あやとり

近江由

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~糸から外れて~無力な鍵

乱端

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 臨戦態勢に入ってからもう三時間近く経っている。



 精神的に避難してきた学生は限界が近かった。



「どうなっているんだよ。」

「親に会いたい。」

「家族に会わせてもらえないのか。」



 ジュリオは一緒に避難してきた学生を見てひとりだけ冷静になっていた。



 いや、大丈夫なのは彼だけではなかった。



 ルリという大学近くの喫茶店に努めている少女も冷静だった。



「リコウ君大丈夫かな・・・?」

 上の空というべきか、何か夢見がちな表情で彼女は呟いていた。



「リコウ・ヤクシジよりも戦いに行っている少佐が心配だ。」

 彼女の様子と呟いた言葉にイラついてジュリオはルリに吐き捨てるように言った。



「心配するのが悪いの?」

 ルリは目を見開いてジュリオを非難するように見た。



「いや、俺の見た限りリコウ・ヤクシジは無事だし心配いらない。それを知っているからムキになっただけだ。悪かった。」

 ジュリオは諍いを起こしそうなことを言ったとすぐに思い、謝った。



「そうなんだ。よかった。」

 ルリはジュリオが謝ったことは気にしていないようだ。それよりもリコウのことを気にしているようだ。



 他の学生が何とも言えない視線を彼女に向けていた。



「…」

 ジュリオは空気に耐えかねて部屋から出て行こうとした。



「おい。どこに行くんだ?」

 他の学生に咎められた。



「…うんこだ。」

 これは絶対に止められない理由だとジュリオは思っている。







 

 格納庫で待機しているリコウとマックスとユイは外に何やら轟音を発する機体があるのに気付いた。



「コウだ」

 ユイは表情を明るくして言った。

 きっと彼女もコウヤの親友の一人なんだとリコウは思った。



「格納庫が開くので、扉の内側に避難してください。」

 整備士たちに言われリコウとマックスとユイは扉の内側に入った。



「ユイさんは、クロスとかと同じく先輩の親友なんですね。」

 リコウは何となくユイに訊いた。



「昔はね。親友だったよ。」

 ユイは満面の笑みで答えた。



「あ・・・はい。」

 リコウは昔はという言葉が引っかかり、それ以上聞けなくなった。

 《こんな笑顔で険悪と勘弁してくれ・・・》

 聞いたことを後悔しているリコウの横でマックスが呆れた顔をしているのに彼は気付いていなかった。







 格納庫にはドールなどの兵器が出撃できる出入口がある。



 そこに二体のドールが入ってきた。



 扉の内側からも格納庫の様子を見られるように強化ガラスの部分がある。



 二体のドールは素人目から見ても相当うまい。



 あそこまで乗れるのなら大学での実験ではコウヤが神経接続をすればよかったのにとリコウは純粋に思った。

 だが、隠している様子からそうもいかないのだろうとは思う。



 教授はコウヤの適合率や様子を見て目を輝かせていた。

 研究者なら彼の正体にはすぐに気づくのかもしれない。



 ああ、教授は死んだんだった。



 未だ実感できない悲劇が思い起こされる。



 悲劇を経験した者が戦いに身を投じる理由が分かった気がする。



 現実が遠く感じるからだ。



 深く考えそうなところで頭を振り、思考を切り替えようとした。





 二体のドールが停止して、出入り口が完全に閉まった。



 外気への対策として、このような出入口が開かれたら1~2分ほど待つのが普通だ。



「…リコウ君だっけ?」

 格納庫の様子を見ていたユイは何かに気付いたようにリコウを見た。



「はい。」



「イジーちゃん連れてきて。」

 彼女は何を思ったのかわからないが、深刻そうな顔をしていた。



「えっと。はい。」

 だが、断る理由も何も無いためリコウはイジーを呼びに行った。



 どこにいるかはわかっていないが。







 

 人々が行き交うほどほどに都会だが、それなりに軍備もあり、住むにしても快適なこのドームは第6ドームだ。

 かつて軍の訓練施設が無残に破壊されたという過去があるが、今は国籍関係なく平和なドームの代表格だ。



 そんなドームで起こってしまった。



 軍施設の慰霊碑が建てられた公園のところで起きた。



 ドゴーン



 ドーム全体に響く轟音。

 爆発音。破壊音。



 かつてこの訓練施設が破壊された時のように、市民はパニックになった。



 その時との決定的な違いは



 あの時は訓練施設しか狙われなかったため、市民の被害は最小限で犠牲は無かった。



 だが、今回はターゲットは市民だ。



 轟音が響き、パニックになった市民に拍車をかけるようにどこからともなく武装した者たちが出てきた。



「世界に報復を。正当な裁きを!!」

 彼等は銃を乱射し、逃げ惑う市民に無差別に発砲した。











 とにかく操舵室に向かおうと廊下を歩いていると意外に人物に遭遇した。



「リコウ・ヤクシジ?」

 リコウと同じように廊下を歩いているジュリオがいた。



「お前…なんで?」

 リコウは彼に待機命令が出ているのを知っているため、どうして出歩いているのかわからなかった。



「お前こそ。操舵室につれて行かれたって…」



「いや、今はイジーさんを探しているんだ。」



「少佐は?」



「え?」

 リコウはジュリオに急に何を聞かれたのかわからず訊き返した。



「ウィンクラー少佐は?戻ってきたのか?」

 リコウが聞き返したことにイラついたのか、声を多少あらげてジュリオは言った。



「あ。これから戻ってきたけど、今外気循環のために時間を置いている最中。それよりもイジーさん…」

 訊こうとしたらジュリオはリコウを押しのけて格納庫に走って行った。



「あ、おい!!」

 止めようとしたが、それよりもイジーを探す方が大事だ。



 と思った。



「何やっているんですか!?」

 ジュリオを見送って操舵室に向かおうと前を向いたリコウの前にイジーが立っていた。



「あ、今呼ぼうとしていたんです。」

 リコウがイジーに言うとイジーは眉を寄せた。



「今走っているジュリオ・ドレイクさんに少佐の話はしないでください。」

 今更のことだが、イジーに睨まれて注意をされた。



「…はい。」

 少し寂しい気持ちになった。



 イジーはジュリオの後を追うように格納庫に向かった。

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