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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

激情を見せる王子様

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 海の色に映える白い城壁と、海と空の両方を連想させる青い屋根。



 その中のひときわ堅牢で実用的で豪華に見える部屋に、ぱっと見金髪の美青年にしか見えないオリオンが腕を組んで俯いていた。



 姿勢と表情から疲労がたまっているのがわかる。

 目の下にはうっすらと隈がある。



 白磁といっていいほど白い肌には、皮膚の下の血管が不健康そうに青く透けて見えていた。



「その…大丈夫ですか?」

 オリオンを気遣うようにルーイが恐る恐ると言った様子で声をかけた。



「ああ。帝国の死神様がここで相談事などをしなければなおさら大丈夫だ。」

 オリオンは嫌味ったらしく執務室の壁に寄り掛かっているリランを見て言った。



 リランは心当たりなどないという様子で、目を丸くし驚きを隠さない顔をした。

 もちろんわざとの表情だ。彼はオリオンの心労の原因がわからないような察しの悪い人間ではない。



 オリオンの心労と疲労の原因はリランにもあるが、一番はミナミである。

 心配での心労とマルコムから来た手紙での心労。



 そして、彼の手紙の通りロートス王国で接触するため仕事を片付けなくてはならない。



 入れ違いが一番困るのでロートス王国で合流できる時期に手紙を来るとオリオンは思っている。

 とはいえ、時期が読めないのは変わらないので仕事をなるべく片付ける必要がある。



 それらの心労と疲労でオリオンはやつれていた。

 今日は久しぶりに早く寝よう。



 まだ朝だが、オリオンは寝る時間の予定を立てた。



 今のオリオンにとって一番心が休まる瞬間は寝る時間を考えている時だ。



 時間が足りないなど切迫した状態もあるが、睡眠を考えるだけで少し心が落ち着く。







 廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 何か急ぎの連絡でもあったのだろう。



 足音からして帝国のものではなくライラック王国の人間のものだ。



 扉の前の兵士が要件の確認と簡易的な身元の確認をしている声が聞こえる。

 面倒なことだが、大事なことだ。



「…王子には伝えない方が…」

「しかし、他に対応してもらうのは…」

 どうやら部屋の前でかるくもめているようだ。



「入れ」

 オリオンは部屋の前の話声を聞くのが億劫になったので、自分が対応して解決するならそれでいいと投げやりになった。

 実際、今動ける王族はオリオンだけなので仕方ないことだ。



 もちろん他にも対応できる立場の者もいるが、彼らに回すのもオリオンが決めてしまってもいいだろう。



 オリオンに許可をもらい部屋に入ってきたのは、それなりに年をとった文官だった。

 エミールと同い年と言っていたが、エミールは実年齢よりもかなり若く見えるので、この文官が年相応の外見ということだ。



「オリオン王子…その」

 文官は気まずそうに少し趣のある箱を差し出しながら跪いて頭を下げた。



 見る限り手紙だ。

 箱に入っていることと文官の扱いから異国の王族からだろう。



「手紙か?」

 オリオンはルーイに受け取らせてから箱を受け取り、中身を見ようした。

 もちろんこの執務室に持ち込まれる前に中身は改められているので、開いても安全だ。



 趣がある箱は、木と金属、そして宝石で装飾のされた豪華なものだ。



 いや。違う。

 装飾の石は宝石ではない。

 魔石だ。



 宝石ではなく魔石を装飾として扱う王族。

 それにオリオンは心当たりがある。



 オリオンは顔から表情が無くなった。

 意識はしてない。

 ただ条件反射だ。



 しかし、まだ手紙の主がオリオンの思っている相手だとは限らない。

 オリオンは中身を見たくないと思いながらも蓋を開いた。



 そこには金色のインクで豪華な杖を中心に置いた紋章がある。



 オリオンは箱ごと床に叩きつけた。



 頑丈なのか、箱は床に叩きつけられても壊れることはなかった。

 ただ、箱の中身の手紙が床に広がった。



 寝不足と過労で安定しない情緒といら立ちが、普段は絶対にしない行動をさせていた。



「燃やせ」

 オリオンは自分でも驚くほど冷たい声で言った。



 ルーイや文官はオリオンの表情や声色の変化に驚いていた。

 だが、文官は納得したような顔になった。



 周りの様子に気付いたオリオンは自分の行動をすぐに省みて、取り繕ったような表情を浮かべた。



「…いや、他のものに返事を書かせろ。内容は関わってくるな…と濁すことなく率直に伝えろ。

 外交など関係ない。」

 オリオンは髪をくしゃりとかき上げて、苛立ちを隠さずに命じた。



 そのオリオンの様子を見てリランは床に叩きつけられた箱に目を向けていた。



「あの…使者のものが直接持ってこられたのですが、それも別のものに対応してもらう形にしますね。

 幸い、港では帝国騎士団が目を光らせています」

 文官は気まずそうに言った。

 しかし気まずそうな顔をしていたが、最初からオリオンではなく別のものに対応させるつもりだったようだ。



 そのお伺いたてに来たのだろう。



 疲労のせいとは言え、取り乱してしまったことが申しわけないとオリオンはちょっと思った。

 しかし、疲労が無くても取り乱しただろう。



 悪態も恨み言も止めることができない。



 オリオンはギリギリと歯を食いしばった。

 そうでもしないと、口から恨み言がとめどなく出てきそうだからだ。



「は…忌々しい」

 オリオンは絞り出すように呟いた。

 実際は出てくる恨み言を止めるのが精いっぱいで、絞り出すというよりもこぼれてしまった恨み言だ。



 国王である父親が殺された時も、弟が犯人なのもあったが激しい憎しみは出さなかった。

 帝国の死神であるリランに対しても嫌悪は見せても激情は見せなかった。



 しかし、心の底からの嫌悪と憎悪をオリオンは隠せていなかった。



 リランも見たことが無いオリオンの激情の表情に目を丸くしていた。

 今度はわざとの表情ではない。



 手紙の紋章は長耳族の王家のものだ。

 異種族との交流に疎い帝国でも、比較的人間と交流している長耳族の王家はわかる。



「…長耳族と関りがあるのか?」

 リランは空気を読まずにオリオンに質問をした。



 なにせ、港にいる帝国騎士団の威光を借りるような発言が聞こえたのだ。

 これくらい質問しても悪くはない。



 オリオンもそれがわかっている。



 変わらず嫌悪と憎悪に顔を歪めながらため息をついた。



「俺の母が長耳族の姫だった。

 だが、長耳族から棄てられたのを父が保護したんだ。」

 オリオンは深呼吸をしてから自分を落ち着かせるようにゆっくりと話した。



 オリオンの言葉にリランを始めとする面々は驚いた。

 ルーイも驚いていたので、彼は知らないようだ。



 リランはオリオンを観察するようにじっと見た。

 長耳族の特徴は耳だ。だが、その特徴は無い。



 魔力に秀でているともあるが、噂を聞く限り

 オリオンと同等の魔力の才を異母妹のミナミが持っている様子がある。



「確かに長耳族だが、母は突然変異で耳が人間と同じだった。つまり外見は人間だった。

 それゆえ姫とはいえ長耳族で冷遇され挙句の果てに棄てられた。



 虚弱な人だった。」

 オリオンはリランの疑問がわかったのか、説明するように言い、自身の耳を指さした。





「…なるほど。

 いいだけ威光を使えばいい。」

 リランは片手をあげて文官に目を向けた。



 これで港にいる帝国騎士団を脅しに使っても気後れしないということだ。



 文官は安心したような表情をした後、深く頭を下げた。



 文官が部屋から出て行ってもオリオンは落ち着かなかった。



 幼いころに芽生えた嫌悪と憎悪はどうすることもできない。

 感情を抑えることを知る前に知ってしまったものだからなおさらだ。



「そういえば、反帝国の地域や国には長耳族の影が見えるな」

 リランは思い出したように呟き、部屋の隅で気配を殺しているエミールに目を向けた。



「ええ。統計的にはそうです。滅ぼしますか?」



「いや。抵抗してきたものだけにする。」



「なら近場の島国で反帝国の勢力に手を貸す輩がいますので一掃しましょうか?」



 相変わらず物騒な話をしているが、今は、オリオンはこの二人の話を止めたいとは全く思わない。

 一部の長耳族へ対する恨みだとしても、オリオンは彼らを滅ぼすことに賛同する気持ちがあるのだ。



 賛同するアクションを起こさずに何も言わずにいるのは、なけなしの理性と見栄がそうさせているのだろう。

 オリオンはプライドが高いので見栄っ張りなのだ。



「…見えて来たな」

 エミールの問いに答えるわけでもなく、リランは納得したように呟いた。

 その口元は笑みを浮かべ、目は獰猛に光り、彼の特徴である半月の形の目が三日月の形に歪められている。



 この目の形の時、絶対に物騒なことしか考えていないとライラック王国側は思っている。



 しかし、オリオンはそれを気にかけられる状況ではなかったので、気付かなかった。



 ただ、ルーイは気づいていたので後で落ち着いたらオリオンに言おうと思っていた。



「エミール。少し遊んでくる。」



「誰かつけますか?」





「ライラック王国にお前は必要だ。

 それに魔力をあまり使うつもりは無いから、体調が悪くなることはない。」

 リランは断言をしていた。



 どうやら彼の身体の不調は、魔力を扱うことに関係しているみたいだ。





「長耳族の面白い情報を探ってくるから手土産を楽しみにするといい」

 リランはオリオンを見て言った。



 その言葉でオリオンはやっとはっとして、状況を察した。



「待て、ライラック王国側が一方的に貰っているだけになる。

 この状況でさらに借りを作るのは…」



「お前の母親の話は間違いなく価値ある情報だ。

 それを港での番犬代わりだけではつり合いが取れない。



 それに、長耳族の動きは俺たちにとって、互いに気を付けるべきだと思わないか?

 共通の脅威だ。」

 リランは芝居がかった動きで両手を上げて言った。



 確かにリランの言う通り、長耳族はオリオンにとって厄介な存在だ。

 リラン達帝国側にとっても邪魔な存在なのも確かなようだ。



 つまり

 利害が一致している。



「初めて利害が一致したな」



「心外だな。オリオン。

 俺に妹君の保護を求めておきながら」

 オリオンの言葉にリランは驚いたように言った。



 確かに彼の言う通り、オリオンはリランに罪人と行動を共にしてしまっているミナミを助けることを要請した。

 ただ、それは表向きの建前だ。

 それはリランだってわかっていることだ。



 しかし、その言葉は油断をするなと言われている気がして少しオリオンは不愉快な気持ちになった。



「ははは!

 やっとまともな表情が顔に出たな。」

 リランはオリオンの顔を見て笑った。

 どうやらオリオンは不愉快だと感じたのを表情に出したようだ。



 そしてオリオンは、ずっとまともじゃない表情を浮かべていたようだ。



 あえて不愉快な顔をさせたのは、彼なりの気遣いなのかもしれない。

 だが、彼の言動を厚意と取るにはオリオンはリランを知らなさすぎる。



 そう。



 こちら側が一方的に知られている状況なのだ。

 死神としての姿は威圧的だが胡散臭い話し方をし、芝居をしているような大げさな表情や仕草をする。



 ところどころ見え隠れする凶暴さや血なまぐささも知っている。



 だが、この男の真意というのを知らないのだ。



「幸い俺は油断されている。」

 リランは片手を上げて言った。



 相変わらず彼は芝居がかった動きと話し方をしている。



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