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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~

宝物と青年

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 帝国騎士団の歴史の中で最強の騎士が揃っていた時代と言われる時があった。

 それは、とある帝国の宝物を守るために精鋭が揃えられた時代があった。



 帝国騎士団精鋭の微笑みの怪力貴公子ともいわれたマルコム・トリ・デ・ブロック。

 柔和な笑みで人当たりがよく、穏やかな口調で優しいと評判だった。



 小柄だが端正な顔立ちで女性にも人気があり、帝都を歩けば声をかけられ握手を求められていた。

 今も帝都の軽食屋で座っているのを見つけられ、黄色い声が上がっている。

 いつもの事だが、愛想のいいマルコムは流し目気味に笑みを送っていた。



 そんな彼の向かいに座るのは、金色の髪、光が当たると銀色にも見える灰色の瞳。

 少し厚めの唇を尖らせて、むくれた表情をする美女。



 帝国騎士団精鋭の紅一点ミヤビである。

 平民でほぼ孤児に近い彼女は姓を名乗っていない。



 彼女もマルコムと同じように帝都を歩けば声をかけられる有名人であり、男性からだけでなく女性からも人気がある。



 マルコムはいつもと同じように彼女の愚痴や恋の悩みを聞く。

 だらだらとした時間だが、マルコムは苦痛ではなかった。

 それは、彼女が美人の女性でなくただの騎士だと認識しているからだろう。



 恋の悩みなど、マルコムにとって全く理解の出来ない悩みも聞けば興味深い。



「マルコムは誰か好きな人いないの?」

 むくれながらも揶揄いのネタを探るように好奇心に目を輝かせながら彼女は聞いてきた。



「いると思うの?俺が?」

 彼女とのいつも会話のように、穏やかにお茶らけた口調で応えた。



「顔はいいのにもったいない」



「その通りだよ。ほら、俺って可愛いからさ。逆に難しいと思うんだよね。」

 今では考えられない軽口をたたいて笑う。



「あの双子みたいに軽くでも遊べばいいのにね」



「あの二人は遊ぶっていうよりも甘えているだけだし、お子様なんだよ」

 いつも通りの騎士の仲間の話をして、どうでもいい街の話題、鍛錬の話を甘ったるい菓子を食べながらする。



 騎士であるが自分は甘いものが嫌いじゃない。

 そういえば、彼女と話すときはいつも甘いものが食べられるお店だった。



 騎士の仲間であり、理解者だった。

 そして親友だったのだろう。



 彼女は強くあろうとしていた。非常に好ましい姿勢だった。

 自分も強くありたいと思っているし、実際に強いと思っていた。



 もちろん武術や腕力ではマルコムが勝つ。

 だが、彼女の強さは内面にあると思っていた。

 それと同時にマルコムも自身の内面は強いと思っていた。



 しかし、今考えると、彼女と自分は似た者同士だった。



 二人とも、とても脆かったのだ。

 些細なことで全てを投げ出すくらい脆かったのだ。



 自分は今まで積み上げてきたもの、夢見ていた未来が無くなるのを直視できず、父や持っているもの全てを投げ出した。

 彼女は一時の過ちに耐え切れず、命を投げ出した。



 彼女は自分と同じく、どこまでも感情的で激情で動く。



 その彼女とそっくりな少女は、全く違う。

 彼女と違い恵まれた地位、生活、家族を持っていた。



 ただ、彼女と同じく少女の周りも崩れた。



 しかし、自分の感情で暴走し挙句に命を捨てた彼女と違い少女は感情で暴走をしなかった。

 力は暴走させるが、命を投げ出した彼女のヒステリックさとは違う。



 彼女の赦せないという怒りは、他にあった。



 ただの世間知らずだと思って見ていたが違う。





「ねえ、マルコム。あの子、私に似ているのね。」

 忌々しい。

 死んだくせに夢に出てくる。



「でも、顔だけだよ。」



「え?」



「中身は君と似ても似つかないよ“ミヤビ”」

 嫌味のように言うと、彼女ミヤビは驚いたように目を丸くした。



 その顔は、あの少女と似ているがやはり違う。



「あの子は俺や君よりもずっと強いよ。」

 夢なのにムキになって答えるのは馬鹿らしい。

 だが、夢で出て来たミヤビに苛立ったので仕方ない。



「…でもわかっているんじゃないの?」

 自分の言葉にミヤビは呆れたように笑った。



「あの子は…」



 ミヤビの言葉を聞く途中に急激な痛みが額に襲ってきた。



 辺りが真っ白になり、夢が終わるのがわかった。

 夢なんて深層心理の見せるものであり、ここでの会話など全く意味が無い。



 マルコムはそんな言い訳みたいなことを思いながら、感覚に任せて目を開いた。



 そもそも額の痛みはなんだ?





『何があったのだ?』

 目の前にコロがいた。



 どうやら彼がマルコムの額に頭突きをかましていたようだ。



「…起きたの?」

 マルコムは痛みの原因がわかって舌打ちをした。



『あの白い靄で眠っていたのだ。あれに気を付けろと言われていたのに油断をしてしまった…』

 コロは悔しそうに唸っている。



 どうやらシルビオの出した白い靄の作用らしい。

 あのシルビオというプラミタの魔術師はまだ手の内を明かしていない。



 今ここで急ぐ必要は無いが、いずれ彼の手の内を知る必要があると思えた。



『魘されていたぞ。お主。』

 どうやらコロはマルコムに気を遣って起こしたのもあるらしい。



 有難迷惑に思えるが、怒る気力もないのでマルコムはチラリとコロに視線を向けるだけにした。



『お主がこの一行の仕切り役だと分かっておる。

 何かあるとご主人さまが困る。

 あの恐ろしい娘も困るだろう。』

 コロはマルコムに対しての気遣いというよりも自分の為であると強調した。



 確かにその言い方の方がマルコムも気が楽だ。

 このくそ猫はなかなか世渡りが得意なのかもしれない。



「そういえば、お前どうやってついてくる気なの?」

 マルコムはふと思ったことがあった。



 ビャクシンはデカすぎるのだ。

 どう頑張っても町で歩いていていい図体ではない。



 間違いなく騒ぎになる。



「ニャッ」

 コロは驚いた声を上げた。

 とくに考えていなかったようだ。



 このくそ猫は意外に使えないかもしれない。

 マルコムはため息をついた。









 シルビオとビエナは滞在している小屋に戻ると、人の気配がある事に気付いた。

 エラは地下牢の建物に拘束されている。



 彼女をあのマルコムとシューラが開放するとは思えない。

 シューラに直してもらったとはいえ、シルビオは武闘派ではない。



 魔術を使うにしても無理がある。



 そもそも、シューラが完全に治癒をしてくれているわけでは無いのだ。

 死なない程度にされている。



 時間をかけて休めば全快することのできる程度の治癒だ。



 彼らの正体を聞いて納得だが、つくづく他者を痛めつけることに慣れている。

 治癒の加減もおそらくかつて拷問などの尋問をしてきた故の加減だろう。



 とはいえ、シルビオはシューラを悪くは思わない。

 彼の過去は帝国で聞いたが、彼は所属している国の仕事に順守していた。



 最後のとんでもない裏切りをしているが、すべてを投げ出したマルコムに比べればどうってことない。



 と、あの二人の話は置いておいて今は小屋の人の気配だ。

 ビエナも気付いたようで、シルビオの服の裾を掴んだ。



 人の気配とともに漂う闇の魔力とお粗末な惑わしの魔力。

 まるで覚えたての技を試しているような魔力だ。



「誰だ?」

 シルビオは自分の使える魔術を考えながら慎重に尋ねた。



「その姿が本来のものなんだな。」

 軽い調子の声。

 知っている声だ。



 確かに彼はいてもおかしくない。

 シルビオは軽く警戒を解いた。



「…イトさんですね。」

 シルビオは声の元を見て言った。

 シルビオの声を聞くと、暗闇からイトが浮かび上がるように出て来た。



 彼の黒髪と黒い瞳が部屋の中のわずかな光を反射して不思議と光っている。

 商人としての抜け目ない表情を浮かべている。



 この村の復興の資材の様子を見る限り、彼はなかなか伝手を持つ商人だと思える。

 シルビオだってプラミタという疎外的な国にいたがそのくらいわかる。



「ビエナ君もそんなに脅えないで。

 俺は君たちにとったら取るに足らないただの商人のはずだよ。」

 イトは柔和な笑みを浮かべて、優しい口調で言った。



 それを聞いてビエナはシルビオの服の裾を強くつかんだ。



 ビエナは生まれつき直感が優れている。

 それは彼の稀有な能力だ。



 そんなビエナがイトを警戒した。

 あのマルコムとシューラで感覚はマヒしているが、確かにシルビオは目の前の自称“取るに足らない商人”に脅威を感じる。



 ビエナが警戒したのを見て、イトは悲しそうな顔をした。

 ミナミたちと一緒にいる時によく見た情けない顔だが、油断が出来ない光が彼の瞳にある。



「あなたが私たちから帝国の情報を求めていた…」

 シルビオはそもそもの始まりを思い出した。



 この村に来たのは、イトに帝国の情報を渡すためだ。

 プラミタの調査で帝国を見学したシルビオたちからの情報を求めて…。



 間で長耳族が入って、イトとの取引をシルビオたちの処分に使われかけたが、そもそもこの男はプラミタに伝手を持つ。



「白い靄があったけど、シルビ師が噂に聞いていた幻惑の白煙だったわけだ」

 イトは今度はシルビオに目を向けた。



 どうやらシルビオの姿は知らないが、幻惑の白煙の噂は知っているらしい。



「そうですが、疑問に思いましたね。あなた本当に取引のための使い走りですか?」



「失礼だね。確かに俺が道に迷ったせいで…」



「ビエナの直感を私は信用しているんですよ。」

 シルビオは自分の服の裾を掴むビエナの手を握った。

 彼の手は震えている。



「私は、もう利用されるだけは嫌なんですよ。

 何が目的で私たちに帝国を探らせたんですか?」

 シルビオは目の前の自称商人の男を見つめて尋ねた。



「…」

 シルビオの視線を受けて、イトは黙って何かを考え込むように俯いた。



 そして、しばらくすると肩を震わせ、笑いを始めた。



「警戒しすぎ。

 俺、君たちの上にいる存在じゃないよ。」

 イトはおかしそうに笑っている。



 しかし、彼は大事なことを否定してない。



「ですが、上のものたちの目的は知っているようですね…」



「そりゃあ、俺も同じ目的だからね。

 お互い目的が同じなら協力しなきゃね。」

 イトはさも当然のことのように言った。



「同じ目的ですか…私が知る限り

 同じ目的が故に争う人間が多いと思うのですがね」



「それは最終的な問題だろ?

 今は協力段階だ。それに目的は同じとは言え最終地点は違う。」

 イトはシルビオの言葉に困ったように笑いながら答えた。



 彼の様子から嘘は無いだろう。

 つまり、途中の目的が同じというわけだ。



「簡単に言うと、俺は帝国が昔守っていた宝物が知りたかっただけだ。単純だろ?」

 イトは両手を広げて笑ながら言った。



 彼は嘘を言っていない。

 そう。

 イトは嘘を言っていない。

 この部屋に入ってからじゃなく、シルビオたちに対してだ。



 ただ、隠し事をしているだけだ。



「プラミタ第二位魔術師、シルビオ・レイ・オームだ。幻惑の白煙と呼ばれている。」

 シルビオはイトをまっすぐに見つめて自己紹介をした。



 シルビオの自己紹介を受けてイトは目を丸くした。



 だが、彼はシルビオが何を意図したのかわかったのかふっと微笑んだ。

 そして

「じゃあ、俺も自己紹介しないといけないな…」

 と姿勢を正してシルビオとビエナをまっすぐに見た。



「俺はアミータ商会でしがない商人をやっている

 カイト・アミータだ。通称イトと呼ばれている。」

 イトは微笑みながらお辞儀をして言い手を差し出した。



「利用された者同士仲良くしようじゃないか。」

 イトは目を細めるだけの笑みを浮かべシルビオに言った。





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 色々情報が散らかっています。
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