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7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】
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しおりを挟むアパートに戻り、シャワーを浴びる。その間も山吹は、気分が悪いままだった。
桃枝の『祝いたい』という気持ちに対し『困る』と言ったのは? それなのに、黒法師を選ばれてへそを曲げているのは、いったい誰なのか。……どちらも、山吹だ。
「課長の、バカ……」
シャワーを終えた山吹は、脱衣所に置いていたバスタオルを引っ掴む。淡々と作業はこなしていくものの、それでも山吹の気分は晴れない。
悔しい。知りたくなかった。山吹は、ため息すら吐けない。
──山吹は、期待をしていたのだ。桃枝から、なによりも優先的に祝われることを。
──いつの間にか当然だと思っていたのだ。桃枝が、誰よりも一番に山吹を愛してくれることを。
いつだって一番に山吹のことを考えてくれて、なによりも優先してくれて、今日に限ってはなにを捨てても誕生日を祝ってくれて……。そんな、浅ましすぎる期待を抱いていたのだ。気付くと同時に山吹は、羞恥心からどうにかなってしまいそうだった。
もしかすると、これは山吹の流儀に沿った愛し方なのか。その気を見せて、期待を裏切り、傷つける。だとすればお見事だ。
まるで、サンタが来ると信じていた子供の頃のようで……。
「サンタは、いい子のところにしか来ないって。そんなこと、ずっと前から知っていたんだよ……っ」
桃枝の気持ちに応えられないくせに、桃枝の天秤が傾く方にはいつも自分を置いてほしいなんて。これでは、自意識過剰で反吐が出てしまうほど自分勝手な、度し難いほどのメンヘラではないか。
……山吹だって、分かっている。桃枝に他意はなく、ただの善意から出た選択だと。友人がホテルに行けなくて困ると言うのであれば、助けてあげるのが人情であり、友情というものだろう。
納得できる理由なんて、いくらでも並べられる。……それなのに。
「なんでボク、こんなにイライラしてるんだよ……ッ!」
それでも腹を立ててしまっている自分が、悔しくて堪らなかった。
約束には、なんの支障もない。桃枝は黒法師を送った後、時間通りに山吹を迎えに来てくれる。それなら、山吹にとって問題なんてないだろう。
約束が破られたわけではないのだから、不満を抱くこと自体が間違いなのだ。順序立てて考えれば、そのくらい山吹にだって分かっている。
それなのに、割り切れないのはなぜなのか。理性ではなく感情が、山吹の思考を穢すからだ。
だから、山吹には【愛】が分からない。こんなにも惑わされ、なにもかもをグチャグチャにされるなんて。こんなものを、どうして周りは欲しがるのか。理解を示す気が失せるほど、不可解だ。
「誕生日なんて、初めから訊かないでよ。知らなかったなら、今日はそれだけで済んだのに……ッ」
どれだけ桃枝に寄り添おうとしても、山吹より先に桃枝が寄り添うのでは意味がない。
山吹から、桃枝に寄り添おうとして。それなのにいつだって一足早く、桃枝から寄り添ってくれた。だから山吹は立ち尽くし、傾くことすらできなくて、どうしていいのかも分からなくなって……。
桃枝は、そういう男だ。不器用だけれど優しくて、冷たく見えても山吹より断然温かい。困っている友人も放っておかず、恋人との約束だって律儀に守る。桃枝は、憎らしいほどいい男だ。
だから、悪いのは山吹だけ。桃枝の時間を独り占めしようとし、桃枝の善行に腹を立てている山吹だけが悪人だ。
「なんで、ボクだけを見てくれないの。なんで、ボク以外の人にも優しくするんだよ……ッ!」
メンヘラ思考の次は、ヤンデレ思考か。自嘲的な笑みひとつ浮かべられないまま、着替えを終えた山吹は蹲った。
そんな山吹を動かしたのは、一本の電話だ。着信音に、山吹は顔を上げる。
音を鳴らすスマホに近寄り、時間を見て。山吹はようやく、今が何時なのかを知る。
うだうだ、ぐだぐだ。山吹が自分勝手に腹を立てている間に、どうやら約束の時間になっていたようだ。
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