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六本の糸~収束作戦編~
危険な男
しおりを挟む『カワカミ博士!!洗脳電波が止まりました。』
戦艦フィーネの一室で操舵室からだと思われる通信が響いている。
その声を聴きながらカワカミ博士は機械に向かって微笑んでいた。
「・・・・私の勝ちですね。シンヤ」
カワカミ博士の呟きをラッシュ博士は黙って聞いていた。
「キャメロン。ここまでの協力ありがとうございます。あなたがいたから私はここまでのものを完成させることができた。」
カワカミ博士は芝居がかったようにゆっくりとラッシュ博士の方を見た。
ラッシュ博士はその様子を見て笑った。
「嘘。私が居なくてもあなたはできた。あなたは天才だから・・・・いえ、怪物だから・・・・・自分のことを神だと思っている思い上がりだからよ。」
ラッシュ博士の言葉にカワカミ博士は首を傾げた。
「心外です。・・・・・思い上がりではない。」
白い戦艦からの砲撃が当たらないような位置にコウヤ達は着いた。
ディアとユイが死守した場所だ。
『コウ。洗脳電波を止めたのはいいが、どうやって入る?』
ディアは神経接続を再開したのか、ドールが人間の様に動き始めていた。
「破壊して入るとアリアを殺してしまう。プログラムの中に入って操作することは出来る?」
コウヤはユイとディア、レイラを順に見た。つもりで尋ねた。
『生憎・・・・私にその技量はないわ。クロスやハクトで無理なら私たちは無理。まして、あなたが無理ならなおさらよ。』
レイラは困ったような声だった。
『ここまで来て、プランが無いというのは情けない。』
ディアは言っていることとは別に楽しそうだった。
『不謹慎よ。人類のこれからがかかっている作戦なのに。』
レイラはディアの様子を咎めた。
『レイラの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。』
通信で相談しているところに割り込みがあった。
『あんたがそんな皮肉めいたこと言えるとは思わなかったわ。』
レイラは割り込んだ声に嫌味の様に言った。
『ハクト!!』
ディアは嬉しそうに声を挙げた。
『惚気るのは後でね。うざいから。』
辛らつに、さらに割り込んできたクロスは言った。
「みんな・・・・・」
コウヤは6人がそろったことを確認すると嬉しくなった。
『まあいい、それよりも・・・・ハクトとクロスは入れる?』
レイラは深呼吸をして自身を落ち着かせた。
『カワカミ博士に連絡を取ろう。それが一番だと思う。』
クロスは即答した。確かにそうだった。
コウヤもそれがいいと思った。ハクト達も異論は無いようだ。
「じゃあ、フィーネに繋いで・・・・・」
『待って!!』
通信をするのを止めたのはユイだった。
『ユイ?』
レイラは咎めるようにユイを呼んだ。
『もっといい協力者がいる。大丈夫だから・・・・出入り口に行こう。』
ユイはコウヤ達にそう言うとすぐに飛び去った。
『あ!!馬鹿!!』
レイラはユイに叫び、後を追った。
『馬鹿が増えてどうする!!』
ディアも叫びながらも二人の後を追った。
『全く・・・誰が言って・・・・』
クロスは呆れたように言った。
「あはは・・・・・」
クロス達の状況を見て笑いかけた時、ふわりと懐かしい甘い匂いがした。
甘い匂いなのか、嗅いだことのある整髪料の匂いなのか。
「・・・・ユイの協力者って・・・・」
コウヤは嬉しさと罪悪感で変な汗をかいた。
『・・・・コウ?』
コウヤの様子の変化に気付いたのかハクトが心配そうに声をかけた。
「・・・・はははは・・・敵わないよ。」
コウヤはユイ、レイラ、ディアに続いた。
ハクトとクロスは驚いてお互いの様子を確認するように見た。そして、仕方なさそうにため息をついてコウヤの跡を追った。
補助部隊のドールは洗脳が解けていないようだ。
残り数体だが、三体のドールに向かってくる。
「俺が止める。」
ジョウはドールを加速させて残りのドールに向かった。
『一定距離以内にいます。危ないと判断したら介入する。』
キースは頷きながら言った。
ジョウも機械が埋めこまれているおかげか経験のおかげかかなりの使い手だった。
普通の人なら周りの視界の変化についていけなくなる。
機械のおかげもあり、映像処理能力も上がっているのだろう。
周りの状況を見ると、もしかしたらという希望をもってしまう。
ちらりとキースの方を見た。彼も同じことを思っているのだろう。だが、油断は禁物だ。
月のドーム「天」から一つの戦闘機が飛び立っていた。混乱する戦況のなか、宇宙に出ることは簡単だった。
戦闘機の中には一人の初老の男がいた。
「・・・・危険だ。危険なんだ。兄さんもタナも気付いていない。」
息を荒げて男は憑りつかれたように呟いていた。
「化け物たちに世界を渡してたまるか・・・・・」
男は慣れているようで、戦闘機の通信機器を操作し、どこかに通信を試みていた。
何度も調節し、接続を試みていた。
何度目かの挑戦で繋がった。
『誰だ?』
「こちら・・・・地上主権主義連合国軍現総統のライアン・ウィンクラーだ。そちら、ネイトラルの戦艦とみた。」
初老の男、ライアンの通信に相手は黙った。
『・・・・・お飾りの総統が何の用ですか?』
通信相手は棘のある言い方だった。
「私の話を聞け。ドールプログラムは危険過ぎる。このまま世界を化け物に明け渡すわけにはいかない!!」
ライアンは叫んだ。
『・・・・・・』
「私の言っていることは今の戦場を見たらわかるはずだ。話を聞くだけでもいい。」
ライアンは相手が反応しないことを気にせず訴えるように叫び続けた。
『・・・・・・話を聞こう。』
通信相手はライアンに言った。
白い戦艦はコウヤ達を招き入れるように発着口を開いた。
そこに飛び込むようにユイ、レイラ、ディア少し遅れてコウヤ、クロス、ハクトが入っていた。
ハクトまで入るとそれ以上は拒むように扉は閉められた。
敵意はあるが、攻撃性は無いという変な緊張感のある艦内だった。
見た目通り、戦艦の中は無機質で、生活感というべきか、人間の痕跡が見えなかった。
宇宙服を着たまま慎重にドールから降りたコウヤは、同様にドールから降りた他の親友を見た。
とうとう来てしまった。そんなことを思っていた。
「感謝しないとね。コウ。」
ユイはコウヤを見て意地の悪い笑顔を見せた。そして、少しコウヤを睨んだ。
ユイの様子を見て協力者が分かったのか、ハクトとディアは呆れた顔をしていた。
「・・・・わかっているよ。ありがとう。ユイ。」
コウヤは条件反射の様にユイに頭を下げた。
その下げた頭をレイラとユイとディアが殴った。
「わかっていないだろ!!」
三人は声を合わせて言った。
コウヤはあわててお礼の言葉を叫んだ。
殴り殴られながらもコウヤ達は戦艦の中へ進んで行く。
空気が正常なところに来たのを確認して宇宙用スーツのヘルメットを脱いだ。
招くような戦艦の様子にコウヤ達は警戒しながらもためらうことなく進んだ。
どこも変わらない人の気配のない廊下。壁は白か灰色か。飾りはなく、機能性だけ重視されているのだろう。
誰も阻まない。おそらく人はいないだろう。いるのはムラサメ博士の意思が入ったアリアだけだ。
長い廊下、曲がり角で気を遣うが、結局何もない。
何度か扉を抜ける。
ユイやコウヤ以外は訓練をしていた軍人だ。二人を真ん中に置いてクロスが先頭、その後をディア、最後尾をハクトとレイラが警戒する。
明らかに異質な扉があった。
この先に父親とアリアがいる。
直感で分かった。それはコウヤだけでなく他の5人もだ。
コウヤは扉に手をかけようとしたクロスを制した。
クロスは何か察知したと思ったのか扉から離れた。ディアもそれに倣い離れた。
コウヤは申し訳なくなったが、二人の前に立った。
クロスとディアは不審そうな表情をした。後ろにいるハクトとレイラもだ。
気まずい空気が流れるなか、誤魔化すわけでなくコウヤは笑いかけた。
「何のつもりだ?」
クロスはコウヤが察知したわけでないと分かると眉を吊り上げた。
ディアは何も言わずに警戒する姿勢を解いた。
「聞いて欲しいことがある。」
コウヤは5人の顔を順に見た。
こんなことをした時が何度かあった。それは、幼いころの遊びの集まりの時、約束をするときだ。
「みんな・・・・これが終わったら、また一緒に過ごしたい。」
コウヤの言葉にクロスとレイラは目を逸らした。
「クロスやレイラは罪を償うとか言っていたけど・・・・それは死ぬことじゃない。俺は大切なんだ。フィーネに乗っているみんなや、地球で待っている母さんたち。」
コウヤは目を逸らした二人を咎めるように見て言った。
「地球で待っている人を大切にしろ。私には償いがある。」
「そうよ。罪には罰がある。物事には順番と優先順位がある。」
クロスとレイラは切り捨てるように言った。
「大義があって軍属だから人を殺していいというわけじゃない。でも何でクロス達だけなんだ?もっと汚れている奴は沢山いる。手を汚しても生き続けるとシンタロウは言っている。切り捨てて生き延びたとしたらネイトラルの奴や、地球の奴らは償って生きてくれるのかよ!!」
コウヤはクロスとレイラに怒鳴るように言った。
「先の話はするな。キリがない。」
クロスは表情を変えずに言った。
「私はコウに賛成だ。ハクトなんか、もっと我儘を言っている。クロスもレイラも逃げれると思うな。」
ディアは穏やかに笑った。
「私も私も。私もみんなと一緒にいたい。」
ユイは両手を挙げて飛び上がった。
「賛成と言いたいところだが・・・・それは野性的な動物的な感覚だ。人間は社会的な生き物だ。理屈が必要だ。私がそれを抑えてお前の言うとおりに生きれると思うのか?」
レイラは眉を顰めていた。
「思わない。ねえ、クロス、レイラ・・・・キースさんにも作戦だけ考えろって言われたけど、俺はそう思わない。俺たちには未来が必要なんだ。」
コウヤは決心したような目をしていた。
「父さんと戦う前に、俺たちは生きる理由を持たないと、勝てない。」
クロスとレイラは嬉しそうだが困ったような顔をしていた。
パチパチパチ
拍手の音が響いた。ハクトが手を叩いて頷いていた。どうやら賛成の拍手の様だ。
クロスが忌々しそうにハクトを見た。ハクトはその視線を気にする様子もなくコウヤの横に立った。
「俺もコウヤに賛成だ。俺は、お前らが何を言おうと6人揃って生きていくつもりだ。止めるやつは潰す。邪魔する奴も全てだ。」
ハクトはクロスとレイラを睨むように言った。普段のハクトからは想像できないほど殺気立っており、本気だということがわかる。
「とんでもなく我儘だな。ただの融通の利かない優等生だと思ったら、それ以上に厄介な奴だったか。」
クロスは若干ハクトに引きながらも笑った。
「俺は本気だ。万一、ネイトラルの策略で俺らの誰かが欠けたとしたら・・・・俺はそれを潰す。宇宙全体の策略であっても、同じだ。俺は決めた。お前たちとの未来を阻む者を潰すとな。作戦に臨む前に言うべきだったが、敵にかかる前に心を決めてもらいたい。」
ハクトは本気だった。
「ちょっと・・・・新たな悪役の登場になりかねないから、心の奥底にしまっていてよ。」
レイラもクロス同様にハクトに引いている。
だが、二人とも少し嬉しそうだった。
「俺の良いところをハクトに取られた気がする。」
コウヤは頬を膨らませて言った。
「コウはいつもいいところばっかりだよ。」
ユイはコウヤに微笑んだ。
「ユイ。」
コウヤは救われたような表情をした。
「・・・みんな、生きていたいと思っている。だから、もう同じ方向は見ているよ。」
「そんなこと・・・」
クロスが否定しようとしたが、レイラがクロスの顔の前に手を持ってきた。
「ここで、生きようと思わないと勝てない。だから私たちは生きていくことに・・・みんなでいることに貪欲になるべきよ。」
レイラはクロスを叱るように言った。
「・・・そうだな。結束しないと勝てない。」
ディアは納得したように笑い、クロスを見た。
「コウ。私たちの準備はできた。・・・・早くアリアを助けるんでしょ?」
ユイは真顔になった。
コウヤは表情筋が強張った。
ディアとレイラはあらまあと他人事のように驚いていた。
ハクトとクロスは軽蔑するようにコウヤを見ていた。
「そうだね・・・・ああ!!もう行くからね!!」
コウヤは扉に向かった。
「待て!!私たちが前に出る!!」
コウヤの跡をクロスとディアが慌てて追いかけた。
6人が扉の前に並んだ時、ひとりでに扉が開いた。
警戒しなさ過ぎた。このメンツだと調子が狂う。
クロス達はそんなことを考えて内心舌打ちをした。
「父さんは俺を殺さない。」
コウヤは自信をもって言った。
開かれた扉の先には更にもう一つ扉があった。
それは自分で開くようだ。
コウヤは先頭に立ってそのまま扉に向かった。誰もコウヤを止めなかった。
『・・・・コウヤ。』
呼ばれる声が聞こえた。
コウヤは頷き、扉に手をかけた。
プログラムを応用した装置が充実しているというのに、この扉は手動だ。
この先に父がいるということは確実だ。
ギイイ
戦艦に似合わないひどくレトロな音がした。
開いた先の床は目に痛いほど白く、壁一面にモニターが張り巡らされており、映し出しているのはかつて月にあったドーム「希望」だ。
部屋の中心に見たことのある少女がいた。
「・・・・・やあ、コウヤ」
少女は笑顔で言った。
「父さん。」
コウヤは少女と向き合い深呼吸をした。
コウヤの後に続いてクロス、ディア、ユイ、レイラ、ハクトが入ってきた。
「よかった。君たちも来てくれたのか・・・・。」
少女はコウヤの後ろの5人を見て安心したように笑った。
コウヤは身構えた。
少女、ムラサメ博士は優しく微笑んでいた。
後ろで誰かが銃に手をかけた。
「私をそれで止められない、だから君たちは来たんだろ?」
ムラサメ博士はその様子を見て楽しそうに笑った。
「・・・チッ」
レイラが舌打ちした。どうやら銃に手をかけたのはレイラの様だ。
「ネイトラルも馬鹿だ。アスール財団は大人しく研究を保護すればよかった。ギンジもあれだけの能力があるのなら、何故協力しないのか・・・・君たちの親に関してはそれ以前だ。」
ムラサメ博士はクロスとレイラを見た。
「そうだ、君はなかなかいいことを言うな。ハクト君。君のご両親は善良を絵にかいたような人たちだが、君の考えは独裁的で好ましい。」
ムラサメ博士はハクトに嬉しそうに微笑んだ。
「それはそうと・・・君たちは私を止めに来たのだろう?ここで・・・・どうやって?」
ムラサメ博士は不敵に笑った。
「父さん・・・・止まる気はないの?」
コウヤは父親に縋るような目を向けた。
「どうして?世界は私のために止まってくれたか?ナツエのために動いてくれたか?」
ムラサメ博士はさっきまでの優しい笑みは嘘のように激昂するように叫んだ。
「麻酔銃か?ギンジの作戦は?」
ムラサメ博士はクロスとハクトを見た。
「何故そう思う?」
クロスはムラサメ博士を睨んだ。
「心配しなくてもいい。私も君たちと利害は一致する。プログラム内で君たちとやり取りが必要なのだよ。」
ムラサメ博士はその場に座りこんだ。
「君たちには感謝をしている。コウヤといつも仲良くしてくれてありがとう・・・・・・」
ムラサメ博士は口元に異様なまでの笑みを浮かべた。
白い床から光が発せられる。
壁のモニターが歪む。
「う・・・・うああああ!!」
頭に直接響く機械音と振動と白い光にコウヤ達は呻いた。
「大丈夫だ!!みんな!!俺たちは・・・」
「話は・・・・プログラムの中でしようではないか。」
ムラサメ博士も苦しい様で顔を歪めていた。
「コウヤはいいお友達を持ったな。」
ムラサメ博士のその言葉を最後に視界は暗転した。
白い戦艦の洗脳電波が消えた。そう連絡があった。
通信を操舵室に繋げた。
「皆さん・・・・・これから、通信機器を全て使えなくします。」
カワカミ博士は機械の端末を操作していた。
モニターに映る白い戦艦を見てカワカミ博士は微笑んだ。
フィーネの操舵室ではモニターとレーダーの最終確認に入っていた。
「通信機器が使えなくなったら電波も飛ばない。今のうちに状況を覚えろ。」
レスリーは戦艦を操作し、白い戦艦から離れさせ、少しでも戦場から遠ざかった。
そして、何やらどこかに連絡を入れている。おそらく前線にいるキース達の様だ。
リリーとイジーは頷き、割り切って砲撃の操作に切り替えていた。
マックスとリオとカカは操舵室の開いた椅子に座っていた。
モーガンは集中するようにモニターを見たり目を閉じたりしていた。
「通信機器が使えなくなるらしい。落ち着いているとはいえ、今の状況を覚えろ。」
キースはシンタロウとジョウに通信を繋げた。
『わかりました。モーガンから何か飛んでくることを祈ります。』
シンタロウは訓練を思い出して深呼吸した。
『俺も何か察知出来ればいいがな・・・・』
ジョウも訓練を思い出していた。
「わかっていると思うが・・・油断をするなよ・・・」
キースは通信を繋げて言ったが、繋がっていないことに気付いた。
「・・・・死ぬなよ。」
キースは通信の繋がらない向こうに呟いた。
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