地獄への道は善意で舗装されている

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
197 / 466
7章【過ちて改めざる是を過ちと謂う】

20

しおりを挟む



 このままでは、不在着信通知が届いてしまう。そんなギリギリの回数まで、山吹は通話に応じられなかった。


『悪い、山吹。風呂に入ってたか?』


 ようやく通話に応じると、スマホからは桃枝の声が響く。普段通りの声だ。それがまた、山吹にとっては不愉快で堪らない。

 ムカつく。腹立たしい。イライラする。幼稚な感情が、次から次へと山吹の理性を掻き切っていく。


「違います、寝ていました。それなのに着信音で起こされました。とても不愉快です」


 こんな嘘を吐いてしまうほど、山吹の理性は働いていない。仕事を完全に放棄しているのだ。


『そうなのか? その、それは悪かったな。……そんな中で言うのもなんだが、今からメシに行くぞ。迎えに行っていいか?』


 純粋で優しい桃枝は、すんなりと山吹の言葉を信じた。約束があるはずなのに寝るなんて、と。たった一言、責めもしない。

 桃枝が優しければ優しいほど、山吹はより一層惨めになってしまう。スマホを力なく握ったまま、山吹はまたしても嘘を重ねた。


「食欲ないです。寝ます」
『ちょっと待て。お前、いつも寝るのは日付が変わる頃だって言ってただろ』
「今日は早寝するんです。いいから、放っておいてくださいよ」
『はっ? なんだよ? お前、なんで怒って──』

「──そんなに誰かとご飯が食べたいなら、黒法師さんと行けばいいじゃないですか」


 語気を荒げていなくても、桃枝には伝わっているだろう。山吹が、腹を立てていることに。

 だが、約束を破っていない桃枝には『山吹が腹を立てている』と理解できても、理由が分からない。電話先で戸惑っている様子が、その証拠だ。


『……は? なんでそこで、お前以外の奴の名前が出るんだよ』
「さぁ、なぜでしょうね」


 なんて面倒くさい。これではあまりにも、格好悪い。言われなくたって、山吹には自覚があった。

 早く、止めなくては。八つ当たりをやめて、今すぐ気持ちを切り替えるべきだ。そうとは、分かっている。……分かっている、はずなのに。


「仲良しのお友達なんですよね。だったら、ご飯にお誘いしたらいいじゃないですか。また当分、会えなくなるかもしれないですよ」


 心にもない言葉が、つらつらと出てくる。肯定をされたらされたで、さらに拗ねると分かっているくせに。


『仲良し、って……むず痒い言葉を遣うなよ。それに、今日の先約は水蓮じゃなく──』
「──ほら、仲良しじゃないですか。その証拠に、黒法師さんのことは下の名前で呼んでいます。ボクはずっと、苗字なのに」

『下の名前? それはただ、アイツの苗字が長いだけで──』
「──ボクだって、名前より苗字の方が長いです」


 ここまできて、さすがの桃枝にも伝わってしまったらしい。


『なんだよ、それ。……もしかして、ヤキモチか?』


 山吹が腹を立てている理由が、黒法師関連だと。

 しかし、ありえない。これが『愛ではない』と、山吹は知っている。ならば自分が、愛によって発生する【ヤキモチ】という事象を引き起こせるはずがないのだ。


「違います、そんなんじゃないです。……ただ、腹が立って仕方ないんです。ボクを好きだと言って信じさせようとしていたくせに、すぐに他の男に余所見をして。弄ばれているような気がして、不愉快なんです」
『まさか、水蓮を送ったことに腹を立てているって話か? お前も言った通り、俺と水蓮はただの友人だぞ? それのなにが不満なんだ?』

「どうぞ、黒法師さんと仲良くしてください。ボクは寝ます。一応言っておきますけど、着信音で起きたくないのでスマホの電源は切りますから」
『はッ? オイ、山吹──』


 プツ、と。無機質な音が鳴ると同時に、山吹はスマホの電源を宣言通りに切った。
 ただの四角い無機物の塊と成り果てたスマホを額に当てて、山吹は蹲り、呟く。


「──サイアクだ。こんなの、サイテーだよ……ッ」


 今頃、桃枝は黒法師と食事にでも行ってしまったのだろうか。もしかすると今の誘いだって、三人が前提になっていたかもしれない。そんなことばかりを考えてしまう自分が、気持ち悪くて堪らなかった。

 これが仮に、別の男が相手だったならば。桃枝ではない男にやられたのならば、山吹にはノーダメージだっただろう。
 そのくらい、山吹にとって桃枝だけは……。


「イヤ、だ……っ。課長のこと、特別だって思いたくない……っ」


 桃枝を、傷つけたくない。それでも、愛しているのならば傷つけなくては。幸せそうな両親の姿が、網膜にこびりついて離れない。

 ふと、山吹は顔を上げる。視線の先にあるのは、桃枝からプレゼントされたマフラーとネクタイだ。


「いっぱい、貰ってきたじゃん。ボクはなにも、課長にあげられてないのに……。それなのに、こんなことだけでどうして……っ」


 手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
 触れた分だけ、穢してしまいそうだったから。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

処理中です...