あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

信用と信頼

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「地連も完全なる武力戦に持ってきている。」

 リコウの向かいに座っているコウヤが眉を顰めていた。



 未だにリコウはこの先輩が何を根拠に周りの状況を把握しているのかわかっていなかった。



「…今回の件は完全に蚊帳の外にされていますから、こちらの意見を聞いていただけないんですよ。」

 リコウの横に腰かけていたイジーが残念そうに呟いた。



「上に報告したのか?ドールプログラムとネットワークが絡んでいる以上、コウヤや俺の協力は欠かせない。加えて言うならシンタロウもだ。」

 マックスは、現在は不在の部屋の主の椅子を見て言った。



「少佐も総統も、人を信用しない人です。少佐に関しては…勘がいいので、少しでも悪意や不利になる様子を嗅ぎ取ったら距離を置いて対処します。」

 イジーは何か心配事があるのか、ウィンクラー少佐の話をするとき眉を顰めた。



「もうその少佐止めたら?何か気持ち悪くないのか?」

 コウヤはイジーを見て冷やかすように笑った。



「…ですよね。」

 イジーは顔に張り付けていた機械的な表情を取り、柔らかな笑みを微かに浮かべた。



 やっぱりかわいい子だな

 とリコウは思った。



「…今、シンタロウがいないから話すけど、ヤクシジ。」

 コウヤは真面目な顔でリコウを見た。



「え?はい。」

 急に真面目な顔を向けられたため、リコウは姿勢を正した。



「さっき、シンタロウが言っていたことは本当?」



「言っていたことって何ですか?」

 リコウはコウヤが聞きたいことがわからず質問し返した。



「お前が聞こえていた幻聴だ。鍵であることを示唆するものがあったって…」

 マックスも同じことが気になっていたようで、コウヤと同じような視線を向けていた。



 そういえば、ウィンクラー少佐がその話をしたときに二人の表情が変わったことを思い出した。



「はい。君も…みたいなことを。何か?」

 リコウは二人が何故そこまで気にしているのかわからなかった。



「シンタロウは新しいネットワークを察知できるわけだ。」

 マックスは納得したように頷いた。



「そうなるな。俺よりもシンタロウの方が新しいネットワークの対策としては適任というわけだな。」

 コウヤはリコウをチラリと見た。



「選べるぞリコウ。触れられるのがシンタロウかコウヤか…」

 マックスは愉快そうにリコウを見た。



「意味が分かりません。」

 リコウは首振った。



「あの、お二人に聞いて欲しいことがあります。」

 イジーは深刻そうな顔をしてコウヤとマックスを見ていた。



「あの、俺聞いていてもいいんですか?」

 リコウは自分の場違いさを感じて腰掛から立ち上がった。



「いいですよ。だって、どの道あなたは普通の兵士とは違い、シンタロウの手持ちの戦力として使われるはずです。なら、聞いていただいた方がいいと思います。」

 イジーはウィンクラー少佐を下の名前で呼ぶようだ。コウヤやマックスとは違った関係が何となくにじみ出ている気がした。





「ドールプログラムが絡む以上、心配事の種は共有した方がいい。できる限りだけどな。」

 マックスもリコウが聞くことに異論が無いようだ。



「シンタロウは…ドールを避けています。理由はわかりませんが、頑なに乗るのを避けています。」

 イジーはコウヤとマックスを交互に見た。



「しばらく乗っていないから適合率はわからないって言っていたし、シンタロウは肉弾戦タイプだからな。…ってわけでもないだろうけど。」

 コウヤは尋ねるようにマックスを見た。



「お前もプログラムの勉強始めたから色々わかるはずだが、適合率高い低い云々を除いても、あいつほどドールパイロットに適したやつはいない。現時点ならそう断言できる。」

 マックスも不審に思っているようだ。



「俺が知っているのは、あいつが適合率60パー越えだったよな。」

 マックスは確認するようにコウヤに訊いた。



「ああ。だけど、あの戦いを経たらもっと上がっててもおかしくない。」

 コウヤは頷いていた。



「え?っちょっと待ってください!!」

 リコウは飛び上がった。



「どうした?ヤクシジ?」

 コウヤはリコウが急に立ち上がったことを、不思議そうに見ていた。





「60って…とんでもないじゃないですか?何平然としているんですか?」

 リコウは何とも思っていないような二人を見て驚いていた。



 適合率は二桁ですごいと言われるほどだ。訓練しても上がらない者は上がらない。

 それを何でもないように60というのだ。



「ウィンクラー少佐は肉弾戦も強くて適合率も高いんですか?」

 リコウはならとんでもない化け物だと納得した。



「ロッド中佐は100越えだったし、ここにいるコウヤは適合率お化けだ。」

 マックスは顎でコウヤを指して言った。



「お化けって…まあ、おそらく俺が宇宙で一番適合率は高いのは確実だ。ヤクシジには言っていなかったもんな。」

 コウヤは何でもないことのように言った。



「待ってください。じゃあ、もしかしてフィーネの戦士ってみんな適合率が高いんじゃ…」

 言ってみてリコウは気付いた。

 他の戦士が公開されない理由。

 一人一人がものすごい戦力なのだ。

 なら、公開したのならよからぬことを考える者達に狙われかねない。



「…俺、戦士が公開されない理由が影響力だけじゃないってことがわかりました。」

 リコウは腰掛に再び座った。



「じゃあ、適合率の話からシンタロウのことに戻るけど、他にイジーはシンタロウの何か変化気付かない?」

 コウヤは気を遣うようにイジーを見た。



「何でも話してくれるようには言っているんですよね。実際に悩みとか駆け引きの愚痴とかは言ってくれています。けど、彼自身も分かっていないようなんですよ。何でドールを避けているのかを…」

 イジーは何を思い出すように言っていた。



 リコウは少しイジーの言葉に引っかかった。



 戦友にしては距離が近い気がする。

 だが、三年前のことを知らないから深くは考えなくていいか。

 と勝手に考え込んでいた。



「本人がわかっていないんじゃなくて、わかっていても分からないでいたいとかじゃないのか?意地を張っていることとか、認めたくないこと。」

 マックスは自分も経験があるそうで、イジーに探るような目を向けた。



「なるほど。…それと関係することで、もう一つ聞いていただきたいこともあります。」

 イジーは他にも聞いて欲しいことがあるようでマックスとコウヤを見た。



「何だ?」

 マックスはしっかりと聞く姿勢を見せた。



 正直、本人に会うまで、彼がここまで他人のことに真面目に意見するのは考えられなかった。

 天才と研究者、そして変人と偏屈という噂があったため、とてつもない気難しい人物だと思っていた。



「彼、最近夜ひどいんです。」

 イジーの発言にコウヤとマックスの顔から表情が消えた。





「乳繰り合い事情を俺らに言うのか?」

 マックスは無表情のままイジーを見ていた。



 イジーは何かに気付いたようにはっとし、顔を真っ赤にした。



「ち…違います!!そうじゃなくて、最近すごく魘されているんですよ。」

 イジーは慌てて立ち上がり、訂正するように言った。



 ここでリコウはイジーとウィンクラー少佐の仲がわかった。

 そりゃあ、リコウに興味も無いだろうな。

 敵うはずもない強い軍人を思い浮かべて始まってもいない勝負の勝敗を想像していた。



「そういうことか。紛らわしい。」

 マックスは「なあ」と横のコウヤを見て言った。



「他にも突っ込みたいところあるけど、そうだな。何か聞いているのか?」

 コウヤは冷やかすようにイジーを見たが、直ぐ真面目な顔になった。



「最後はいつも同じ人の名前を呼ぶから分かるわ。…グスタフって。」

 イジーはその名前の人物を知っているようで、そして、それはマックスも知っているのか、マックスを見た。



「…トロッタか。」

 マックスはイジー以上に険しい顔をしていた。



 だが、その名前はリコウも知っていた。



「グスタフ・トロッタって、ゼウス共和国の研究員ですよね。俺も知っていますよ。」

 リコウはその名前の人物について思い浮かべた。



 グスタフ・トロッタ

 最初はスポーツ医学を専門としていたが、戦争状態から直ぐに軍医に転身。

 人体の運動機能について詳しく、ドールプログラムについては軍に入ってから学んでいる。

 数年で研究員にまで上り詰め、今目の前にいるマウンダー・マーズと共にゼウス共和国のドール研究の一線にいた。

 そして、現在行方不明だ。



「俺はゼウス共和国の教育を受けていたから、マックスやそのトロッタ博士については聞いています。誇るべき研究者だって。でも、そんな人とウィンクラー少佐の関係は?」

 リコウはゼウス共和国の研究員とウィンクラー少佐の接点がわからなかった。



 だが、研究者ならマックスのツテや、フィーネの戦士関連で通じているかもしれない。



「しかし…シンタロウがトロッタの名前を呼ぶのなら、問題は根深いはずだ。」

 マックスはイジーを見た。



「あの、どういう関係ですか?」

 リコウはマックスとコウヤを交互に見た。



「いや、これはかなりの機密事項だ。イジーもとんでもないことをぶっこむな。」

 マックスは感心したようにイジーを見た。



「私は、このこととドールを避けることを繋がると思いますが、研究者とその卵に訊けば確実かと思いました。」

 イジーはマックスとコウヤを見た。



「それはわからない。昔、プログラム自体が意識して記憶を操作したり刺激したりすることがあったが…適合率が上がって何かが変わったのかもしれないが、認めたくないことなら素直に話すか…」

 マックスは首を傾げていた。



「え?そんなことが?」

 リコウはマックスの言ったプログラムの過去に驚いた。

 人間に干渉できるプログラムとは知っているが、そんな洗脳みたいなことをプログラムがするとは中々考えられなかった。



 いや、洗脳は出来るのを知っていたが、プログラム自体が意識するということだ。



「俺は、さっきからとんでもない機密を聞き続けているんじゃないですか?」

 リコウはコウヤとマックスを見た。



「これはプログラムに関することだ。お前は知るべきものだからな。」

 マックスはリコウを見た。



 ドールプログラム自体が意志を持っているとしたら、自分にかけられた声の正体について、リコウはふと思いついた。



 否定的な言葉は、もしや、自分よりも鍵に相応しい人物がいるような口ぶり、いや、そうなのだろう。



「先輩、マックス。俺やウィンクラー少佐の聞いた声がプログラム自体の声…という仮説はあり得ますか?」

 リコウの言葉にマックスは驚いた顔をした。



「そうだろう。むしろ、それしかない。」

 マックスとコウヤは当然のことのように頷いた。



 なら、リコウにかけられた声はどういう意図があったのか。

 開発者であるカワカミ博士がリコウを鍵に設定した。

 アズマが鍵になったことへの対抗であったと彼の口調から読み取れる。



 なら、アズマは誰が鍵にしたのか。そして、自分以上に鍵に相応しい人物は誰なのか。



 鍵に相応しい人物というものなら目の前にいるコウヤはまさにその人物だ。

 おそらくフィーネの戦士がその最たるものだろう。





「え?待ってください!!」

 リコウは蘇った言葉と目の前にいる人物を並べて考えた。



「どうした?」

 マックスとコウヤは何やら二人で推理を進めていたようだ。



「…あの、テロリストがドールプログラムに利用されている可能性ってありますか?あの、戦士に対する崇拝や信仰心みたいなものを…戦士を集めるために利用しているって」

 リコウの言葉にコウヤは頷いた。



「ありうる。ただ、プログラムが戦士を集める理由がわからない。正直言って、プログラムサイドからすると戦士たちは脅威のような存在だ。なら、手っ取り早く殺そうとしてしまえばいい。」

 コウヤは自分の命に関わることをサラッと言った。



「鍵ですよ!!」

 リコウは自分にかけられた否定的な言葉をコウヤとマックスに言った。



 それを聞いた二人は納得した様子だが、首を傾げた。

「お前の仮説は正しいだろう。だが、何故鍵が必要なんだ?…背後に何があって、どんな思惑があるのか…」

 マックスは頼るようにコウヤを見た。



「どうも、人の思惑が絡むと俺は考えられない。簡単な理論の方が納得しやすい。」

 マックスは困ったように笑い、リコウを見た。



「少なくとも、今回のテロリストの背後にはカワカミ博士はいませんよ。彼もテロリストの背後に何がいるのか知りたがっていました。」

 イジーは三人の顔を見比べた。



「シンタロウには言いましたけど、カワカミ博士から通信が入りました。」

 イジーはリコウを見た。



「あの人は、ネットワーク構築を止めるために鍵を設定したと言っていました。リコウさんの言っていることと一致しています。その鍵の使い方はマックスさんが知っていると仰っていましたが、決まっているようですね。」



「…しかし、ここで俺たちは秘密の話をするしかできないのか?もっと活動できないのか?」

 マックスは頼るようにイジーを見た。



「シンタロウはしばらく空賊対応の仕事に就いていたので、戦艦任務に不慣れだと言われてしまいます。肉弾戦みたいなのでしたから。」

 イジーは苦笑いをしながらウィンクラー少佐が荒れたドームでの空賊をどのように銃火器を用いて制圧したかを話した。



「俺はこれから軍の本部とかに引きずられるのですか?」

 リコウはここのメンツと放され自分だけが想像もつかない、自分の妄想上の作戦本部と共に前線に送られるのではと不安になった。





「バカ言うな。お前を介してネットワークに入れるのは今のところコウヤぐらいだろ。シンタロウも可能性があることは確かだが、コウヤもシンタロウも立場上本部が前線に積極的に出そうとはしない。」

 マックスはコウヤを見て断言した。



「やっぱりフィーネの戦士だからか。」

 リコウはわかっていることを言い、安心したが、それは自分が安全だという保障ではない気がした。



「お前のことはシンタロウが隠すだろうしな。」

 マックスは安心させるようにリコウに笑いかけた。



「そうだな。」

 リコウは気が付いたら、何となく気に食わない先輩と、自分よりも明らかに力が弱そうで頼りないと思っていた研究者に頼り切っていた。

 でもこれは仕方ないと結論づけた。







 イジーは会話が終わった様子を見て、立ち上がった。

「お茶でも淹れますよ。」

 慣れた様子で部屋の設備を利用し始めた。



 イジーがお茶を淹れている最中、リコウはマックスの前に立った。



「マックス。本当に色々ありがとう。お前が気を遣ってくれるから俺は兄さんのことを少佐に責められることもなかったし…お前があの時兄さんとの間に入ってくれなかったら、俺は止めたいと意思表示が出来なくて、兄さんと一緒に行っていたかもしれない。」

 そして、兄によって占領されたネットワークを取り戻せず、犠牲は増えた。

 そんな最悪の事態を想像したら、背筋が寒くなった。



「いいって。お前は兄にキチンと向き合うべきだ。」

 マックスはリコウを眩しそうに見た。



 マックスの横でコウヤは顔を伏せていた。



「そうだ。フィーネの戦士のことで聞けることはありますか?…その、関わることになるなら知りたいなって」

 リコウはコウヤとマックスを見て、少しねだるように首を傾げた。



「…戦闘要員はコウヤ、シンタロウ含めてみんな化け物だな。」



「適合率が高いって言っていたよな。…亡くなったロッド中佐はどんな人だった?」

 リコウはコウヤとマックスの反応を交互に見た。



「…どんなって、強い奴だ。」

 マックスは少し視線を泳がせて言った。



「…絶対に聖人君子ではない。良くも悪くも純粋だった。」

 コウヤはリコウの目を見て言った。



「先輩はロッド中佐の事を毒だって例えましたよね。強い力は毒だって、俺がウィンクラー少佐に感じたように、先輩もロッド中佐の力を感じたことはあるんですね。」

 リコウはコウヤが強い力を毒と例えたことで、彼がロッド中佐の力を実感したと推測した。



「戦友だからな…」

 コウヤも視線を泳がせた。





 マックスとコウヤ、二人ともロッド中佐の深い話題は触れたくないような気がした。

 だが、アズマを魅了した最強の男のことがリコウは気になった。



「マックスは他に何か知らないのか?兄さんがあそこまで崇拝しているんだ。俺はその人を知ってみたい。他の人と違ってロッド中佐は死んだから、知っている人に訊くしかわからないんだ。」

 リコウはマックスの目を見て訊いた。



「レスリー・ディ・ロッドはどんな人物だったんだ?」

 リコウの問いにマックスは目を見開いて、そして、耐え切れないような泣き出しそうな顔をした。





「リコウさん!」

 イジーが部屋に響くほどの大声でリコウを呼んだ。

 どちらかと言うと、リコウの問いかけを止めるような形だった。



「二人より私の方が知っています。私はあの人の補佐でした。」

 イジーはそう言うと、入れたばかりのお茶を真ん中のローテーブルに置いた。



 マックスは何も言わずに席を立って、行く当てがあるのかわからないが、部屋から出て行った。



「…そういえば、敵国だったな。」

 リコウはマックスが元々ゼウス共和国の人間であることを思い出して、少し申し訳ない気持ちになった。





「今はマックスにロッド中佐の話題は振らないでくれ。」

 コウヤはリコウを見て、頼むというよりかは説教するような口調で言った。



「…そうですね。無神経でした。」

 リコウは反省した。



「マックスは、だいぶ無理をしている。宇宙から逃亡して地球に一人でやってきて、そして周りで沢山人が死んだ。それと同時にテロリストが攫ったフィーネの戦士は、マックスにとって家族のような存在の人だ。」

 コウヤはそう言うと、イジーが入れたお茶に取った。



 コウヤの言葉でリコウははっとした。

 マックスは同郷ということもあって、リコウに気を遣ってくれる。

 元のマックスの人格を知らないリコウは彼が相当な無理をしているのはわからなかった。

 だが、彼の辿った道はリコウにも想像がつくもの、いや、つかないほど苦しいものだったに違いない。



 そんな彼を頼り切り、どれだけ精神が摩耗されたかも考えず質問を続けた自分にリコウは嫌悪を覚えた。



「俺、マックスのこと考えていなかった。」

 リコウは反省するように俯いた。



 その様子を見たコウヤは頷いた。

 そして手に持っていたお茶を持ち上げイジーに向けた。



「ありがとうイジー」

 そう言ってお茶に口をつけて直ぐに離した。どうやら猫舌のようだ。







 マックスが出て行ったからすぐにウィンクラー少佐が入ってきた。



「?マーズ博士は?」

 入れ違いになったようで、ウィンクラー少佐は部屋の奥に視線を向けた。



「少し出て行った。これからどうするんだ?シンタロウ。」

 コウヤは飲めるような温度になったのか、入れてもらったお茶をやっと飲み始めた。



「ああ。単独行動に移る。だが、拾った生徒たちをどこかに降ろさないといけない。」

 ウィンクラー少佐はさっきまでマックスが座っていたコウヤの隣に腰かけた。



「生徒を下ろすにしても、もう決まっているんだろ?」

 コウヤは向かう場所がわかるようだった。



「ああ。だけど寄り道をするから、そこで全員下ろす。」

 ウィンクラー少佐はリコウを見た。



「もちろん。お前は下ろさないが、文句はあるか?」



「いえ、無いです。」

 リコウは即答した。

 当然だ。下ろしてもらえるはずがないことは分かっているし、自分も望んでアズマを止める道を選んだ。



「あの、どこに行くんですか?」

 リコウは、コウヤやイジーは目的地が分かっている様子だが、自分はわからないことでひどく疎外感を覚えた。



「協力者の元に向かう。その前に軍でやっても文句を言われない行動をする。その時に生徒は下ろす。」

 そういうとウィンクラー少佐は立ち上がった。



「シンタロウ。はい。」

 イジーが素早く彼に一枚の大きな紙を渡した。それは地図だった。



 簡単にドームの配置を示したもので、海と陸とドームの区別しかつかないようなものだった。だが、目的地の距離感を掴むのにはちょうどいいものだ。



「向かうのは、第16ドームだ。リオとカカを拾う。その時に生徒を下ろす。」

 ウィンクラー少佐は迷うことなく地図上の第16ドームを指差した。



 そこから遠回りをするように海の方に指を持って行った。

「この戦艦は水陸空宙すいりくくうちゅう使える。暫く海を進んで、…それからゼウス共和国に向かう。」

 彼は現在のゼウス共和国のドームを指した。



「言った通り、一番今回の件で信用できる国は、ゼウス共和国だ。」

 ウィンクラー少佐はリコウの目を見て断言した。







 汚染された地球のだだっ広い荒野を進む小型の飛行物体があった。

 たまに地面に降りながら、人間的な動きでいうと周りを気にして隠れながら目的地はわからないが進んでいた。



 小型の飛行物体の中はパイロット席とその隣の助手席、後ろに対面するように三人掛けの二列のシートがあった。合計8人が乗れるようだ。



 現在はパイロット席と助手席にだけしか人がいない。



 パイロット席に座っているハクトは眉を顰めていた。

「カカとリオが心配だ。あの二人は俺らとは違った方面で有名だからテロリストも手を出しにくいとは思うが、それによって周りを巻き込む恐れもある。」

 ハクトは横に座るディアに言った。



「あの二人は作戦後人間不信というべきか、国を信用しなくなった。やけくそになって今の仕事を始めたらしい。…うまくいっているのは驚いた。」

 ディアは飛行物体に取り付けられたコンパスのようなモニターを操作し始めた。



 いや、コンパスが操作をされているように勝手に動き始めた。



「二人を拾って、ゼウス共和国に行く。できればシンタロウや、コウ達にも連絡を取りたい。」

 ハクトは心配そうにどこか遠くを見た。



「もうすぐネイトラルの電波領域を抜ける。早くテレビ以外の情報収集をしなくてはな。」

 ディアはコンパスをみて、示されている現在地を睨んだ。



「お義父さんが制限していたからな。」

 ハクトはコンパスを見て頷いた。



 暫くすると、飛行物体内に何かの放送が響き始めた。



「ラジオの天気でも聞くのか?」

 ディアは表情を緩めていた。どうやら先ほど彼女の言っていたネイトラルの電波領域から抜けたようだ。



「天気は大事だ、多少無茶な飛行になるかもしれないんだ。」

 ハクトはディアに笑いかけた。



「今更、平気だ。」

 ディアは当然のように言った。



 ラジオの音声に途中で不吉な音が響いた。



 ビービービー

 人の危機感を煽るような、心臓に悪い音だ。

 緊急ニュースのようだ。しかもかなりの警戒が必要な速報だろう。



「何だ?地震か竜巻か?」

 ハクトは窓の外を見た。



「周りは特に大丈夫そうだが…」

 ディアもハクトと同様に外を見た。





『緊急速報。第3ドームに「英雄の復活を望む会」の襲撃が二日前にあったとの連絡が入りました。死者行方不明者は1万を超える模様です。地連軍はネイトラルとの共同で救助作業に臨む予定ですが、ドームの機能を乗っ取られ、苦戦しております。』



 その速報を聞いて、ハクトとディアは顔を蒼白にした。


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