地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
94 / 466
4章【肉を切らせて骨を断つ】

30

しおりを挟む



 紆余曲折──と言うほどでもないが、なにはともあれ健全なベッドインだ。山吹は桃枝に背を向けたまま、ベッドの上で丸まった。

 電気を消し、静寂が二人を包む。……こうして実際に同じベッドで横になると、ようやく山吹は桃枝の気持ちが分かった気がした。

 率直な感想として、落ち着かない。背後に誰かの気配を感じて寝るなんて、いったいいつ振りだろうか。母親とは抱き合って寝ていたことを考えると、山吹にとっては初めての経験かもしれない。

 セフレと夜を明かしたことはあったが、就寝はしなかった。朝方までセックスをし、朝帰りをしただけで……健全な意味合いで寝たことはないのだ。

 心が落ち着かず、意味もなく脚を動かしてみたり、手を動かしてみたりを繰り返してしまう。当然ながらその音は、桃枝に聞こえていた。


「なぁ、山吹。ひとつ、らしくないことを訊いてもいいか」


 山吹が起きているという確信を持って、声をかけてきたのだから。

 桃枝は今、どこを向いて話しているのだろう。おそらく、天井だろう。背を向けるとは考え難く、かと言って山吹を凝視しているとも思えないからだ。

 しかし、わざわざ確認をするほどではない。背を向けたまま、山吹は口を開く。


「その前置きが既に【らしくない】ですが、いいですよ。なんでも訊いてください」
「どうも。……これから時々、電話をかけてもいいか?」


 本当に、らしくない。想定できるはずもない問いに、山吹は桃枝を振り返りそうになった。


「本来なら今日は、会社でお前に会える日だった。だが俺は体調を崩して、休んだ。お前が看病に来てくれなかったら、俺は今日、お前に会えなかった」
「なんだか壮大な話になってきましたね。続けてください」
「だから、なんだ。時々で、いいから。……休みの日とかに、数分だけ。電話をかけても、いいか?」


 ここまで言われて、山吹はようやく気付く。

 ──桃枝は、寂しかったのかもしれない。山吹に会えないと確定した今朝から、ずっと。……と。

 なんて、分かりにくいのだろう。拙い言葉をかき集めて、それでもまだ分からなくて、仮定の段階までしか持っていけなくて。桃枝の感情に、山吹は確信が持てなかった。

 それでも、桃枝の問いに答えなくてはいけない。山吹は毛布の端をキュッとつまみ、再度、口を開く。


「別にいいですよ。ボク、メッセージのやり取りも電話も苦手ではないので。……あっ、でもスタンプ合戦とかはダルいのでイヤです」
「スタンプ合戦? なんだそれ?」
「ただただメッセージアプリでスタンプを送り合うという不毛極まりないやり取りのことです」
「へぇ?」


 とにもかくにも通話は、山吹的に問題がない。その意思を理解したのか、桃枝は返事をする。


「そのスタンプ合戦ってやつはよく分かんねぇけど、とりあえず電話はいいんだな? 本気でかけるぞ?」
「はい、いいですよ。日付が変わる前後くらいまでなら起きていますので、気が乗れば応じます」
「仮にお前が応じなかったら虚しくなるようなこと言うなよ……」


 と言いながら、桃枝はどこか嬉しそうだ。顔を見なくたって、声のトーンで分かる。
 これだけ分かり易いのに、どうして分かり難いときは本気で分かり難いのか。もったいない男だ。

 会話がひとつ、終わる。またしても寝室はシンと静まり返り、静寂だけが広がっていく。

 桃枝が、寂しがっていたのかもしれない。その可能性を僅かばかりでも考えてしまった山吹は、なぜか胸の奥が締め付けられた。
 桃枝に愛されて、不快だからか。……きっと、違う。


「……課長」
「なんだ」
「寒いです」


 胸が締め付けられて、それなのに背を向けてしまっている、その理由。それは、きっと……。


「──後ろからボクのこと、抱き締めてくれませんか?」


 山吹も、同じだったからだ。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...