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4章【先ずはハッキリさせてくれ】
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しおりを挟む兎田主任は先輩を叩いた手を払うように手首を動かすと、俺の持っている資料を奪い取る。
目の前で行われた一連の動作が理解できず、資料を奪い取った兎田主任をただただ見上げた。
「サッサと消えろ」
それだけ言うと、兎田主任は俺と先輩を顎でしゃくる。それは『どこかに行け』というサインだ。
「書き直してくれるみたいだよ、子日君。良かったね」
兎田主任の様子を見てなにをどうそう解釈できたのか。そう言った先輩は頬を赤く腫らしながら、ふにゃりと笑った。
そんな姿を見てしまったら、いくら先輩が俺にとって苦手な相手だとしても、胸が痛くなるのは当然じゃないか。
「なんで俺なんかを庇うんですか!」
至極当然の質問をすると、先輩はまたあの顔で笑う。
「──あははっ。それはね、僕が君の先輩だからだよ」
その言葉は、覚えがある。……なぜならその言葉は、俺が先輩に伝えた言葉だからだ。
その言葉を聞いたからなのか、こんな局面だというのに笑顔を向けられたからなのか。俺の体は、ピタリと硬直する。
──なんで俺は、こんなにも緊張しているのだろう?
先輩の笑顔を見たら、イライラしたり、ムカムカしたり、ゾワゾワしたり……。色々と体に不調は出ていたが、今回はいつもと違う感覚。
さっき誰かに押された感覚がしたのは、先輩が兎田主任に蹴られたことで、俺にぶつかったからだ。
先輩の横っ腹を押さえていない方の手が、俺の肩にあると気付く。先輩の手が、俺に触れているのだ。……先輩の、手……っ?
いや、いやいやいや……っ! どうした俺っ、どうしたッ!
体が動かないのは硬直しているからだけど、どうして硬直しているのだろう。いや、硬直しているのも疑問だけど、なんで、なんで……っ!
──なんでこんなにも、心が落ち着かないのだろう。
先輩が不思議そうに、俺を見ている。そんな先輩から、なぜだか視線が逸らせない。
「子日君? もしかして僕がぶつかったの、痛かった?」
「うわッ!」
横っ腹を押さえていた手が俺に伸びてきて、俺は思わず短い悲鳴を上げる。それと同時に、半歩後ろに下がってしまう。
俺が半歩引いたことによって、肩にあった先輩の手が離れる。慌てふためく俺を見て、先輩は不思議そうだ。
だけど、これ以上先輩と接触するなんて、無理に決まっているじゃないか。
俺は頭の中がこんがらがっているのを自覚しながらも、なんとか言葉を探す。
先輩からやっとの思いで視線を逸らすと、相変わらず不機嫌そうな兎田主任が立っていたと思い出す。手には、さっきまで俺が持っていた資料。
……そう、だ。そうだよな。兎田主任にも、なにかを言わなくちゃいけない。
俺は慌てて、先輩と兎田主任の間に割って入った。
「あっ、あのっ! 資料の修正、よろしくお願いしますっ!」
「あァッ?」
「失礼しますっ!」
勢いよく頭を下げると同時に、俺は先輩も兎田主任も振り返らずに、三階の通路を走り出す。
……いや、どうして俺は走り出しているのだろうか。それもこれも全部、先輩が悪いに違いない。
先輩の笑顔が、眩しいから。
先輩がいきなり、俺に手を伸ばしてきたからだ。
ザワザワと心が騒がしいが、それは走っているからに違いない。
──嗚呼、神様仏様閻魔様女神様。
──どうかこのモヤモヤとした心模様を、ハッキリさせてください。
4章【先ずはハッキリさせてくれ】 了
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