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1章【そんなに強引にしないで】
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しおりを挟むそれは、一ヶ月前のこと。
十八になったばかりのカナタ・カガミは、両親の知り合いが経営する喫茶店で働くことが決まった。
経営主は、シグレ・ムラサメという初老の男性。
『ここが、カナタが今日から暮らす家じゃよ』
そう言う男性──喫茶店のマスターは、とても快活な性格だった。
住み込みで働くことになったカナタは当然、不安を抱いていたのだが……そんなカナタ相手に、マスターは車で移動中、終始笑顔で話しかけてくれたのだ。
話したこともないマスター相手に、カナタも初めは緊張していた。
けれど、その緊張は僅か数分で溶けたのだ。
『住み込みの店員は募集なんかしとらんのじゃがな? カガミ──お主の父親が、引っ込み思案なお主を案じておったのじゃよ』
『だから、オレを接客業の喫茶店に?』
『その通りじゃ。まぁ、ワシとしても渡りに船だったのじゃがな』
車から荷物を下ろし、マスターは苦笑する。
『つい先月のことなのじゃが、アルバイトとして雇っていた奴らが一気に三人も辞めてしまってのう』
『えっ? 三人も? それも、一気にですか?』
衝撃的な事実に、カナタは不安気な瞳をマスターへ向けた。当然だろう。
すると、すぐに鋭い睨みが返ってくる。
『なんじゃ、その猜疑心にまみれた目はッ! ワシはブラック経営者などではないわいッ! 仕事内容にも問題はないわッ! クリーン且つホワイトすぎる経営で、ご近所さんからは微笑ましそうに見られとるくらいなのじゃぞッ!』
『ひっ! ご、ごめんなさいっ!』
自分は、危ないところに来てしまったのか。
思わずそう勘繰ってしまった自分を反省し、カナタは鞄を背負う。
『えっと、それじゃあ……その三人は、どうして辞めちゃったんですか?』
至極当然の問いを、カナタは口にする。
そうすると、マスターが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
『…………不出来な弟子のせい。ということにしてくれんかのう?』
異様に長い間を作りつつ、マスターが重々しく答える。
カナタは小首を傾げて、神妙な表情を浮かべているマスターを見た。
『マスターさんのお弟子さん、ですか? その人は同じ喫茶店の店員さん、ということでしょうか?』
『そうじゃよ。……まぁ、そのうちどんな奴か分かるわい』
動きを止めたカナタを振り返り、マスターはビシッと指を指す。
『ホレ、カナタ! サッサと荷物を持たんかい! それともなんじゃ? 老人相手に荷物を運ばせる気か?』
『あっ、ご、ごめんなさいっ!』
車から降ろした箱を抱えて、カナタはヨロヨロと歩き始める。
カナタが案内されたのは、マスターが経営する喫茶店の、その隣。喫茶店に併設されている平屋だ。
そこには現在、マスターともう一人の青年が住んでいるらしい。
これは、移動中の車内でマスターが言っていたので、間違いないだろう。
逆を言えば、そうした事前情報を持っていただけに、カナタは【弟子】という言葉に警戒してしまったのだ。
そして、扉を開けると同時に。
──カナタはその警戒を、さらに強めることとなるのであった。
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