8 / 49
3話【入院生活】
3
しおりを挟む
それでは、リハビリ生活一ヶ月後の今日に話を戻そう。
前略……と言いながら経緯は全て説明したが、とにもかくにも一ヶ月前、俺――山瓶子麒麟はリビングデッドになった。
一ヶ月のリハビリで、完璧に人間の頃と同じ生活ができるかどうかと問われると……自信はない。
だが、歩行できる。階段の上り下りも可能だし、物も持てるようになった。事務仕事だから、タイピングと電話さえできれば問題ないだろう。それ以上のスキルはちょっとずつ磨いていこう。
「馬男木先生……一ヶ月間、お世話になりました」
事故から一ヶ月経ち、季節は冬に変わった。
病室から出る前、リビングデッドとして今後の通院スケジュールを確認した俺は、説明を終えた馬男木先生へ頭を下げた。
頭を上げると、相変わらず落ち着きのない馬男木先生が視界に入る。
「と言っても、週に一回は通院するのでこれからもお世話になりますが」
「そ、そう、ですね……えっと、ボクが勤め続けている限りは……ずっと、お世話、します……っ」
「それは心強いですし、馬男木先生なら安心です」
「っ、あ、は、はい……っ」
どうしたのだろう。粉雪が水滴に変わっている。保冷剤を用意し忘れたとか……だろうか。
リビングデッドになったことで腱鞘炎は見事完治したのに、病院とは一生お付き合いしないといけないが……生きているだけいいだろう。
そこで不意に、保険加入を勧めてきた友人が思い出された。
死の予告……叫ぶことはバンシーの習性だから、殺意があったわけじゃないと知っている。決して、鷭を責めるつもりはない。
「また一週間後に、よろしくお願いします」
物思いに耽りかけた思考を一旦現実に戻し、久し振りの我が家に戻ろうと歩き出した。
――その時だ。
「山瓶子麒麟、さん」
突然、馬男木先生が俺を呼んだのは。
「貴方は、他種族に嫌悪感を持たない……素敵な人、です。だけど今の貴方は……他種族、です」
「……はい」
「中身が全く変わっていなくても、世間――人間から向けられる視線は……変わってしまうと思います。仲のいい友人や、同僚や先輩や後輩……その全てが、例外ではありません」
「理解しています」
両手でカルテを抱くようにして握る馬男木先生が、真っ直ぐに俺を見上げる。
その赤い瞳は……いつものように、揺れていない。
「だけど、忘れないでください。……ボクは、貴方の味方です。誰が何と言っても、ボクは貴方の理解者でありたい」
俺より小さな歩幅でゆっくりと近付いて、正面に立つ。
普段は全く合わない視線が珍しく……もしくは初めて重なり、何故だか胸の辺りがソワソワと落ち着かない。
「何でも相談してください。一人で抱え込まないで……一緒に、頑張りましょう」
それはきっと、馬男木先生にとったら何回目か分からない常套句だろう。何故なら彼は、医者だから。そんなことくらい、俺にも分かってる。
――なのに、俺は……。
「はい。ありがとうございます、馬男木先生」
――止まった筈の鼓動が跳ね上がりそうなほど、嬉しかった。
前略……と言いながら経緯は全て説明したが、とにもかくにも一ヶ月前、俺――山瓶子麒麟はリビングデッドになった。
一ヶ月のリハビリで、完璧に人間の頃と同じ生活ができるかどうかと問われると……自信はない。
だが、歩行できる。階段の上り下りも可能だし、物も持てるようになった。事務仕事だから、タイピングと電話さえできれば問題ないだろう。それ以上のスキルはちょっとずつ磨いていこう。
「馬男木先生……一ヶ月間、お世話になりました」
事故から一ヶ月経ち、季節は冬に変わった。
病室から出る前、リビングデッドとして今後の通院スケジュールを確認した俺は、説明を終えた馬男木先生へ頭を下げた。
頭を上げると、相変わらず落ち着きのない馬男木先生が視界に入る。
「と言っても、週に一回は通院するのでこれからもお世話になりますが」
「そ、そう、ですね……えっと、ボクが勤め続けている限りは……ずっと、お世話、します……っ」
「それは心強いですし、馬男木先生なら安心です」
「っ、あ、は、はい……っ」
どうしたのだろう。粉雪が水滴に変わっている。保冷剤を用意し忘れたとか……だろうか。
リビングデッドになったことで腱鞘炎は見事完治したのに、病院とは一生お付き合いしないといけないが……生きているだけいいだろう。
そこで不意に、保険加入を勧めてきた友人が思い出された。
死の予告……叫ぶことはバンシーの習性だから、殺意があったわけじゃないと知っている。決して、鷭を責めるつもりはない。
「また一週間後に、よろしくお願いします」
物思いに耽りかけた思考を一旦現実に戻し、久し振りの我が家に戻ろうと歩き出した。
――その時だ。
「山瓶子麒麟、さん」
突然、馬男木先生が俺を呼んだのは。
「貴方は、他種族に嫌悪感を持たない……素敵な人、です。だけど今の貴方は……他種族、です」
「……はい」
「中身が全く変わっていなくても、世間――人間から向けられる視線は……変わってしまうと思います。仲のいい友人や、同僚や先輩や後輩……その全てが、例外ではありません」
「理解しています」
両手でカルテを抱くようにして握る馬男木先生が、真っ直ぐに俺を見上げる。
その赤い瞳は……いつものように、揺れていない。
「だけど、忘れないでください。……ボクは、貴方の味方です。誰が何と言っても、ボクは貴方の理解者でありたい」
俺より小さな歩幅でゆっくりと近付いて、正面に立つ。
普段は全く合わない視線が珍しく……もしくは初めて重なり、何故だか胸の辺りがソワソワと落ち着かない。
「何でも相談してください。一人で抱え込まないで……一緒に、頑張りましょう」
それはきっと、馬男木先生にとったら何回目か分からない常套句だろう。何故なら彼は、医者だから。そんなことくらい、俺にも分かってる。
――なのに、俺は……。
「はい。ありがとうございます、馬男木先生」
――止まった筈の鼓動が跳ね上がりそうなほど、嬉しかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる