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8章【先ずは想いを聴かせてくれ】
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しおりを挟む「なぁ、ブン? 最近、ちゃんと寝てるか~?」
それからまた、三日が経った。
相変わらず眠りは浅いし、頭の中はスッキリしていない。
人を好きになったのは初めてだが、そうすると自動的に人を好きじゃなくなる方法を知らないわけで。この三日間、俺は結局なにも進めていなかった。
きちんとアパートには戻っていたが、頭の中のモヤが晴れないままでは眠れるはずもない。自覚はないが、顔に疲れでも出ているのだろうか。
「いや、たぶん……あんまり?」
「だろうな! 目の下のクマ、ハンパないぞ!」
「クマ? ……俺、クマなんてあるのか?」
「あるぞ! それに、顔色も真っ白だって!」
仕事をしているうちは、全然いい。
だがシャワーを浴びているときや、寝ようとするとき。そういうときは決まっていつも、先輩のことを考えてしまう。
傷付けたくなかったのに、困らせたくなかったのに。俺はカッとなって、その【両方】を先輩にしてしまった。
呆然とした様子で俺を見ていた、先輩の顔。その左手が、しっかりと右手首を掴んでいる光景。それらがどうしたって、頭から離れない。……そんな状況で、寝られるわけがなかった。
俺は今、幸三に誘われて二階にある社員食堂で昼飯を食べている。幸三はなにを思って俺を誘ったのか知らないが、それを訊いてやる余裕が俺にはない。
すると幸三が、箸の先を俺に向けた。
俺が向けられた箸の先をジッと見ていると、幸三は眉を寄せる。
「どうしたんだよ、ブン~。いつものお前なら『俺、先端恐怖症だからそういうのやめてもらえますか』とか『顔色は真っ白じゃなくて真っ青だろこの低能が』とか言うくせに!」
「えっ? ……あぁ、そっか。悪い」
「前者は言うとしても後者のツッコミは普段のブンでもしないだろぉ~っ! 頼むぞ、ブ~ン~っ!」
もしかしてコイツ、俺のことを励まそうとでも思っているのか?
幸三はなにを思っているのか、いつも以上にテンションが高い。俺を思っての行動なのかもしれないが、そのノリに合わせてあげられそうにはなかった。それは素直に、申し訳なく思う。……と、言うか。なんで、別の事務所にいるコイツが俺の体調を心配するのだろうか。
……なんて、今ではなんとなく分かる それがきっと、周りが必要最小限持っている【関心】だ。なんだか幸三が、キラキラピカピカと眩しいものに感じられる。
こんなに綺麗な関心を、俺も持ちたかったな。……なんて。食事中も余計なことを考えてしまい、ヤッパリ気が滅入る。
手は止まるし、口にものを突っ込むのも億劫だ。それならいっそ、体を動かしている方が楽な気もした。
だからできれば、食事をしたくない。そんな考えのせいで、最近はほとんどなにも食べられていない状況ではあったが。
しかし、ずっとこのままなわけでいいはずがない。それくらい、馬鹿な俺でも分かっている。
あの日から、今日に至るまで……。俺はずっと、考えていた。
先輩に対して、今の俺はなんだったらできるのか。
先輩と付き合うことは、もう願っちゃいない。俺は、先輩と一緒にいていい男ではないからだ。
だから俺は、考え続けてきた。
色々な方向から考えて、どうにか案を出そうとして……。それでも、出てくるのはたったひとつ。
──先輩への恋心を、一日でも早く捨てること。
──それこそが、俺ができる先輩への、せめてもの罪滅ぼし。
トラウマを払拭しようと前向きになった先輩相手に、俺はさらにトラウマを根強く植え付けるようなことをしてしまった。そんな俺に『先輩と付き合いたい』なんて思っていい資格……あるはず、ない。
そのためにも最近は、先輩以外のことを考えようと仕事に熱中しているのだが。……周りからしたら、理由も分からず仕事に力を入れている俺が不思議なのだろうか?
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