あやとり

近江由

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六本の糸~プログラム編~

74.杯

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 水面が揺れた。

 ディアとレイラとユイは湖底の機械に急いで目を向けた。



 そして、未だ意識を飛ばしたままのコウヤを見た。

「レイラ・・・・どうしよう。わたし、嫌な予感がする。」

 ユイはコウヤの肩を支える手に力を入れた。



「私たちは・・・・コウを信じるしかないのよ。」

 レイラは不安がるユイを落ち着かせるように言った。



「レイラの言う通りだ。私たちはコウを止められても、プログラムの権限は下だ。力では敵っても、プログラム上では負ける。だから、コウを信じるしかない。」

 ディアもユイを元気づけるように言った。



 だが、二人ともユイと同じ不安があった。





「何が不安なんだよ。」

 ゆっくりとした口調だった。



「コウ!!」

 ユイは嬉しそうに叫んだ。

 ユイに支えられていた体を素早く起こし、ユイから離れた。



 そして、レイラとディアの方に向き直り

「ゼウスプログラムを開いたよ。」

 自信満々で言うコウヤは笑顔だった。







 

「いやーこの焼き菓子美味しいですね。流石マリーさんのおすすめです。」

 キラキラした笑顔でお菓子を食べるのはマックスだった。



「あら、そう?マックス君が選ぶ紅茶も香りがよくていいわよね。」

 マリーは嬉しそうに微笑んだ。



「あ、紅茶のお替り淹れますか?」

 甲斐甲斐しくマリーの世話をする。



「マックス君はいい子ね。うちのコウヤもこんなかわいげがあればいいのになー」

 ミヤコはマックスを褒めながら紅茶をすすっていた。

 マックスは素直に照れながらミヤコにも紅茶を勧めていた。



「ラッシュ博士の助手だと聞いていたからどんな人かと思っていたけど、素直な子なのですね。」

 イジーは特に驚く様子もなくマックスの様子を見てた。





 モーガンとリリーは勢いよくイジーの方を見た。

「いやいやいやいや!!あれ変貌しすぎだからね。このドームに来てから愛想良すぎてびっくりしているから!!」

「そうだぞ!!第一印象で正しいからな!!」

 二人は唾が飛ぶのも構わずイジーに主張した。



 イジーとその隣にいたシンタロウは思わず自分のティーカップに手で蓋をした。



 蓋をするイジーの手首にはギブスが付けられていた。



「だいぶ手首良くなったみたいだな。」

 シンタロウはイジーの手首を見て安心したような表情をした。



 イジーの手首はぎこちないが、ギブスで固定していれば日常生活で問題ようだ。



「そうね。そっちも良くなってるみたいね。もう動いてもいいの?」

 シンタロウは気まずそうな顔をした。それを見てイジーは目つきを鋭くした。



「いや、時間ないし、理論上は過激な運動に部類され・・・・・」

「まだ許可出てないのに訓練していたの!?ちょっと看護師さん呼んでくるわよ」

 イジーは勢いよくティーカップを置いて立ち上がった。



「いや待て待て!!困る困る。時間がない。きちんと休息は取っているだろ。」



「あんた臓器が絡んでいるのよ!!」



「いや、俺の臓器は綺麗だから大丈夫。胃腸は強いって。」



「肺に穴空いたくせに何言ってんの。また血を吐くわよ。」



「もう吐かないって。ジューロクさんだって考慮して休息を設けているわけだし・・・・」



「はあ!?あの人知っていて訓練しているの?」

 信じられないとイジーはすさまじい勢いで廊下に走り出した。



「待てよ!!大丈夫だか・・・」



「走るなシンタロウ!!」

 廊下からイジーの怒鳴るような声が響いた。

 シンタロウは委縮して再び椅子に座った。



 その様子をあっけにとられた様子で見ていた他の人は何が起きたのかわからない様子だった。

「そういえば、シンタロウ君怪我してみたいだよね。大丈夫だったの?」

 リリーは驚いた表情をしていた。



「う・・・ん。まあ」

 と肋骨らへんをさすりシンタロウは気まずそうに言った。



「無茶もいいけど、あまり心配かけちゃだめよ。」

 ミヤコは微笑ましそうに見ていた。



「若さっていいわね。」

 キョウコもニコニコしていた。



「イジーちゃんの言う通りよ。シンタロウ君。」

 マリーはシンタロウの前にお菓子の皿を置き、勧めた。



 シンタロウは軽く会釈をし、お礼を言ってお菓子に手を伸ばした。



「だってあなた肺を撃たれたんでしょ?」

「ぶっほ!!・・・・誰から・・・・」

 シンタロウは口に入れたお菓子を吹き出しかけた。



「あら、やっぱりそうなのね。穴が開いたって言っていたから・・・・・」

 マリーはどうやらカマをかけたようだ。貴婦人のような微笑みの女性が、たまにレスリーがする意地の悪い笑みを浮かべた。



 廊下の方から怒鳴り声が聞こえてきた

「だから考えているって!!いや、だから、すまん!!」

 ジューロクが必死に謝っているようだ。



「お医者さんから見てシンタロウ君の行動はどうかしら?」

 マリーは廊下から聞こえるジューロクの声に笑いながらマックスを見た。



「怪我の状況にもよりますけど、過激な運動はせずに休ませるべきですよ。」

 マックスが助言を求められているのを見てシンタロウは一瞬驚いた顔をした。



「あ、そういえば・・・お前医者だったな」



「あの施設にいた研究者、とくにラッシュ博士の傍にいたやつは開頭手術ができる医者っていうのが前提だから。それに・・・ヘッセ少尉に連れてこられたお前の怪我も看ただろ?」

 そういうとマックスはメスを握る仕草をした。



「そうだな・・・なあ、マーズ博士。」

 シンタロウはティーカップを置いてマックスを見た。



「マックスでいい。というかその呼び方するなら俺はお前を軍曹と呼ぶぞ。」

 マックスは心地悪そうに眉を寄せた。



「じゃあ、マックス。」

「なんだ?」

 マックスはマリーに取り繕った笑顔を向けていた。



「お前、ゼウス共和国の他の研究者に詳しいか?」

 シンタロウの言葉にマックスは顔を向けた。



「お前の言っている奴のことは知っている。・・・・以前お前が俺に情報を小出しにしたときにやった癖は・・・ワザとだろ?」

「気付いてくれてうれし・・・・」

 シンタロウとマックスはのどかなお茶会をしていたことを思い出して慌てて穏やかな表情をした。



「シンタロウ君とマックスって面識あったの?」

 リリーは首を傾げていた。



「ああ。俺はレイラの補佐だったし、訓練施設から助け出された俺を手当てしたのは、マーズは・・・マックスだ。」

「俺はシンタロウの命の恩人ってわけだ。」

 マックスは得意そうな顔をしていた。



「かなり若いのに、すごいわね。」

 キョウコはマックスを見て感心したように頷いていた。



「お医者さんで研究者・・・すごいわね。」

 ミヤコも感心していた。



「シンタロウ。俺もお前に訊きたいことがある・・・少し、外に行かないか?」

 マックスは紅茶を飲み干し、自分の使っていたカップを持って立ち上がった。



「ああ。俺もある。」

 シンタロウも彼と同じようにカップを持って立ち上がった。



「あら、いいのに、私が下げるわよ。」

 マリーは二人の様子をみて微笑んだ。



「いえいえ、俺ら元気ですから。」

 マックスは笑顔でマリーに言うとシンタロウを見て、顎で台所の方を指した。









 



 水音を立てて湖底から引き揚げられた機械は、動いているようで、カタカタという音を立てていた。



「これ、持って帰ろうか。」

 器用にドールを操作しコウヤは通信でディア、レイラに訊いた。



『・・・・コウ。いったん降りよう。』

 ディアは静かな声色で提案した。



 コウヤは一瞬首を傾げたが

「わかった。何かあったのか?」

 とすぐに提案を呑んだ。



 引き揚げた機械を地面置いて、コウヤはドールから降りた。

 降りるとユイも降りていた。

 その前にレイラとディアが立っていた。

「どうしたんだ?」

 二人の様子がおかしいとコウヤでも気付いた。



「・・・・やはりだめだな。」

 ディアはため息をついて外気用のマスクを外した。

「そうね・・・」

 レイラも頷き外した。

 ゴソッと柔らかい土の上にマスクが落とされた。



「これで話しやすいな。お前も私たちが何を考えているのかわかるだろう。」

 ディアはそう言うとやけに好戦的な目をしていた。



「気付かないとでも思ったの?コウ。」

 レイラもディアと同じだった。



 後ろでユイは戸惑っているようで、コウヤと二人を交互に見ていた。



「二人ともマスクを外したら体に悪いって。」

 コウヤは二人の目から逃げるように視線を泳がせた。



 パシン



 レイラがコウヤのマスクめがけて手刀を突き出した。



 そのまま、マスクを握りコウヤの顔からはぎ取った。

「わかりやすい。そんな繕い方でこの腹黒と腹黒を相手にしていた私をやり過ごせるとでも?」

 はぎ取ったマスクを地面に落とし、レイラはコウヤを睨んだ。



 ディアはコウヤの後ろに回っていた。

「お前をこのまま返すわけにはいかない。」



 コウヤはディアとレイラを交互に見た。二人とも隙が無い。あるのかもしれないが、コウヤには見当たらなかった。



「ドールから降ろしたのってこれが目的だったんだな。」

 引き揚げた機械はカタカタと音を立てている。



「お前がプログラムを開いたのならドール戦負ける可能性がある。」



「いいだけ人を説得しながらあんたが負けるってどういう了見よ?」

 レイラとディアは自身の拳を触りながらコウヤを睨んだ。



「何いっているんだ?二人と・・・・」



「嘘は通用しない。何がいる?お前の意識には?」

 レイラは軍人の口調だった。



「立場上、嘘を見抜くことは得意だ。私やレイラを騙せるとでも?」



 コウヤは冷や汗をかいた。何を言っているんだ?

「なあ、二人ともどうした?早く戻って宙で戦う二人と合流しないと・・・・」

 コウヤは慌てて言葉を続けようとした。



「たたか・・・・戦わないと・・・」

 コウヤは必死に言葉を続けようとした。

 その様子を見てレイラは悔しそうな顔をした。



 バチン



 ディアはコウヤに平手を食らわせた。

「戦うんだろ。何を躊躇う?」

 ディアはコウヤに冷たく言い放った。



「戦うよ・・・・そうだ。だけど・・・。」

 殴られた片頬を抑えながらコウヤ煮え切らない様子だ。



 頭の中に靄がかかるような感覚があった。



 第一ドームの景色、戦艦フィーネの景色、敵軍の殺された二人の少年、戦艦フィーネから放たれる砲撃と目の前にいたユイ

 全てに靄がかかり、曖昧になった。



「・・・・・何で戦うんだ・・・どうして」

 レイラは目の色を変えてコウヤに掴みかかった。

 そして躊躇いなく拳を下ろした。



 バキッ

 コウヤは地面に叩きつけられた。



「あんたがそれ聞く?」

 レイラは倒れるコウヤを冷たく見下ろした。



 引き揚げた機械はカタカタいっている。



「戦うんだけど・・・どうしてなんだ?皆間違っている。ゼウス共和国を潰すべきなのに、それをするために力を注いでいる父さんが正しいのに止めるなんて・・・・・」

 コウヤは顎をさすり、首を傾げた。



「ひどいな・・・・二人と・・・・・誰だ?」

 コウヤはレイラとディアの顔を交互に見た。



「・・・あれ?誰?」

 コウヤは二人の顔を見て自分の頭を抱えた。



「誰・・・・?誰だ?」

 その様子を見てレイラとディアは顔を見合わせた。



「・・・・コウ?」

 ユイが恐る恐るコウヤに声をかけた。



「・・・・誰だ・・・・誰だ?」

 コウヤは頭を抱えてユイを見た。



「レイラ、落とせるか?こいつ。」

 ディアはレイラに訊いた。

「ええ。」

 答えるとレイラはコウヤの首を腕で締めかかった。



「待って!!」

 ユイは胸元からいつぞや父から返してもらったペンダントを取り出した。



「コウ!!これ。これ!!」

 ユイはコウヤの目の前に差し出すように、押し付けた。



「これ、俺が持っていたのと同じだ。」

 コウヤは目を細めて優しい笑顔を見せた。



 引き揚げた機械はカタカタいっている。

 レイラは首を絞める腕を緩めた。だが、コウヤの一挙手一投足を見逃さないように目を見張っていた。



「コウ。ゼウスプログラムを開いたんだな?」

 ディアは確認するようにコウヤに言った。



「うん。開いた。・・・・あれ?それって?」

 迷いなく答えたが、コウヤはすぐに首を傾げた。



 どこに隠し持っていたのかわからないが、ディアは腰から銃を取り出した。



 ダンダン



 機械はカタカタ音を立てて煙を上げた。

 機械が銃弾を浴びたと同時にコウヤは驚くように飛び上がった。



「え・・・え・・・・あ・・・あれ?」

 煙を上げている機械を見てコウヤは何があったのかわからないようだ。



「コウ!!これ!!これ!!」

 ユイは再びコウヤにペンダントを押し付けた。



「・・・・・どうしたんだ?これ。」

 コウヤは首を傾げた。



 ユイは悲しそうな顔をした。



「皆持っているだろ?」

 コウヤは自身の首からも取り出した。

 それを見てユイは泣き笑いのような表情を浮かべコウヤに抱き着いた。



「ちょっと、ユイ!!・・・あれ?ってか俺どうしてマスクを・・・・え?どうして?」

 コウヤは初めてマスクがないことに気付いたように慌てた。



「殴るのは早まったんじゃないか?」

 ディアがレイラの肩を叩いた。



「あんただって平手食らわせていたでしょ?それに、私を呼び戻すときにあいつが何て言っていたかあんたは知っているでしょ?腹立つわ。」

 レイラは悪びれた様子もなくディアに笑いかけた。



「・・・・しかし、この機械・・・・ゼウスプログラムを搭載していると聞いているが、それ以外もありそうだな。」

 ディアは目を細めて機械を観察していた。



「・・・・ディア、私この機械持って帰って・・・・カワカミ博士以外に見せたいわ。」



「同感だ。細工をしてあると言っていたが、先ほどのコウの様子・・・・記憶を操作されていた時の様だ。」

 レイラとディアは険しい表情をして煙を上げる機械を見つめていた。












 

 何も映していないモニターをただキースは眺めていた。

 このモニターは先ほどコウヤ達が出発した様子を映していたものだ。

 何も映していないが、見つめるキースの顔を鏡の様に映すことはしていた。

「ハンプス少佐。」



「なんだ?」

 背後からかけられた声にキースは予想していたことの様に笑い答えた。



「レスリーとしてゆっくり話すことはなかったからな。」



「戦友だからな。俺もお前と話したかった。」

 キースはいつもの人懐こい笑い方をした。



「・・・・酒でも飲むか?」



「噂だとロッド中佐は飲まないって・・・・」



「クロスは未成年だからな。俺は違う。実は結構酒は好きなんだ。」

 レスリーはそう言うとグラスを傾ける仕草をした。



「若いくせしてやんちゃだな。」

 キースは冷やかすように笑った。



 レスリーはキースの横に何も言わずに立ち、何も映さないモニターを見た。



「今更わかったんだが・・・・・尊敬していた人がいたんだ。死んじまったけど。」



「そうか。」



「昔の自分とコウヤを重ねてずっと行動していた。」



「全て終わったら、殲滅作戦のことを公表する。ロッド中佐の言うことなら信じるだろう。」

 レスリーはそう言うと横のキースを見た。



 キースは口元に笑みを浮かべて俯いていた。

「・・・・情けないと思うか?」

 キースは下を向いたままレスリーに言った。



「いや、俺だって同じようなものだ。・・・・・ずっと「天」での悲劇に囚われ、復讐を考えていた。クロスには悪いことをしてしまったが。」



「悪いことをしたのは俺だ。自分の目的のために力の強い奴を利用したんだ。・・・・だけど、それも終わる。」

 キースはそう言うと顔を上げていた。表情は明るく、何かを眩しがっているように目を細めていた。



「終わるのは早い。気が早すぎるぞ。ハンプス少佐。」

 レスリーはキースから目を逸らした。

「さて、飲むんだろ?」

 キースはレスリーの肩を叩き歩み始めた。



 レスリーはキースを見つめ・・・・

「後にしよう。少佐は訓練があるんじゃないか?確か・・・」



「いや、イジーちゃんがシンタロウの怪我が治っていないからってキレたみたいだ。確かに言えている。移動して間もないから今日はもう休憩に入るらしい。」

 キースは振り向いて笑い、レスリーをじっと見た。



「後にしよう。ハンプス少佐。勝利の美酒といかないか?全てが・・・」

 レスリーは首を振った。



「レスリー」

 キースはレスリーに笑いかけ、首を傾げた。



 レスリーはキースの表情を見て、眉を顰めた。



「酒は飲みたいときに飲むもんだろ?」

 レスリーとは対照的にキースの表情は明るかった。



 レスリーは少し悲しそうな顔をしたが、頷いて辺りを見渡した。



「・・・ここから東北に行った場所に、大昔だが、お前が言っていた花が咲いていた自然公園の跡がある。見てみるか?」

 レスリーはレイモンドが広げて見せていた地図を取り出した。



「覚えていてくれたのか?気を遣わせている。」

 キースは嬉しそうに目を細めた。

「本当だ。気を遣わせる上司は嫌われるぞ。」

 レスリーは嫌味らしく言った。



「今のロッド中佐に聞かせたいな。お子ちゃまサングラス。」

 キースはにやりと笑っていた。



「耳が痛いな。」

 レスリーは地図を持つと、キースの肩を叩いた。



「道楽の船がある。ドーム外用の遊覧船だ。それで出よう。」

「流石貴族のお坊ちゃまは違うな。」

 キースは感心したようにレスリーを見た。



「ただ、格納庫にあるから、下手したら誰かに見られながら行くかもしれない・・・と。」

 レスリーは廊下に誰かいるのを見つけてドアを開くのを止めた。

 だが、その誰かを見て微かにドアの隙間を開けて見ていた。



「どうした?誰だった?」

 キースはレスリーの様子を見て首を傾げた。



「意外な組み合わせだ。シンタロウとマックスだ。」

 レスリーは考え込んでいた。



「意外でもないだろ。あの二人はゼウス共和国側にいた時に接点があっただろうからな。」



「そういえば・・・マックスがシンタロウのことを軍曹と言っていたな。」

 レスリーは納得したようだが、変わらず覗いていた。



「趣味悪いぞ。」

「ずっとこれで生き延びてきたんだ。今更だ。」

 レスリーはどうやら二人の様子が気になるようだ。









 



「何でここまで来たのかは、あののどかなお茶会の近くでするには物騒な話だからだ。」

 マックスは辺りを見渡し、人がいないことを確認していた。



「ああ。それはわかる。俺も物騒な話をすると思う。」

 シンタロウは頷いた。



「・・・グスタフ・トロッタは、俺に次ぐ研究員だった。だが、行方不明だ。あいつは今どこにいる?」

 マックスはメッセージを送っても返答が無かったことを思い出していた。



「死んだ。」

 シンタロウはきっぱりと言った。



「・・・トロッタは、人体改造や強化をメインに研究をしていた。お前がまさか・・・」

 マックスは顔を青くしていた。



「いや、俺は殺していないが・・・俺のせいで死んだ。」

 シンタロウはマックスを見て言った。



「お前の体を強化したのはトロッタだと思っていいんだな?」



「ああ。・・・お前にはいつか話すと言ったもんな。」

 シンタロウはマックスを見て、そして、その後ろを見た。



「部屋から出て聞いてもいいですよ。・・・先生。」

 シンタロウは微かにドアが開いている部屋を見て言った。

 それを聞いてマックスは飛び上がった。



「バレていたのか。」

 ドアが開き、中からレスリーとキースが出てきた。



「バレバレですよ・・・先生。」

 シンタロウは笑った。



「・・・聞いていいのか?」



「聞く気満々だったくせに・・・いいに決まっているじゃないですか?」

 シンタロウはおかしそうに笑った。





 






 叩かれた頬と殴られた頬が痛む。

 ジワジワとした痛みとズキズキとした痛みがコウヤの両頬を襲う。

「・・・・ってー」

 思わず呟いた。



『悪かったわ。拳はやりすぎた。ただ、腹が立ったことは分かってほしい。』

 レイラは建前上謝ったという感じの口調だった。



「気にはしてないと言ったらウソだけど、まったく避けられなかったのか・・・」

 コウヤは少ししょんぼりとしていた。



『殴られたところも覚えていないのか。私ももっと殴ればよかった』

 ディアは何か不穏なことを後悔している。



「だめだめ。俺の両頬がリス見たいになる!!」



『それかわいい。』

 ユイが楽しそうに声を上げた。



「グロイって!!」

 コウヤは悲鳴のような抗議の声を上げた。



『どうだったの?プログラムを開く過程は?それが気になる。』

 レイラは話の方向を変えた。



『そうだな。小細工というのはどういうものだった?』

 ディアは何かを疑っているようだ。



「あの日を思い出すようなものだった。・・・・どうやって地球に来たのか。「希望」で見たものも含めて・・・・・」



 コウヤは自分が見たものをざっくりと話した。







『・・・・・ラッシュ博士・・・・・やはり関わっていたか。』

 ディアは舌打ちを交えて呟いた。



『ねえ、コウ。留守電についてお父さんは何を言っていたの?』

 ユイは留守電の内容を気にしていた。



「ああ、避難するようにという怒声と、変なことを考えるなという釘指しと・・・・あれに触れるなって・・・・・」

 あれって・・・・・コウヤは首を傾げた。



『研究者としてムラサメ博士が有名だったのは勿論だけど、カワカミ博士は天才として名高かったのよ。二人は親友だったけどライバルと言われていた。』

 レイラは急にムラサメ博士とカワカミ博士の関係の話をした。



『ユイ。お前の前でこの話はしたくない。嫌なら通信を切ってくれ。』

 ディアはユイを気遣った。



『大丈夫。私も考えていたことがあった。』

 ユイは確固たる意志を持つようにディアの勧めを断った。



『本当のドールプログラムの開発者って・・・・カワカミ博士なんじゃないか?いや、共同の研究者だからその言い方は良くないか。言いたいことは・・・・』

 ディアはそのまま話を続けた。



『お父さんが全て仕組んでいたこと・・・・なんじゃないか。ムラサメ博士のことは違うと思うけど、この前のゼウス共和国に対する攻撃を仕込んだのは・・・・お父さん。』

 ユイは誰かを責めるように言った。



「ユイ・・・・そこまでは・・・・」

 コウヤは親切だったカワカミ博士を思い出した。



『私もお父さんを信じたい。けれど・・・・プログラムの該当者の設定は全てお父さんがやっているはず。コウ。留守電でお父さんは他に何か言っていたの?』

 ユイの言葉にコウヤは改めて思い出した。



「・・・・お父さんが言っていたんだ。ねつ造かわからないけど、俺が「あれ」を動かせとか言っていた。そして、カワカミ博士が留守電で言っていた「あれ」と同じものだとしたら・・・・」

 コウヤの背中に何やら冷たいものが伝った。



『同じものなら・・・・ドールプログラム研究において、カワカミ博士の方が優れていることになるだろうな。ラッシュ博士ならわかるのでは?今のお前が訊くのは苦しいかもしれないが・・・・』

 ラッシュ博士がコウヤの父親の死にかかわっていたことは確定事項である。その過去を思い出したばかりのコウヤに彼女と接触させるのは気が引ける。



 それはディアだけでなかった。

『私が訊くわ。あの人、私のことを甘く見ているから。』

 レイラが立候補した。



「いや、俺がキャメロンに訊くよ。逃げていたら・・・・」



『・・・あ!!待って!!待って!!』

 ユイが何を思い出したように叫んだ。



「どうした?」

『『ユイ?』』

 コウヤ達は急に叫んだユイに注目した。



『いるよ。研究者。もう一人。・・・・信用できると思うよ。ほら!!』

 ユイはコウヤ達に強く言った。



『『「あ・・・・ああ!!」』』







 

 部屋に閉じこもるようにじっとしていたリード氏の元に、彼が会いたくなかった男が来た。

「久しぶりだな。タナ。お前は野心家だったからな。」

 豪快な性格だった軍人は、今やすっかり人の良い隠居の男だ。だが、この男の武勇が一つの時代を作ったことを知っている。



「・・・・レイモンド。豪快な性格のお前が素直に隠居していて驚いているぞ。」

 タナ・リード元地連少将。「天」襲撃の際行方不明になり、ゼウス共和国前総統ロバート・ヘッセと通じていた。そして、今回の騒動では現総統を裏で操っていた黒幕である。



 彼を冷たく見るわけでもなくレイモンドは部屋に入った。

「時代の変化だ。タナ。私が前線で戦っていた時は、ドールプログラムもなく、ただの戦艦と戦闘機の戦いだった。ついていけなくなったら隠居するに決まっている。」

 勝手知っているようにリード氏の居室に入り、椅子に座るが、当然だ。このドームは彼のものだ。



「嫌味か?それとも弟を利用したことを怒っているのか?」

 リード氏は嫌味の様にレイモンドを見た。



「ライアンか・・・・あいつは軍人に向いていなかった。肝も据わっていないくせに出しゃばるものじゃない。ライアンのことはいい。私が何より許せないのは・・・・レイのことだ。」



「・・・・ロッド侯爵か・・・・あのなよなよした小柄の紳士とお前が親友のままだとは、意外も意外だ。息子は立派な殺人兵器になったがな。おっと・・・・それはヘッセ総統か。いや、両方か。しかし本当に気になるな。どうしてあんなのと?子供時代からの惰性にしても・・・納得できんな。」

 リード氏はレイモンドを煽るように笑いかけた。



「貴様の上から目線な嫌味は慣れている。・・・・・レイの悪口は許さん。子供にしてもそうだ。殺人兵器にしたのはお前とロバートだろ。」

 穏やかな表情から一変してレイモンドはリード氏を睨んだ。



 リード氏は一瞬ひるんだが

「前線に出ていた時並みの迫力だ。獣のしっぽを踏むような真似はやめとく。」

 そう言い、レイモンドの向かいにあたる椅子に腰を掛けた。



 リード氏は部屋の主の様に指を組み、足を組み、レイモンドを見た。

「私の元に来たのは過ぎたことの憎しみをぶつけに来ただけではないだろう?」



「そうだ。タナ・・・・お前に訊きたいことがある。」



「なんだ?もはや隠すことなどない。何でも気兼ねなく聞いてくれ。」

 リード氏は両手を広げ、大げさな表情とポーズをした。



「お前の目から見て、ムラサメ博士以外で脅威はあると思うか?」

 レイモンドの問いにリード氏は目を丸くした。



「は?・・・・それを私に聞くのか?」



「作戦を実行するにおいて、最善の状態で臨みたい。子供には見えないモノも多い。」

 レイモンドは困ったような表情をした。

 それを見てリード氏は鼻で笑った。



「あの化け物6人のガキは意外に視野が狭いと見ていたが、それは当たっていたのだな。」

 リード氏はレイモンドを指差し愉快そうに笑った。



「私よりも裏切った側の人間の方が見えるものもあるだろう?」

 レイモンドはリード氏を挑発するように手を振って言った。



「・・・・私の目から見て、ラッシュ博士は大丈夫だろうな。彼女は研究者だが女だ。ムラサメ博士を止める行為とその後の処理をすることに意味を見出している。彼女の助手だったマウンダー・マーズも大丈夫だろう。予想以上に本物レスリーに心酔しているな。モルモットだったジューロクは、お前気付いたか?あいつの上司はナオだぞ。しかも未だに心酔しているようだ。それなら絶対に大丈夫だろうな。おっと、敵方は大丈夫だな。心配はないだろう。」

 リード氏は眉を歪めて笑った。



「敵の分析はしている。味方だ。」

 レイモンドは指を組み、苛立たしそうに動かした。



「ああ、プログラム上確かコウヤ・ムラサメを抑えとけば化け物集団は安泰だろ。」

 リード氏は興味なさそうに言い、手を払った。



「ハンプス少佐は?」



「そうだな、コウヤ・ムラサメが彼を頼りにしているように見える。親友よりもな。私から見て彼は大人だと思うぞ。情に厚そうに見えて情に流されない。冷静だろ?」

 リード氏は両手を広げておどけたような表情をした。



 リード氏の言葉を聞いてレイモンドは複雑そうな表情をした。

「・・・・そうかもな。ハンプス少佐とコウヤ君の動向に気を付ければいいということだな」

 レイモンドは安心したような表情をした。



「あ・・・あとは、あれは人間の部類が違うから私には理解できない所がある。心優しい父としての面を持つが、カワカミ博士は根っからの研究者だ。あの男がマッドサイエンティストの最たるものだったのは知っているだろ?」

 リード氏は思い出したように言った。



「彼は我々の味方で、ロッド家に長く仕えてもらっていた。彼に限って・・・・」



「その時間が偽りとは言わない。だが、その間彼は罪悪感か何かのために抑えていた本性があるはずだ。今回の戦いで自身の開発したドールプログラムの成長を見ているはずだ。それが彼に火をつけることは考えられる。・・・・まあ、どうするかは君次第だ。」

 リード氏はレイモンドを試すように見て、笑った。



「・・・・参考になった。」

 レイモンドは椅子から立ち上がり、部屋のドアに向かって歩きだした。





「自分にないものを持っているものに憧れる・・・・」

 レイモンドは扉に手をかけて呟いた。



 リード氏は何を言っているのかわからないという顔をした。



「・・・・・レイを馬鹿にすることを言ったら次は許さん。」

 レイモンドはそう言うと部屋から出て行った。












 

 夕焼けが辺りを赤く染めてゆっくりと沈み、辺りが暗くなる。

 濃紺の空には粉砂糖をまぶしたような光と金色に光る丸い月。



「なかなか幻想的だな。外気は人間に害を与えるのにな」

 キースは景色を眺めながら呟いた。



「これは飲酒運転にならないか?・・・まあ、大丈夫か。」

 レスリーは小型の船を操作し、片手にグラスを持っていた。



「レスリー殿は操舵までできるんだな。」

 キースはレスリーを見て感心していた。



「俺は操舵要員で殲滅作戦に参加していた。ドール部隊の消費が激しくて移ったんだ。」

 レスリーは口元を歪めて言った。

「・・・はは、ハンプス少佐。例の自然公園の跡は、見事な更地だった。」

 レスリーは下に見える地面を見て悲しそうに言った。



「今の地球なんて、そんなもんだろ?」

 キースは分かりきったことのように言ったが、少し寂しそうだった。



「さっきのシンタロウの話・・・俺が思ったよりも重かった。」

 レスリーは変わらず窓の向こうに映る地面を見ていた。



「俺があいつと会った時は、普通の少年だったんだがな・・・それは、コウヤもアリアちゃんもだ。」

 キースは懐かしむように呟いた。



「・・・奴らみんな18、9歳か・・・・作戦が終わっても、数年かかるな。一緒に酒を飲むのも。」

 レスリーはグラスと首を傾け、考え込むようにしていた。傾くグラスに入っている琥珀色の液体は、彼が大人であると主張しているようであった。



「おたく若いわりに大人なお酒飲むなー。背伸びしたいお年頃か?」

 キースは冷やかすように言った。彼の手には薄緑色と白色を帯びた透明な液体が入ったグラスがあった。



「苦い酒は甘いものとあう。飲み物は苦い方が好きなんだ。」

 キースの冷やかしを気にする様子もなくレスリーはグラスを呷った。



「一気に飲むと体にわる・・・・・ん?」

 キースは窓から船の外を見た。



「昔は船を海に浮かべて窓も壁もない状態で酒を飲むこともできたようだ。今からは考えられないほど昔だ。」

 レスリーは慣れた手つきで船を操った。



「おい、レスリー。船、あっちに動かしてくれ。」

 キースはある方向を指差した。



「ん?ああ。」

 レスリーは舵を切り、船の方向を変えた。

 辺りは夕焼けから夜空に変わりつつあった。

 その空の向こうから黒い点が来る。

「・・・ん?」

 レスリーは目を細めた。表情は一変し、口元に浮かべていた笑みは無くなった。

「なんだ?あれは・・・・機影か?」

 グラスを置いて、船のモニターを付け、機影をズームで見ようとした。



「大丈夫だ。レスリー。」

 キースは頬を緩めていた。



「・・・・・ああ。」

 機影をズームで見たレスリーもキース同様に頬を緩めた。そして、再びグラスを手に取った。

 キースはグラスをレスリーに向けた。



「無事を祝って・・・・お子様たちのな。」

 と言い、にやりと笑った。



「お子様か・・・・なかなか心に響くな。」

 レスリーもにやりと笑って、キースにグラスを向けた。



 カチンとグラスとグラスが触れた音が響いた。







『おい、見ろコウ。』

 ディアは呆れたような口調だった。



「何?」



『優雅に遊覧船を出しているぞ。誰だかは分からないが、さすがは地連大将だ。金持ちの道楽がわかっている。』

 ディアは皮肉を言うような口調で言っていた。たぶん片頬を吊り上げるような笑い方だろ思った。



「通信してみれば?俺はちょっとできないから。」

 コウヤはふさがっている両手をチラリと見た。コウヤの乗るドールは先ほどディアが撃った機械を持っていた。



『いや、なんか悪い気がするな。通信するとしても、いったん戻ってからにしよう。』

 ディアはそう言うと先頭に出てドームに向かった。

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