります。」

 エミールの穏やかそうな顔にたいして、オリオンは警戒を変わらず示している。



「…ええ。因縁は深いです。マルコムとリラン殿は、同じ隊の先輩後輩の関係にありましたし…それ以外にも…」

 エミールは顔を歪めていた。

 どうやらマルコムという青年に対して、エミールも何か思うところがあるようだ。そして、それはいい感情では無いことは確かだ。



「二人の青年の取り調べに関しては帝国側の介入を許しますが、兵士の方は一回こちらと話をしてからでいいですか?」

 オリオンは少し考え込んでから言った。

 確かに若い兵士はオリオンとアロウとのやり取りの結果別の人間を連行拘束したのだから、口を割らせないことや、なぜその二人を拘束したのかを聞く必要がある。

 もしくは、これもアロウの作戦だったのかは分からないが、オリオンがこれに関しては何も知らないことは確かだ。



「…後でリラン殿にもそう言ってください。」

 エミールは少し諦めたような顔をしている。

 どうやら兵士の取り調べについて強く願っているのはリランという者らしい。



 今までの会話で、ミナミも分かってきている。

 リランとは、フロレンスのことだ。



 ミナミはそこで一つのことに気付いた。

 国王である父はフロレンスのことを“フロレンス”と呼んでいた。

 どのようなことがあったのか分からないが、オリオンは“リラン”と呼んでいる。そちらが名の方だろう。



 その呼び方は、フロレンスよりも近い距離を表している。

 少しだけオリオンが羨ましいと思った。



 とはいえ、そんなことを考えている場合ではない。



 オリオンは怪しまれないように動いてくれているのだから、ミナミも集中して動かなければならない。



「わかりました…後で直接話しますよ…」

 オリオンは少し嫌そうな顔をした。



 その顔を見て、信じたくなかったが、オリオンがフロレンスに弱みを握られているとか色々言われているのが、嘘ではないのかもしれないとミナミも思ってしまった。



「…では、妹が来たらしいので…少し会場から離れます。何かあれば会場にいる兵士や対応にあたっている臨時の役職に伝えてください。」

 オリオンは軽く礼だけしてエミールの元を離れようとした。

 ミナミと数人の兵士を変わらず伴わせてそのままアズミの元に向かうらしい。

 オリオンなりミナミへの気遣いだろう。

 やっぱり、オリオンは優しい兄なのだ。



「オリオン王子…」

 離れようとしてオリオンに冷たい声がかかった。

 それは、エミールの物だった。

 あの穏やかな顔から発せられる声とは思えないものだ。



 そのギャップにミナミは少し恐怖を感じたが、オリオンは驚く表情を見せず、足を止めて振り向いた。



 彼に倣いミナミと他の兵士も振り向く。



 エミールは穏やかさのない顔をオリオンに向けていた。

 探るような、警戒をあらわすものだ。

 そして、冷たい目だった。

 彼の真っ黒な目は、夜の海のように底冷えのするものだった。



 そしてその顔は、“帝国騎士団副団長”という立場がよく似合うものだ。

 その目はオリオンだけではなくミナミを含めた周りの兵士たちにも向いた。



「マルコムに関しては…自分は甘く見られないですよ。」

 言い方は柔らかいが、声色は冷たく、表情や雰囲気からオリオンを脅しているのはわかった。





 オリオンは臆することなく目を逸らして、歩き出した。

 ミナミや他の兵士たちもそれに続いた。

 ただ、周りの兵士たちはエミールの脅しを受けて恐怖を感じているらしい。なんとなく周りの様子が落ち着かない。



 ただ、エミールの表情と雰囲気の変化に驚いたが、それ以上にオリオンが今いる環境にもミナミは驚いていた。





 こんな、味方のいない場所にいるのだ。



 国の者達もオリオンに協力的で帝国を疎ましく思っているとは聞いているが、力で圧倒的に不利になっているのならどう転ぶのか分からない。



 ホクト側に付いている者達がいたとしても、オリオンに協力的だとは分からない。



 完全に味方がいないというわけではないが、頼れるのは若い兵士たちだけだろう。



 ルーイの友人やミナミとも交流のあった者達だ。

 それこそ、今回手引きしてくれた兵士たちのようなものだ。

 だが、ただの一介の兵士たちなど権力の前では無力だ。



 オリオンの傍に、誰か頼れるものが必要だ。



 ミナミは前を歩くオリオンの背中を見ながら考えた。

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