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【花言葉には頼らない】

1話【ヘリコニアの花言葉は『風変わりな人』】

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 青年の長い指が、一人の女性の手を握った。


「キミはとても美しいね。……ほら、この指も。まるで水を与えられたばかりの花のようじゃないか」


 レジを扱いながら、一人の女子高生がそんな光景を眺める。


「やだ、店長さんったら……っ。いつもお上手なんだから」
「まさか、僕がお世辞を言っているとでも?」
「もう……っ」


 女性──客の手を握ったまま、青年は熱い眼差しを向けていた。
 それに対し、女性は頬を赤らめている。


「僕の本心だよ。キミはいつも美しい。……この指だけじゃない。その瞳も、その唇も……全てが美しいんだ。だから、目を逸らさないで?」


 容姿端麗なその青年は、まるで台本でも用意していたかのような流暢さで次々と口説き文句を垂れ流す。

 女性客が頬を真っ赤にした頃、女子高生は──。


「──んんっ、んっ!」
「「──っ!」」


 わざとらしい咳払いをした。

 二人だけの世界に入りかけていた青年が、女性客の手を放す。
 そして、恐る恐ると言いたげに、青年は女子高生を振り返った。


「い、いやぁ。アルバイトをしているキミとしては、これも【接客のひとつ】として覚えておくといいかもよ?」
「そうですか。でしたら、もっと胸を張ってくださって構いませんよ、店長」


 『店長』と呼ばれた青年──田塚たつか見世みせは、たらりと冷や汗をかく。

 そんな田塚を見ている女子高生──鳥羽井とばい或兎あるとの視線は、とても冷ややかだ。それはもう、店長とアルバイトのやり取りとは思えないほどに。

 数秒前まで口説かれていた女性は、店に並ぶ【商品】を手に取る。


「す、すみません。このお花をくださる?」
「ありがとうございます」


 ──花。……そう。ここは、花屋だ。

 鳥羽井は客から花を受け取り、包む。その隙を狙ってか、田塚がまた女性客に近寄った。


「今日もお目が高いね。うちのアルバイトにも見習わせたいよ」
「まぁ、ふふっ。……ところで、このお店は二人だけで?」


 女性客の言葉に、田塚は頷く。


「そうなんだよ。母が経営していた花屋なんだけど、不幸があってね……。今は僕と、アルバイトに入ってくれた彼女だけ」
「それは……ごめんなさい。悲しい出来事を思い出させてしまって」
「そんな! 滅相もないっ!」


 田塚は素早く、女性の手を取った。


「貴女にそんな悲しい顔をさせたかったワケじゃないんだ。……不甲斐ない僕を、許してほしい……っ」
「店長さん……っ」

「──んんっ!」
「「──っ!」」


 またもや二人の世界を作りかけたので、鳥羽井は咳払いをする。そこからいち早く退散したいのか、女性客は手早く会計を済ませてから、田塚と鳥羽井に頭を下げた。

 女性客が去った後、田塚が突然語り始める。


「いやぁ。女性を見るとついつい話しかけちゃうんだよねぇ。これは僕が花屋の店長だからかな? 女の子はみぃ~んな、綺麗なお花に見え──」

「どうして。わざわざ。私にそんな、言い訳がましいことを?」
「キミの目が怖いから、かなぁ?」


 青ざめた顔をしながら、田塚は肩を落とす。
 田塚見世は、元来の女好きだ。客であろうと、店の前をたまたま通りがかった通行人だろうと、すぐに口説く。

 ──私のことは、口説かないくせに。鳥羽井は内心で、小さく零す。

 女好きで、ナンパ三昧の店長。そんな田塚の下で働いている鳥羽井或兎は、女子高生。

 ──絶賛、田塚に片想い中だ。 




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