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【滴り注げ、双翼の愛】

オマケSS【妬いて妬かれて、双翼の愛】 中

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 途中、両親の眷属──この屋敷の使用人が手伝いを名乗り出たが、左翼はそれら全てを拒否した。

 正直に言えば、左翼は調理はおろか、こうして食器を運んだ経験があまりない。覚束ない足取りを使用人たちがハラハラと見守る中、それでも左翼は助けを求めなかった。

 誰かに頼っては、意味がない。右翼の心を自分に取り戻すために、この努力は必要なもの。左翼はゆっくりと歩きつつ、数人の使用人が数歩後ろをついてくる中、自室の前にまでやって来た。
 ……のだが、問題がひとつ。トレイを持っているせいで、両手が塞がっているのだ。


「すみません。どなたか、この扉を開けてくださいますか?」


 まるで『待っていました』と言わんばかりに、一人の男が扉を開ける。左翼はペコリと頭を下げてから、自室に戻った。


「右翼お兄様、ホットミルクを用意しました。一緒に飲みませんか?」


 ソファのそばに立つも、右翼は顔を上げない。


「ホットミルク? 左翼が作ってくれたの?」


 だが、意識はこちらに幾分か向けられている。嬉しくなった左翼は、トレイをテーブルに置いてから右翼用のカップに手を伸ばした。


「はい、私が作りました。他の誰が作るよりも右翼お兄様の好みを熟知した完璧なホットミルクを──」


 だが、次の瞬間。


「──あつっ」


 浮かれてしまった左翼は、カップが熱いという当然すぎることを失念してしまった。

 短い悲鳴を上げた後、反射行動として手を引っ込める。左翼は熱を感じた自らの指を急いで冷まそうとして──。


「──左翼!」


 ……冷まそうと、したのだが。


「大丈夫? 怪我はない?」
「えっ? あっ、う、右翼お兄様……っ?」


 それよりも早く、右翼に手を握られてしまった。

 目にも留まらない速さに驚いたのは、当然ながら。左翼は青い瞳を丸くして、右翼の後ろ──ソファを見た。


「右翼お兄様、あの。買ったばかりの書物が……」


 先ほどまで手にしていた新刊が、乱雑に放り投げられているのだ。ソファの上でバサッと広げられた本はきっと、ページに折り目がついていることだろう。

 確かに本は憎かったが、右翼が好んで選んだものならば捨てるつもりも傷つけるつもりもなかった。左翼は自分の不注意のせいで兄の娯楽を奪ってしまったかと、自己嫌悪を始める。

 ……しかし、それは秒と持たなかった。


「──左翼の体以上に大切なものなんてないよ」


 右翼が、熱を感じた左翼の指を口に含んだのだから。

 吸血鬼の体液には、治癒能力がある。つまりこれは、医療行為。……そうとは知っていながら、左翼は顔を赤くした。


「右翼お兄様、いけませんっ。このくらいの傷、私自身の唾液で──」
「駄目だよ。だって、このホットミルクはぼくのために用意してくれたんでしょう? なら、この傷だってぼくのものだ」
「右翼、お兄様……っ」


 指先に、舌が這う。左翼は指以上に頬を熱くしながら、ただただ縮こまって俯くしかできなかった。


「どうかな、左翼。もう、痛くない?」
「は、はい……っ。ありがとう、ございます……」
「お礼なんて言わないでよ。ぼくが左翼から目を離したのが悪いんだから」


 唾液で濡れた指を、右翼がハンカチで優しく拭ってくれる。


「ごめんね、左翼。こんなぼくだけど、左翼は一緒にホットミルクを飲んでくれるかな?」


 さっきまでの放置が、嘘みたいだ。

 深紅の瞳に映る自分の顔が赤いのは、瞳の色のせいにしたいのに。真っ直ぐ見つめられ続けるせいで、左翼は悪態のひとつも言えずにコクリと頷くしかできなかった。




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