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【愛玩故に殺し愛】
【狂愛主人と愛玩従者】
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【狂愛主人と愛玩従者】
ジッと。
三純が、屋敷内の掃除をする呉羽を眺めていた。
「いかがいたしましたか」
三純に見つめられること自体は、なにも不思議ではない。わざわざ作業の手を止めてまで、呉羽が声を掛けるようなことでもなかった。
しかし、呉羽は三純の【些細な表情の違い】が分かる。今も向けられているその視線は、端的に言うと『オレにかまえ』という意味。
ならば、呉羽は三純に声を掛ける。……だが呉羽は、手を止めない。
三純は椅子に座ったまま、掃除を続ける呉羽を見つめる。
「アンタって、なんでそんなにモップが似合うんだろうな」
「それは、私が持つ【容姿が】という意味合いでしょうか。それとも私が纏う【雰囲気】や【佇まい】……あるいは、坊ちゃんに用意していただいた【服装とのバランスが】という意味合いでしょうか。それらにより、私の返答は変わりますが」
「褒められてるんだから、先ずは素直に受け取ったら?」
「失礼いたしました。……お褒めいただき、ありがとうございます」
それでも、呉羽は掃除を続けた。
床はピカピカに磨かれ、塵や汚れひとつ見当たらない。だからこそ別の場所を掃除しようと、呉羽は移動を開始する。
「呉羽」
が、三純に呼び止められた。
「はい。いかがなさいましたか」
「腕を上げろ」
「承知いたしました」
真意を確認するよりも先に、呉羽はモップを持ったまま腕を上げる。
「そのまま、オレの方を振り返って」
「承知いたしました」
意義も確認せず、呉羽は三純が座る方向へ振り返った。
スカートの裾がふわりと揺れ、呉羽が持つどこか高貴な気品に【愛らしさ】が付加される。
三純は呉羽のことをジッと見つめたまま、ニッと口角を上げた。
「次はどこを掃除するの」
──いったい、今の命令にはどんな意味合いが? ……などということを、呉羽はわざわざ訊ねない。
「厨房へ向かおうかと」
「じゃあ、掃除する前に紅茶を用意して」
「承知いたしました」
モップを壁に立て掛け、呉羽は厨房へ向かおうとする。
──だが。
「坊ちゃん。ご用命は明確に提示していただけませんか」
背後に気配を感じ、呉羽はすぐに後ろを振り返る。
──三純が、壁に立て掛けたモップの柄を、呉羽の背に突き立てたのだ。
「今、アンタ死んでたよ?」
「殺意を感じませんでしたので」
「『気付かなかった』の間違いじゃなくて?」
モップの柄を掴み、呉羽は先端をそっと下ろす。
「坊ちゃんの心の声、お読みいたしましょうか」
「アンタがそんな面白いことを提案するとはね。……いいよ、やってみて」
楽し気に向けられる赤い瞳に、呉羽は片目だけで応じた。
「──『モップにばかりかまけていないで、オレの手でも握ったらどうだ』でしょう」
そう言い、呉羽はモップを素早く奪い取る。
「滅私奉公の精神で仕えておりますので、そういったご冗談は掃除が終わった後にしていただきたいです」
「【滅私奉公】ね。なるほど、なるほど」
三純はそれだけ呟き、先ほどまで座っていた椅子へ戻った。
「じゃあ、仕えてもらおうか。……紅茶が飲みたいから、付き合え」
「掃除を先に済ませたいのですが」
「今日のアンタ、機嫌悪いな。……じゃあ、なんで怒ってるか心を読んでやるよ。【モップを持った自分だけが褒められたから】だな?」
「そのようなことはございません。……坊ちゃんは先ほどとは違い、上機嫌そうですね」
「当然だろ」
脚を組み、三純は口角を上げる。
「──オレの手を握らない理由に【滅私奉公】が提示されたんだ。気分も良くなるさ」
一瞬だけ、呉羽は眉を寄せそうになった。
だが、すぐに。
「……紅茶の用意をしてまいります」
呉羽は自分の失言に気付き、三純の傍から離れた。
【狂愛主人と愛玩従者】 了
ジッと。
三純が、屋敷内の掃除をする呉羽を眺めていた。
「いかがいたしましたか」
三純に見つめられること自体は、なにも不思議ではない。わざわざ作業の手を止めてまで、呉羽が声を掛けるようなことでもなかった。
しかし、呉羽は三純の【些細な表情の違い】が分かる。今も向けられているその視線は、端的に言うと『オレにかまえ』という意味。
ならば、呉羽は三純に声を掛ける。……だが呉羽は、手を止めない。
三純は椅子に座ったまま、掃除を続ける呉羽を見つめる。
「アンタって、なんでそんなにモップが似合うんだろうな」
「それは、私が持つ【容姿が】という意味合いでしょうか。それとも私が纏う【雰囲気】や【佇まい】……あるいは、坊ちゃんに用意していただいた【服装とのバランスが】という意味合いでしょうか。それらにより、私の返答は変わりますが」
「褒められてるんだから、先ずは素直に受け取ったら?」
「失礼いたしました。……お褒めいただき、ありがとうございます」
それでも、呉羽は掃除を続けた。
床はピカピカに磨かれ、塵や汚れひとつ見当たらない。だからこそ別の場所を掃除しようと、呉羽は移動を開始する。
「呉羽」
が、三純に呼び止められた。
「はい。いかがなさいましたか」
「腕を上げろ」
「承知いたしました」
真意を確認するよりも先に、呉羽はモップを持ったまま腕を上げる。
「そのまま、オレの方を振り返って」
「承知いたしました」
意義も確認せず、呉羽は三純が座る方向へ振り返った。
スカートの裾がふわりと揺れ、呉羽が持つどこか高貴な気品に【愛らしさ】が付加される。
三純は呉羽のことをジッと見つめたまま、ニッと口角を上げた。
「次はどこを掃除するの」
──いったい、今の命令にはどんな意味合いが? ……などということを、呉羽はわざわざ訊ねない。
「厨房へ向かおうかと」
「じゃあ、掃除する前に紅茶を用意して」
「承知いたしました」
モップを壁に立て掛け、呉羽は厨房へ向かおうとする。
──だが。
「坊ちゃん。ご用命は明確に提示していただけませんか」
背後に気配を感じ、呉羽はすぐに後ろを振り返る。
──三純が、壁に立て掛けたモップの柄を、呉羽の背に突き立てたのだ。
「今、アンタ死んでたよ?」
「殺意を感じませんでしたので」
「『気付かなかった』の間違いじゃなくて?」
モップの柄を掴み、呉羽は先端をそっと下ろす。
「坊ちゃんの心の声、お読みいたしましょうか」
「アンタがそんな面白いことを提案するとはね。……いいよ、やってみて」
楽し気に向けられる赤い瞳に、呉羽は片目だけで応じた。
「──『モップにばかりかまけていないで、オレの手でも握ったらどうだ』でしょう」
そう言い、呉羽はモップを素早く奪い取る。
「滅私奉公の精神で仕えておりますので、そういったご冗談は掃除が終わった後にしていただきたいです」
「【滅私奉公】ね。なるほど、なるほど」
三純はそれだけ呟き、先ほどまで座っていた椅子へ戻った。
「じゃあ、仕えてもらおうか。……紅茶が飲みたいから、付き合え」
「掃除を先に済ませたいのですが」
「今日のアンタ、機嫌悪いな。……じゃあ、なんで怒ってるか心を読んでやるよ。【モップを持った自分だけが褒められたから】だな?」
「そのようなことはございません。……坊ちゃんは先ほどとは違い、上機嫌そうですね」
「当然だろ」
脚を組み、三純は口角を上げる。
「──オレの手を握らない理由に【滅私奉公】が提示されたんだ。気分も良くなるさ」
一瞬だけ、呉羽は眉を寄せそうになった。
だが、すぐに。
「……紅茶の用意をしてまいります」
呉羽は自分の失言に気付き、三純の傍から離れた。
【狂愛主人と愛玩従者】 了
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