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1章【先ずは先輩を消してくれ】
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しおりを挟む先輩は接客だけじゃなく事務仕事もできるということが、あの一週間で証明された。
商品係の仕事をし続けて、三年間。そして四年目に突入した俺を、先輩は一年もしないで追い越しそうな勢いだ。そのくらい、仕事の手際がいい。
……そんなの、面白くなくて当然じゃないか。
「先輩は凄いですよね。俺なんかよりも断然手際が良くて。尊敬しますよ」
思わず俺はまた、先輩に対して嫌味っぽく返事をしてしまうくらいに。
しかし先輩にとって、俺の嫌味はどこ吹く風だ。
「子日君に褒めてもらえるなんて、感激だなぁ。どうせなら仕事じゃないことも手際がいいってところを、君にねっとりと教え込みたいのだけれど?」
──どこがとは言わないが、局地的に爆発してくれ。
この一ヶ月で知ったが、先輩は驚くほどにポジティブだ。頭はいいはずなのだが、もしかしたら自分に対しては馬鹿なのかもしれない。
……仕方ないから、もう無視をしよう。結局、話していてもストレスが募る一方だ。
気持ちを切り替えた俺は、全神経を資料に注ぐ。
すると、さっきまでふざけていた先輩が困ったような声を出した。
「しまった……っ。パソコンのパスワードを書いていた紙、竹虎君はどこにしまっていたっけ?」
「はぁっ?」
「えっと、ここだったかな……?」
幸三はデスクマットの下に、パスワードをメモした紙をしまっていたはず。なのに先輩は、引き出しの中を探している。
俺は一旦、資料をデスクの上に置く。そのまま椅子のキャスターを滑らせて、先輩のデスクに近寄った。
「大事な物なんですから、保管場所を忘れないでくださいよ。幸三はここ──」
「──引っ掛かったねっ」
「──うわあぁッ!」
デスクマットをめくろうとした手を、先輩が即座に握ってくる。
咄嗟に飛び出た俺の悲鳴に、近くを歩いていた職員が笑った。
「あははっ! あんまり朝から見せ付けないでくださいよね~っ?」
「羨ましいなぁ~っ」
「いくらでも代わってあげますから、その反応やめてくださいっ!」
それでも、誰も俺を助けようとしない。ただただ『微笑ましい』と言いたげに笑いながら、職員たちは自分のデスクに戻っていく。
その間に、先輩は俺の手を両手で握る。
「ひっ!」
反射的に、短い悲鳴が出てきてしまった。
すると、先輩は悲し気に眉尻を下げる。
「さすがの僕も、そこまで嫌そうな顔をされると落ち込むよ?」
「じゃあ離してくださいッ!」
「しまった。筋肉が、動かない」
「ゴリゴリに力を入れているじゃないですかッ!」
引いても引いても、俺の手は先輩の両手から抜けられない。
いったいどうして、こんなことになってしまったのだろう。これはまさか、俺があまりにも素っ気なく対応するから、その腹いせ? ……にしてはタチが悪すぎるだろうがッ!
──と言うかそもそも、先輩がこんなことを繰り返すから俺の態度が硬化しているのだとなぜ気付かないッ!
いっそ、蹴り飛ばしてしまおうか。そんな最終奥義を頭の中でチラつかせながらも、俺は先輩から全力で手を引き続けた。
そんな攻防を続けていると、先輩が満面の笑みを浮かべて、俺を見る。
「ねぇ、子日君。今日は僕や、他に商品係へ異動してきた人たちの歓迎会をしてくれるんだって。知っていた?」
『歓迎会』だって? ……そう言えば、事務所の人たちがそんなことを言っていた気もする。
四月のうちに済ませれば良かったのだが、異動があったばかりで余裕がなく、送別会もできていない現状。しかし今なら、異動してきた人たちはやっと仕事の手順を覚えて落ち着いてきた頃合い。
そしてなによりも、今日は金曜日。つまるところ、絶好の飲み会日和というわけだ。
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