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9章【そんなに依存させないで】
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しおりを挟むカナタはメニュー表を開き、一ヶ所を指で指す。
「オムライスをお願いします」
「ウン、了解っ」
注文を受けたツカサは、襟元を正しながら頷いた。
相変わらず、ツカサはニコニコと楽しそうに笑っている。
あまりにも上機嫌そうなその笑みを見ていると、カナタはなにもかもが『まぁ、いいか』と思えてきてしまう。
するとツカサは、カナタの頬に向かってそっと手を伸ばした。
細い指が一度だけ……すりっ、と、カナタの頬を撫でる。
「ここから動かずに、いい子で待っていてね」
ツカサがそれだけ言うと、普段通りの冷えた指はすぐに、カナタの頬から離れた。
厨房へと向かうツカサの背を、カナタはなにも言えずにただただ見送る。
ツカサがホールから消えた後、女性客はヒソヒソと楽しそうに談笑を始めた。
落ち着かない空気に、カナタはハッと我に返る。
少しでも気持ちを整えようと、カナタは辺りを見回して……。
「お水、どうぞ?」
誰よりも輝かしい笑みを浮かべたリンと、目が合った。
お冷を持って来たリンが、本当はなにを言いたいのか。不思議と、カナタは手に取るように分かってしまった。
だからこそ、カナタは縮こまりながらグラスを受け取る。
「ありがとう、リン君」
「いいえ~っ。……それにしても、少し前まではホムラさんのことで凄く悩んでいたのに、今ではこんなに見せつけてくれるようになるとはね~っ? ねぇ、今ってどんな気持ち? 嬉しい? それとも、恥ずかしいって気持ちの方が大きい?」
「お願いだからやめて、リン君……っ」
リンからの露骨な揶揄いに、カナタは両耳を塞ぐことでしかやり過ごせなかった。
* * *
それから、少しして。
「カナちゃん、お待たせっ」
厨房から、オムライスを持ったツカサがやって来た。
やはり、カナタを応対してくれるのはホール担当のリンではなく、ツカサらしい。
テーブルの上に、作り立てのオムライスが置かれる。
「ありがとうございます、ツカサさん」
「どういたしましてっ」
よく見ると、ツカサが持っているトレイの上にはケチャップがあった。
持って来たケチャップを手にし、ツカサは微笑む。
「ケチャップで文字でも書こうか? 絵でもいいよ?」
予想外のようで、予想通りの提案。
カナタは苦笑しつつ、ツカサを見上げた。
「なんだかそれじゃあ、別の喫茶店になっちゃいますよ」
「『別の喫茶店』? ……あぁ、なるほど? モチロン、カナちゃんがしてほしいなら【愛込め】もするよ?」
「えっ、と。……それはまた、別の機会に」
女性客の【期待】という名の視線が、痛い。
カナタはツカサからの甘やかしを、さりげなく回避した。
それでもツカサは笑顔のまま、ケチャップを持っている。
「それじゃあ、絵でも描こうかな。オーダーはある? やったことはないけど、たぶん俺、なんでも描けるよ?」
「そう、ですね。……じゃあ、猫ちゃん、とか?」
「あははっ、カナちゃんらしいなぁ。了解~っ」
カナタからの注文を快諾したツカサは、すぐにケチャップでオムライスに絵を描き始めた。
自信があっただけに、ツカサの手には迷いがない。
オムライスの上には、あっという間に猫が描かれた。
それからツカサは、皿の空いているスペースに猫の足跡を模したイラストも描く。
ツカサの器用な手つきに、カナタは瞳を輝かせた。
「わっ、わわっ! 凄く可愛いです……っ!」
「ホント?」
「はいっ。可愛くて、食べるのがもったいないくらいですっ」
キラキラと瞳を輝かせるカナタを見て、ツカサは満足そうに微笑む。
接客時にも見せない、カナタの浮かれ具合。その様子を見て、女性客が胸を高鳴らせる。
すると、ツカサが冷ややかな目で女性客を振り返った。
その威圧的で冷酷な眼差しに、女性客はピシッと背筋を正す。
……当然、オムライスに描かれた猫のイラストに夢中なカナタは、そんなやり取りに気付かなかった。
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