そんなに可愛がらないで

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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9章【そんなに依存させないで】

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 ツカサは普段、厨房に籠っている。

 時々姿を現すとすれば、それは客足が少ないとき。
 客寄せパンダを自ら買って出て、窓際でピアノ演奏をするくらいだ。

 つまり、こうしてホールに出てきてツカサが接客をするのは、レア中のレア。
 ……当の本人は、接客をしているつもりではないようだが。

 なんにせよ、ツカサがこうして表に出てくることが希少なことには変わりない。

 ゆえに、ツカサは単体で目立っている。
 そこにたまたま、カナタという付属品が付いているだけ。


「なにかの間違いでキスとかしてくれないかな~っ」


 一部、付属品があることで滾っている店員はいるが。

 リンの呟きには一切気付く余裕もなく、カナタは顔を赤らめたまま、メニュー表を眺める。


「お昼ご飯を食べに来たんだよね? なににする?」


 この店内で、誰よりも目立っているのはツカサだ。

 しかしツカサ自身は、誰よりも平然としている。
 紫色の瞳は、真っ直ぐとカナタのことを見下ろしていた。

 カナタは背後に立ち続けるツカサを、振り返ることもできない。
 暗記してはいるものの、まるで気を紛らわせるかのようにメニュー表を眺めていた。

 そんなカナタの様子すらも、ツカサはじっくりと眺めているわけだが。


「カナちゃんが食べたいものなら、メニュー表に載ってないものでもいいよ?」
「それは、良くないと思います……」
「いいのいいのっ。俺が作るんだからさっ」


 それでは、普段のまかないとなにも変わらない。

 ツカサの態度はどうであれ、今のカナタは【客】だ。
 その空気に乗じようと決意したカナタは、ようやくツカサを見上げる。


「ツカサさんのオススメって、なんですか?」
「オススメは【俺】一択だけど、そう答えたら俺を選んでくれる?」


 どうしたってツカサは、カナタを【お客様扱い】する気がないらしい。

 カナタが見上げた先にあったのは、嬉しそうに口角を上げている美丈夫の顔だ。


「えっと、食べ物でお願いしたいです」
「齧ってもいいよ?」


 そう言うと、不意に。


「──どうぞ?」


 ──ツカサは調理服の襟を下げ、首筋を露わにした。

 カナタの心臓は、バクバクと痛いほどに高鳴り始める。

 しかも、動揺しているのはアプローチをされたカナタだけではない。
 周りの女性客すらも、大きな歓声を上げていた。


「うわ~っ、大胆だな~っ」


 ついにリンは手で顔を隠すという小細工すらをもやめて、心底楽しそうに声を弾ませている。

 ──これでは、コンセプトカフェどころではない。

 ──完全に、いかがわしい店だ。

 どうやらカナタが感じていた以上に、ツカサはカナタと離れていた時間が耐え難かったらしい。
 普段も相当ではあるが、今はその【普段】以上に直接的なアピール方法だ。

 堪らず、カナタはツカサから顔を背けた。


「あれ? 俺じゃ不服?」
「そういうわけじゃ、ないですけど。ご飯が食べたい、ので」
「不服ではないんだ? なんだか照れくさいなぁ」


 悪意が全くないからといって、善意とは限らない。

 揶揄われているのか、はたまた本気なのか……。
 ツカサの真意が分からないまま、カナタはもう一度メニュー表に目を向けた。




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