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1章【そんなに強引にしないで】

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 飄々とした態度で言い切ったツカサは、そのまま歩き始めてしまう。


『カナちゃんの部屋はこっち。俺が先を歩いて案内するから、ついて来て?』


 言葉の意味を理解する間も無く、カナタは慌ててツカサの背を追った。

 ……それから、すぐ。
 ツカサは奥へ進んだ場所にある部屋の前で、ピタリと立ち止まる。


『ここが、カナちゃんの部屋。……で、俺の部屋がそっちね? マスターの部屋は俺たちとは反対方向にあるから、荷解きが終わったら案内するよ』
『ありがとう、ございます』


 第一印象は、どこか底冷えするような恐ろしさだった。
 けれど、それは気にしすぎだったのかもしれない。
 そう、カナタは自分の考えを否定し始める。

 扉を開けた部屋の中には、必要最低限の物だけが並んでいた。


『ベッドとかはあるけど、足りない物は随時増やしていこっか。……カナちゃんの実家って、隣町だっけ?』
『あっ、えっと、は、はいっ。だから、あのっ、あんまりこの辺り、詳しくなくて……っ』


 委縮するカナタを見て、ツカサはニコリと笑う。


『じゃあ、今度予定が合う日に俺がカナちゃんを案内するよ』
『でも、マスターさんが近いうちに案内をしてくれるって──』


 車の中で、似たような雑談をマスターともした。
 カナタが口を挟むと、即座にツカサが言葉を差し込む。


『そうなんだ。だけど、そんなこと【俺たち】には関係ないよ。だから、案内をマスターに頼んじゃダメ』


 部屋の中を歩くツカサはカナタを振り返らずに、言葉を付け足す。


『カナちゃんは、俺とデートするんだから』
『……デー、ト……っ?』


 妙に、引っ掛かるところはある。

 例えば……どうして、自分のことを『カナちゃん』と呼ぶのか。
 どうして、ツカサがやたらとフレンドリーなのかも。
 カナタには、原因や理由が分からない。

 けれど、それが【ツカサ・ホムラ】という男なのかもしれない、と。
 そう思うと、カナタはなにも言えなかった。

 箱を置いたツカサは、笑みを浮かべてカナタを振り返る。
 そして。


『じゃあ、片付けを始めちゃおっか。荷解き、手伝うよ』


 あろうことか、ツカサは……。

 ──カナタが最も【触れられたくない箱】に、手を掛けようとした。


『──だめッ!』


 ツカサという男について、疑問は尽きない。
 しかしカナタは、ツカサの言動に疑問を抱いている場合ではなくなったのだ。

 カナタはすぐさま、カナタらしくないほどの大声を上げる。
 そのまま、カナタは慌ててツカサの腕を掴んだ。

 突然腕を掴まれたことにより、箱に貼られたガムテープが『ビリッ』という音を立てて、斜めに剥がれる。

 すぐにツカサは、腕を掴むカナタのことを見上げた。


『……ビックリ、した。カナちゃんって、そんなに大きな声が出せるんだね』


 ツカサはどこか驚いたような表情を浮かべてはいるが、箱に手を添えたままだ。

 ──そのままでは、困る。

 ──非常に、困るのだ。

 カナタはツカサの手を箱から遠ざけるために、声を荒げた。


『片付けは自分でします! 自分でできます! だから! ……だから、箱から手を、放してください……っ』


 大きかったカナタの声が、後半にかけて少しずつ小さくなっていく。


『お願いですから……箱の中は、見ないでください……っ』


 ──さすがに、オーバーな反応をしてしまった。

 そう、カナタは肝を冷やしたのだ。
 



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