あやとり

近江由

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六本の糸~研究ドーム編~

57.火取り

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 何してんだよ父さん。

 あんなにドームにレーザー砲を撃ったら・・・・

 父さん・・・・アリアの姿をしていても父さんだよ

 何で笑っているんだよ。

 あのドームの中には人がいるんだよ

 父さん。父さんは優しかったじゃないか

 あんなに、昔は優しかった。



 母さんが死ぬまでは・・・・



 俺の記憶を、父さんと母さんの最期を改ざんしたのも父さんが仕組んだの?

 何で俺がゼウス共和国を更に憎むように改ざんしたの?

 父さんは俺に憎んでいて欲しかったの?



 俺、死にかけたんだよ。でも、生きているんだ。

 死にかけた時に、優しい父さんの思い出を見たんだ。



 声がかれるほど叫んだ。だが、父親はそんなコウヤの言葉も聞かずに笑い続けている。

 見えているのは画面の中で壊れていく国だけだった。

 瞬きが出来なくて、目が乾き浮かぶ生理的な涙、それに紛れてコウヤは泣いた。





「さて・・・・・殲滅戦といくか。」

 ムラサメ博士はそう呟くと前を見た。



 彼の目にはレイラが映っていた。

「君は・・・・確かヘッセと名乗っていたな。」

 ムラサメ博士の言葉にクロスはいち早く反応した。



「貴様ならデータを辿ればわかるだろ。レイラの血ではこの扉は開かなかった。彼女はヘッセ総統の娘ではない。」

 クロスは訂正するように言った。



 それを聞きムラサメ博士は何かを考えるように目を瞑った。

「・・・・・ほう。そうだな。・・・・はは」

 どうやらデータを調べているようだ。何かを見つけ笑った。

「素晴らしいな。キャメロン。この少女の頭に埋め込まれた機械はデータを受信するのに都合がいい。」

 その言葉にラッシュ博士は頬を染めた。



 ムラサメ博士はしばらく黙るとニヤリとし

「ふ・・・・ははは・・・・何と皮肉なことだ。」

 体を震わせて笑った。

「・・・・ヘッセ総統の子供はお前か・・・・クロス・バトリー・・・だが、お前はやつを殺してくれている。そのうえ妹まで殺されている。よって、見逃してやる。」

 その言葉にクロスは口元を歪めた。

「お前に見逃される覚えはない。」

 クロスはそう言うと、やっぱり殺しておくべきだったと呟いた。



「え・・・・」

 ラッシュ博士とソフィは目を見開いて、黒目をクロスに向けていた。



「・・・・まあいい。どうせ、誰にも止められない・・・・」

 ガシャン

 ムラサメ博士が歩きだそうとした瞬間、廊下の方から物音が聞こえた。

 何かが落ちた音のようだ。

「?なんだ?」

 その方向を見るとひとりの少年が立っていた。





「・・・お前・・・」

 コウヤはそれを見て驚いた。

「・・・おいおい・・・」

 キースも苦笑いしている。





 壁を伝い、顔を青くしたシンタロウが銃を構えて立っていた。



「何者だ?・・・動けないはずだ。」

 ムラサメ博士はシンタロウを見て首を傾げた。



「・・・・行かせない。」

 息を切らしながらも銃口はしっかりと安定していた。

 ふと考えこむようにして、しばらくするとムラサメ博士は笑った。

「・・・よく生きていたな。苦しくないのか?」

「苦しいさ。」

 シンタロウは動けないコウヤ達を順に見た。



「そんな顔をするな。安心しろ。私が憎いのはゼウス共和国だけだ。」

 ムラサメ博士は安心させるように笑いかけた。

「下手なことするなシンタロウ。」

 レイラはシンタロウの引き金にかかった指を見て首を振った。

「そうだ。シンタロウ君。君は無理を出来る身体じゃない。」

 クロスもレイラと同じように首を振った。



「さっき聞いたことは今の事じゃない・・・お前が変わった時のことだ。」

 ムラサメ博士はシンタロウを見てにっこりと笑った。

「私は、今この施設の全てを見れる。そして、君やほかの者たちの思い出をチラリと覗ける。」

 ムラサメ博士はクロスを見て笑いかけた。クロスは彼を睨みつけた。



「君は・・・強化された人間か。確か私が操っている電波を強制的に無視できるように設計されているな・・・・その体になるためにどれだけ犠牲にした?」

 シンタロウの眉がピクリと動いた。

「・・・何を言っている?」



「グスタフ・トロッタ・・・君の意識の中にいる、罪悪感の源か・・・?」



「グスタフ・・・?」

 ラッシュ博士は驚いた顔をした。

「黙れ・・・」

 シンタロウは銃口を揺らして、ムラサメ博士を睨んだ。

「だが、気にすることは無い。君はその後沢山殺しているだろ?」

「黙れ。」

「教官とかな!!」

「黙れ!!」

 激昂したシンタロウは引き金を引いた。

 だが、それがムラサメ博士に中ることは無かった。



「仕方ないだろ?逃げるためだろ?なあ?」

「黙れって言ってんだろ!!」

 シンタロウは銃を再びムラサメ博士に向けたが、体を支えていた手が、壁から滑り床に倒れた。

「がはっ・・・ぐ・・・」

 衝撃に呻いて、元の傷もあり血を吐いた。それでも銃口をムラサメ博士に向けた。



「無理するな。いくら頑丈な体になっているとはいえ傷は深い。それに、君が死ぬと・・・この子も悲しむかな?」

 ムラサメ博士はチラリとコウヤを見た。

「父さん!!」

 コウヤはムラサメ博士に叫んだ。



「唯一動ける彼がこれだと、誰も私を止められない。」

 愉快そうに笑うと、ムラサメ博士は歩き始めた。

「ムラサメ博士!!」

 ラッシュ博士は後ろを向いたムラサメ博士に叫んだ。



「いい友達じゃないか?コウヤ。」

 そう言うとムラサメ博士は動けないコウヤ達を通り抜け、部屋から出て行った。



「ま・・・・待って!!ムラサメ博士!!」

 ラッシュ博士は初めて焦りを浮かべた。

「私も・・・私も!!!」

 叫ぶラッシュ博士の言葉にムラサメ博士は応えず去って行った。







 ムラサメ博士が部屋を出て行ってから数秒後にやっと動けるようになった。

「おい!!大丈夫か?」

 キースがシンタロウに駆け寄り、体を起こした。



「バカが!!」

 レイラはシンタロウに駆け寄った。そして、廊下から血相を変えたイジーが走ってきた。

「バカが!!」

 レイラと同じことを言った。



「・・・悪い。」

 シンタロウはイジーとレイラの視線から逃げるように顔を背けた。

「絶対安静だ。縛り付けろ。」

 ディアはキースに向けて片手を挙げた。

「人使いの荒い人だな・・・」

 キースはため息をつきながらシンタロウを持ち上げた。

「聞きたいことはたくさんあるが、今は安静だ。」

 キースはイジーに顎でストレッチャーを持ってくるように示した。

 イジーは頷いて急いでストレッチャーを押してきた。

 それにまたディアとクロスと協力して今度は縛り付けた。



「冷静でなくなるなんてよっぽどのことか、だが、それを知る術をムラサメ博士は持っているってわけか。」

 キースはディアとクロスを順に見た。

 二人は顔を歪めていた。

「プライバシーのない能力だ。」

 クロスは口を歪めて嫌悪を露わにしていた。

「ユイも・・・まだ目を覚まさない・・・」

 コウヤは未だ横たわり意識を戻さないユイを心配そうに見ていた。







「ニシハラ大尉を起こしましょう!!」

 カワカミ博士は叫ぶように言うと、うなだれるラッシュ博士の腕を掴み立ち上がらせた。

「・・・・私は・・・・あの人の傍に・・・・あの人の・・・・」

 ラッシュ博士は腕を掴まれたことを気にする様子もなく呟き続けている。

「ユイの頭に何をした?」

 カワカミ博士はラッシュ博士を睨んだ。

「・・・・・カワカミ博士ならすぐに元に戻せるでしょう・・・・時間はかかるけど」

 ラッシュ博士はそう言うと片頬を歪めさせて笑った。



「何も言わないのならここで殺そう。」

 クロスはラッシュ博士を冷たい目で見ていた。

「止めろ。中佐殿・・・・カワカミ博士。頭の機械を無効化したように機械を介して正気に戻すことはできるか?」

 キースはクロスの前に手を出し止めた。

「あれは、機械だからできたことです。・・・・リスクが・・・・」

 カワカミ博士はそう口ごもるとちらりとユイを見た。

「・・・・カワカミ博士。ユイを機械に繋げてください。・・・・俺らで、プログラム内で正気に戻します。」

 コウヤはそう言うと、クロス、ディア、レイラを見た。



「たぶんだけど・・・・ドールプログラムはネットワークがあれば接続できるはずだ。」

 コウヤの目は凛凛としていた。

「コウヤ様・・・・」

 カワカミ博士はコウヤの目に気圧された。

「・・・・俺が・・・・・父さんを止めないといけない。」

 コウヤは自分に言い聞かせるように言った。



「・・・・プログラム内に入るとして、この部屋にある機械を使って接続するとなると、数は限られる。」

 ディアは部屋に置いてある機械に視線を動かしながら言った。

「・・・・・俺たちは互いを察知できる。いや、ハクトとかレベルならどこに誰がいるかもわかるって。それに媒体なしの接続が目標だと言われていただろ?操る方だけど、それが可能なわけだよ。ドールプログラムのネットワークは・・・」

「・・・・独特のネットワーク、それと通信できる電波か。脳の信号もそうだ。私たちは電波を察知する感覚を持っているということか。・・・・そして、感情を互いに察知することもできる・・・・」

 クロスはコウヤの言葉に頷いた。

「俺らは・・・・接続なしでプログラム内に入る術があるはずだ。キャメロンがアリアたちにした手術だって、俺らと同じような存在を作るためっていうことなら、俺らもさっき父さんがやったことをできてもいいはずだ。」

 コウヤはそう言うとディアとレイラを見た。

 ディアは険しい顔をしていた。

「・・・・時間がない。接続可能な機械には先客がいる。ユイを繋げたとして・・・・私たちにできるか?」

「ディア。できるかじゃない。やるのよ。あんたらしくない。」

 レイラはそう言うとコウヤに強く頷いた。

「カワカミ博士。ハクトのいる部屋を開けてください。あと、リード氏を退けてユイを接続させてください。」

 コウヤはそう言うと再びクロス、ディア、レイラを見た。



「やろう。」

「そうだな。」

「ああ。」

「言われなくても。」

 四人はユイが機械に接続されたのを見ると、ガラスの向こうにいるハクトを見た。

「キースさん。万一の時は頼みます。」

 コウヤはそう言うと後ろでラッシュ博士に眼を光らせているキースを見た。

「わかっている。コウヤ。」

 キースは頼もしく頷いた。

 その後ろでイジーに押さえつけられているシンタロウはコウヤの目を見て軽く頷いた。

「あいつは大丈夫だ。イジーちゃんが見てくれている。」

 ディアは冷やかすように笑った。

「手間をかけるわね。」

 レイラも呆れるようにため息をついた。

 クロスはキースの方を見てかけているサングラスを直す仕草をして

「ハンプス少佐。我々が戻るまでこの状況を守れ。これは、上官命令だ。」

 と、ロッド中佐の口調で言うと笑った。



「・・・・・いやな上官だ。」

 キースは嫌そうな顔をしたが、直ぐに笑った。



「皆様。おそらくムラサメ博士の頭に埋め込まれた機械のことを考えると、しばらく大きく動けないはずです。頭の機械の無力化は膨大な情報を送り込んで、機械が処理できなくしてパンクさせることでした。なので、ユイとニシハラ大尉を取り戻すことだけ考えてください。」

 カワカミ博士はそう言うと強化ガラスの先に通じる扉を開いた。

 ガタ・・・・ウィーン

 機械音と扉が開く音が響いた。

「カワカミ博士・・・・・でも、父さんを・・・・」

「ムラサメ博士を今、下手に止めることの方がだめです。彼の入る肉体を殺したところで、彼の意識をプログラム内で無力化しないと更なる脅威になります。時間のことは大丈夫です。ニシハラ大尉を戻すことが優先です。」

「コウ。私たちはユイとハクトを取り戻す。」

 ディアは焦るコウヤを宥めた。

「コウヤ様。私たちを信じてください。」

 カワカミ博士はそう言うとコウヤ達に強く笑いかけた。



 

 強化ガラス先の部屋に入ると複雑な気分になった。

 ガラス越しに見えていたとはいえ、意識なく横たわるハクトを見るとどうしよもない不安が襲う。

「コウ・・・カワカミ博士の言う通りだ。」

 コウヤの表情を読み取ったのかクロスが珍しく感情を含んだ言い方をした。

「クロス・・・」

 コウヤは息を整えると、横たわるハクトを見た。



「ハクト、ユイ」

 コウヤはハクトとユイに語り掛けた。

「ハクト、ユイ」

 ディアもハクトとユイに語り掛けた。

「ハクト、ユイ」

 クロスもハクトとユイに語り掛けた。

「ハクト、ユイ」

 レイラもハクトとユイに語り掛けた。



 この空間にあるはずの電波、人を探すように、ドールに乗っているときのように、察知するように、入り込むようにと目を細めて辺りを見渡すと、かすかな糸が見えた。

 それがきっとドールプログラムのネットワークであるのかもしれない。



 傍の誰かが倒れた気がした。

 もう一人

 また一人

 倒れるたびに光の筋が増えていく



 光の筋が近くに見えた。





 

「カワカミ博士。コウヤ達にああ言ったが大丈夫なのか?」

 キースは心配そうにカワカミ博士を見た。

「それは大丈夫です。あまりいいことではないのですが・・・・頭に機械が埋め込まれているモルモットをシンタロウ様がほとんど倒しているので・・・・頭の機械に関しては先ほど私が言った通りですよ。クロス様やシンタロウ様とのやり取りで膨大なデータを調べたようなので、しばらく機能しないでしょう。」

 カワカミ博士はシンタロウをチラリと見て言った。

 キースはそれを聞いて複雑そうな顔をしながらも安心した。

「ハンプス少佐。ここから軍本部に連絡を取れますか?あと、フィーネにも」

「通信系の機械があればできると思う。さっきみたいに電波操られていたらわからないが・・・」

 キースは部屋を見渡した。



「・・・・通信用の機械ならあるわ・・・・」

 ソフィがか細い声で言った。

「そりゃどうも。あと、そこのリード氏だっけ?どうする?」

「生かしておきましょう。ただ、拘束お願いします。通信の方ですが、できるようになったら言ってください。」

 カワカミ博士に言葉にキースは頷いた。



「キャメロン・・・・・貴方は賢い女性だったはず。何故このようなことを?」

 カワカミ博士は未だ呆然としているラッシュ博士に問いかけた。



 ラッシュ博士は半開きだった口を震えさせながら動かした。

「・・・・・貴方には・・・・わからないでしょう。」

 声も震わせていうラッシュ博士はカワカミ博士を妬むように見ていた。



「私は、貴方がずっとムラサメ博士を愛していたのを知っています。だからこそ・・・わからないのです。なぜ、彼の研究を止めるような真似と、それを奪うような・・・・・」

「だからあなたには分からないのよ!!」

 ラッシュ博士は声を荒げた。



 その様子にキース達は驚いた。

「私はあの人の研究についていけないといけなかった。あの人の本位は研究にある。家族じゃない。だからついていけないと・・・・」

「なら、なぜ・・・・研究を止めたのですか?」

「あの人とずっと並んでたあなたにはわからないでしょうね!!置いて行かれる辛さが。」

「置いて・・・・」

 キースは呟いた。

「どんなに頭を使っても、勉強しても・・・・私は研究に追い付けなくなっていった。あの人と最初から最後まで並んでいた貴方には理解できない。」



「・・・・・研究を自身で解明することで・・・・彼に追い付こうとしたのですか・・・」

 カワカミ博士の問いにラッシュ博士は一瞬黙った。

 そして、

「・・・・・わかったような口を聞くな!!」

 ラッシュ博士は声を荒げ、泣き喚くように叫んだ。



「わかりません。キャメロン。あなたは医者です。医者だったはずです。」

 カワカミ博士は怪我をしたソフィを見た。

「シンタロウ様も手当てが必要ですが・・・彼女の出血を止めるべきでしょう。おそらく、クロス様たちは反対すると思うので、今のうちに止めなさい。血が足りないのならあそこの男のを使えばいいでしょう。それよりも手術室に何かあるでしょう。」

 カワカミ博士はソフィとラッシュ博士を交互に見て言った。



「確かに・・・頼むぜ博士。オペレーターが欲しいんだ。」

 キースはソフィを一瞥して言った。



「・・・・後悔しても知らないわよ・・・」

 ラッシュ博士は立ち上がると部屋を探り始めた。





 

 お父さんが人体実験していたって、お母さんはお父さんの実験のせいでいないって誰かが言っていた。



 お父さんは確かに人体実験をしていた。

 人間が薬を作るために治験はするのに、何で補助機械の実験はだめなの?



 そんな難しい言葉わかってくれない

 私もわかってなかった。



 教室に入ると、クラスメイトが意地悪な顔をして私を待っていた。

『お前の父さんじんたいじっけんしていたんだろ?』

『お前の母さんもじっけんに使われたんだろ?』

『じっけん家族だ。』

 楽しそうに唾を飛ばしてクラスメイトは言った。



「違うもん」

 私の抗議の声にクラスメイトは更に楽しそうに笑った。

 人の言葉を聞かない人間だ。



『うわーじんたいじっけんされるー!!』

 なんの根拠もない言葉だ。中身がない。でも、私は辛い。悲しい。

 どこにいても言われる言葉。お前の父は、母は、命をもてあそぶ。



 なんで言われないといけないの?

 なんで私だけ?教えてよお父さん。

 違うって言ってよ。



『言わせたいやつには言わせればいい』

 お父さんは簡単に言うけど、言われて私は悲しかった。

 言わせればいいっていうけれど、言われるたびに私は辛い、悲しいって苦しくなる。

 涙をこらえてるせいで鼻がツンとする。



 お母さんがいなくなったのだって、実験ばっかりしていたからでしょ。

 お父さんが実験をしているせいで私は辛い目に遭う。



 お父さんが実験を止めればいいんだ。

 研究なんかやめて!!

 何度言ったかわからない言葉。







「・・・ユイにはずっと辛い思いをさせていました。」

 カワカミ博士はソフィの処置をするラッシュ博士を見て呟いた。

 そして、立ち上がり、ゆっくりとユイの元に歩み寄った。



「・・・・・カワカミ博士・・・・?」

 キースは視線をカワカミ博士に向けた。



 カワカミ博士は機械に繋がれ横たわるユイの手をそっと握った。

「私は・・・・研究のことしか頭にない親でした。そのうち人体実験をしたなどという噂が流れ・・・・家族にひどい中傷が。耐え切れなくなった妻は逃げました。ユイを残して。ですが、私は悪い親です。研究を止めることができなかった。」



「研究者の苦悩か・・・・優秀な人材ほど」

 キースはカワカミ博士からそっと目を逸らした。

「・・・・そんなときにアスール財団から声がかかりました。ムラサメ博士・・・・シンヤとは旧友でした。彼の紹介で私も財団の研究員に。」

 カワカミ博士は懐かしむように微笑んだ。



「ムラサメ博士は、あんたの恩人でもあったんだな。」

「当時の私は・・・・・愚かでした。パトロンを紹介してくれたと喜んだだけです。家族、子供のことなど顧みない父親でした。お金さえ稼げばいい・・・それさえあれば生きていける。」

「でも、あんたはムラサメ博士のドールプログラムでも暴走を止めようとした。」

「結果止められていません。結局は私がおろそかにした人間が全て決める・・・」

 カワカミ博士はラッシュ博士を見て皮肉気に呟いた。



「・・・・・ユイの頭に何をしました?」

 カワカミ博士はラッシュ博士に諭すように訊いた。



 ラッシュ博士はソフィへの処置をしながら、黒目だけ動かしてユイを見た。

「・・・可哀そうな子。この子にとって、一番楽しかったのは親友と過ごした日々。それを奪われても、私と毎日実験の日々でも思い出だけで生きてきた。」

 ラッシュ博士の言葉にカワカミ博士は辛そうな表情をした。

「・・・あなたのせいでユイちゃんは辛い思いをした。」

「・・・・」

「洗脳に一番いいのはね・・・・心を折ること。心の支えを無くすことよ。」

 ラッシュ博士はそう言うと自嘲的に笑った。



「・・・・心の支え・・・・」

「でも、記憶を完全に消すことはできない。私には上書きする時間もなかったから・・・・いいところ曖昧にすること。・・・・・コウヤ君なら、直ぐに戻せるでしょうね・・・・」



「肝心なところで手を抜く。それが、あなたがムラサメ博士に追い付けなかった理由ですよ。」

 カワカミ博士はそう言うと、再びユイの手を握った。

「・・・・ユイ。私に振り回される生き方をもう、しないでくれ・・・・」

 縋るように、謝るように言った。





 

 一人うずくまり泣く少女がいた。

 彼女はずっと一人だった。

 他の者たちは仲間を見つけていた。

 だが、彼女だけはずっと一人だった。



 頼りない肩にはたくさんの命が犠牲になった兵器が背負わされた。

 彼女は一人だった。

 楽しかった思い出以外何もなかった。

 自分の存在価値がいくらあっても、高い能力があっても彼女は一人だった。



 誰にも縋れず、ずっと一人だった。



「・・・・今度こそ・・・・」

 震える方は華奢で儚げであり、今にも崩れ落ちそうだった。

「今度こそ・・・・助けに来たよ。」

 彼女は振り返った。

 満面の笑みでこっちを見た。



「コウ。」



「一緒に行こう。ユイ」





 ユイは、コウヤの手を取り立ち上がった。

「不思議、さっきまで頭に靄がかかっていたみたいだったのに、コウを見たら全部吹き飛んだ。」

 ユイはコウヤの手を両手で包み込むようにして握った。

「それは、俺がユイの特別だからだ。」

 コウヤは自然に出た言葉に驚いた。だが、照れくささよりも喜びの方が勝った。

「そうだね。」

 ユイはコウヤの言葉に強く頷いた。







「終わったか?」

 見つめ合う二人の空気を打ち破るように、冷静な声が響いた。



「・・・・クロス。」

 コウヤは突如現れた親友に驚いた。



「驚くことはない。ここはプログラム内だ。急に現れたりする。」

 クロスはそう言うと片頬を吊り上げて笑った。



「クロス・・・・?声が変わっているけど、可愛いままね。」

 その言葉にコウヤは思わず噴き出した。



「ユイは現実でまだクロスの姿を認識してないからよ。音声と違って外見は知らないと認識できないみたい。」

 次はレイラが現れた。



「レイラ。お前も来てたのか?」

「え?レイラ!?レイラも小さいまま。」

「だってあんたと会ってないもん。」

 レイラはユイの言葉に大人げなく答えた。



「雑談は終わりだ。ハクトを取り戻すために、やるべきことをやろう。」

 次に現れたのはディアだった。



「ディアはさっき会ったからわかる。」

 ユイはそう言うとディアを指差して笑った。



「人に指を差すな。」

 ディアは注意をしながらもどこか嬉しそうだ。



「ユイ。6人揃う時が来た。」

 コウヤはユイを見て真面目な顔になった。

「うん。ハクトだけいない。ハクトは捕まっているの?」

 ユイの言葉にクロスは頷いた。



「ハクトはお前をずっと捕えていた奴に閉じ込められたままだ。」

「そんなの許せない!!せっかくみんな揃ったのに!!」

 ユイはクロスの言葉に激昂した。



「コウ。ハクトを呼び戻す方法はあるのか?」

 ディアの言葉にコウヤは笑った。

「ディア。あいつが俺らの誘いを断ったことあるか?」

「ある。」

 コウヤの言葉にユイは即答した。

「確かに」

 レイラも頷いた。

「ハクトは付き合い悪いぞ。」

 クロスも頷いた。

「お前等・・・・・でも、結局は来てくれる。」

 コウヤは空気を読まずに即答したユイにたじろぎながらも質問の回答を自分でした。



「ユイが誘って断られて、レイラが誘って断られて、クロスが誘って口げんかになって、俺が誘って断られそうになって、ディアが誘ってやっと来る。」

 コウヤは腕を組み説明した。



「何だ。私たちで総当たり戦というわけか。」

 クロスは笑った。

「総当たり戦って?」

 ユイは話を掴めていないようだ。

「リーグ戦よ。」

 レイラは偉そうにユイに説明した。

「戦うの?」

「いや、全員でハクトに揺さぶりをかける・・・・要は方法は考えてない。力づくというわけだな。」

 ディアは非難する言い方をしながらも表情は楽しそうだ。



「そうだ。」

 コウヤは自信満々の笑顔で言った。



「・・・・また無謀な・・・」

 クロスは呆れた顔をしていた。

「でも、一番ハクトには効果があるわ。」

 レイラは笑顔だった。

「悔しいけど、レイラと同じ意見よ。」

 ユイは何故か拍手をしていた。

「さて、集まりに来ないやつは・・・どうするんだ?コウ。」

 ディアはみんなの様子が面白いのか笑っていた。

「迎えに行く。直接呼びに行く。」



 コウヤの言葉に全員が頷いた。



「行くぞ。ハクトのところに。」

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