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6章【先ずは感情を奪い取ってくれ】
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しおりを挟む顔を寄せてきた先輩の顔をガッと掴み、放り投げたい。
だがそんなことは当然できないので、俺は短く怒鳴る。
「馬鹿なんですかッ! ここはッ! 事務所ッ! 職場ッ!」
「職場じゃなかったらいいの? ふふっ、子日君は照れ屋さんだねっ」
「話が通じねぇなぁッ! このドヘンタイがッ!」
俺はセクハラをしかけてくる先輩相手に、いつもと変わらない攻防戦を繰り広げた。それを見ている周りの職員の表情が『平和だなぁ』って言っているのが、実に腹立たしい。
──この腐れイケメンめ。俺が相手じゃなかったら今頃、アンタは独房入りだぞ。感謝しろよ。
……ちなみにだが、念のための補足をさせてもらおうか。俺が先輩を守ろうと思ったのは、別に先輩から感謝されたいからではないぞ。
……だが今だけは正直、感謝してもらいたい。そう、切実に思ってしまった。
* * *
先輩の調子も回復し、一週間が経過したある日のこと。
この一週間で俺はまた、新しいことに気付いてしまった。
「牛丸君いる?」
「はい。僕です。……えっと、企画部の方ですか?」
「えぇ、そうよ。さっきの内線で言っていた……これね。言われていた資料の詳細をまとめたフォルダ、持ってきたわよ」
「ありがとうございます」
先輩と会話している女性は、見たことのない人だ。先輩の言葉からして、おそらく先輩とその女性も初対面なのだろう。
女性は先輩に資料を手渡し、先輩は資料を受け取って微笑む。どこからどう見ても事務的でしかない会話を終えると、女性は先輩の元から離れる。
そこで、同じ係の職員が一人、ポツリと呟いた。
「──最近、牛丸さんって口説かなくなりましたよね? 初対面の人」
「──えっ?」
近くにいた商品係の女性職員が、そう先輩にそう声をかける。
そう、そうなのだ。『よくぞ気付いてくれました』と、是非言わせてくれ。
正直俺の気のせいかと思っていたが、他にも同じ考えの人がいるなら確証に変わる。
……そう。つまり、そういうことを俺は言いたかった。
──先輩はあの日以来、初対面の人を口説かなくなったのだ。
「うぅ~ん……。……そうだね、うん」
先輩は立ち上がって、不意に、俺のデスクへ近寄る。
女性職員と話していたのになんで俺に近付いてくるのかと思って、思わず立っている先輩を見上げた。そうすると、先輩は俺の顎に指を添える。
……えっ、なに──。
「──僕には子日君がいるから、ねっ?」
先輩は俺の顎に指を添えたまま、女性職員にそう、返事をした。
──ザワッ!
瞬間、先週に引き続きまたしてもザワつく事務所。
……ちなみに、今は昼休みが終わって午後の仕事が始まったばかりの【休み時間明け】というやつで。つまり、比較的浮ついた時間帯だ。
「ヤッパリ、二人は……っ」
「ヤッ──」
「──てないです!」
先輩は、初対面の人を口説いて好意を寄せてくるか寄せてこないか。そういう【品定め的な自衛行為】をしなくなった。
それは、先輩にとってはトラウマを克服するために一歩前進している。……ということなのだろう。
……なの、だが。
「僕には子日君だけだよ。ねぇ、子日君? そろそろ、出会って三ヶ月。……お互い、溜まってきて辛いんじゃないかな?」
──なんで相変わらず俺だけは口説いてくるんだよッ!
先輩が俺だけを口説いてくるのは、度し難い。理解に苦しむし、たぶん俺には理解できないだろう。説明されたってどうせ、宇宙を背景にポカンとした表情を浮かべるしかできないのは分かり切っている。
周りからすると、先輩は他の人には見向きもしないで、俺の体だけを求めている。いつの間にか一途な男になったのだ、と。……そう、思っているのだろう。
──実際はッ! 全く違うんだけどなッ!
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