上 下
50 / 290
4章【そんなに自分を壊そうとしないで】

4

しおりを挟む



 制服に着替えたカナタは、ダイニングを覗き込む。
 そこには、食器を洗っているツカサがいたからだ。


「お手伝いしてもいいですか?」


 ひょこっと、カナタはツカサの隣に姿を現す。
 ツカサは食器に目を向けたまま、口角を上げた。


「ありがとう。でももうすぐ終わるし、万が一にもケガをさせたくないから、手伝いは要らないよ。気持ちだけ受け取るね」
「そう言ってツカサさん、いつもオレになにもさせてくれないじゃないですか……」
「じゃあ、作業が終わるまで隣にいて?」


 なにかを手伝おうと手を出すが、さりげなくかわされてしまう。
 カナタは渋々、ツカサの隣に立ち続けた。


「ダイニングにこうして何度も二人きりになれるだなんて、今日は朝からラッキーだなぁ。少しの間だけ、カナちゃんを独り占めできる」
「いつも夜は、オレの部屋に二人きりですよ?」
「二人きりの時間は大いに越したことがないでしょう?」


 慣れた手つきで食器を洗い終えたツカサは、タオルで手を拭く。


「こう見えて、俺は結構空気が読める男なんだよ? マスターが嫁と二人きりになりたそうなときとかは、自分の部屋にそっと戻ったりしてあげてたんだからさ。だから、マスターにも空気は読んでもらいたいよねぇ」


 何気なく返された、ツカサの言葉。
 その言葉に、カナタは目を丸くした。


「えっ? マスターさんって、独身じゃないんですか?」


 この平屋に住んでいるのは、マスターとツカサとカナタだけ。
 それ以外の住人を、カナタは見たことがなかった。

 手を拭き終えたツカサは、あっけらかんとした様子で答える。


「うん、違うよ。バリバリの既婚者。ちなみに、マスターの嫁はちゃんとご存命」
「そうなんですかっ? オレ、知らなくて……」
「カナちゃんが会ったことなくてもムリないよ~」


 ケラケラと笑った後、ツカサは笑顔のまま続けた。


「アイツ──じゃ、なくて。マスターの嫁は今、一人で海外旅行中なんだ。マスターもマスターだけど、嫁の方も随分と自由な人なんだよねぇ」


 口振りからして、どうやらツカサはマスターの奥さんを知っている様子だ。
 好奇心が働いたカナタはツカサを見上げて、新たな質問を口にする。


「ツカサさんは、マスターさんの奥さんに会ったことがあるんですか?」
「まぁね」


 特段隠すこともなく、ツカサはサラリと答えた。

 そのまま、ツカサはまたしてもカナタが知らなかったことを口にする。


「──だって俺が喫茶店で働いているのって、マスターの嫁に声を掛けられたからだもん」


 すぐに、カナタは目を丸くした。
 あまりにも平然と告げられた答えに、一瞬だけ理解が追い付かない。

 驚いているカナタの様子に気付いたツカサは、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「そういえば、カナちゃんには話してなかったっけ? 俺が喫茶店で働いている理由と、ここに住んでいる理由」


 ツカサの問いに、カナタは頷く。
 すると、ツカサの手がカナタの首元へと伸ばされる。


「じゃあ、教えてあげる。別に、隠しておきたい話でもないしねぇ」


 そう言いながら、ツカサはカナタのネクタイを結び直した。
 



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄から始める真実の愛の見つけ方

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:803

キツネの嫁入り

66
BL / 連載中 24h.ポイント:6,359pt お気に入り:278

人災派遣のフレイムアップ

経済・企業 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:26

【R18】日課

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:29

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:139

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,172pt お気に入り:33

処理中です...