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12章【明日ありと思う心の仇桜】
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しおりを挟む交際当初はそうした付き合いが分からず、山吹を誘っていなかった。むしろ【誘うという発想すらなかった】のだ。
両想いになってからは『体目的だ』と思われたくなくて、桃枝としては多少なりとも自制していた。
そして、同棲し始めてからは。……桃枝が誘おうと思うより先に、山吹から誘われていた。
前述された言葉の意味はよく分からないが、とにかく山吹は【桃枝と誰かが親しくなっていく様子】に不安を抱え始めていたらしい。
それと噛み合うように【桃枝から誘われたことがない】という事実が山吹の自信を消失させていき、不安が加速した。……きっと、そういうことなのだろう。
「確かにボクは男で、中古品で、胸には汚いヤケドだってあります。顔以外はカワイクないですし、人間としての魅力がないかもしれません。……でも、だけど……っ」
ぽろぽろと涙をこぼす山吹がまた、目元を乱暴にこすり始める。
「もう、一生エッチしてくれないのかなって。ホントは課長、ボクとエッチする気なんてもうないのかなって……。でも、それがなくなったらボクの価値なんて……ッ」
不安を一方的に押し付けたことによる自責が、突然募ったのだろうか。山吹は乱れ始めた呼吸を必死に整えながら、桃枝に向かって頭を下げた。
「……ごめん、なさい。ムリに、付き合わせてしまって。ごめんなさい。いきなり、泣き出してしまって……」
この流れは、良くない。桃枝は咄嗟にそう気付き、山吹に手を伸ばした。
「待て、山吹」
「体の関係だけが、全てじゃないですもんね。これしか方法が分からなくて、ごめんなさい。ボク、もっともっと頑張ります。……だから」
これ以上、山吹に言葉を紡がせてはいけない。そう思い、山吹の言葉を遮ろうとした。
だが、遅くて──。
「──嫌いに、ならないでください……っ」
予感は、的中してしまった。
なんてことを、山吹に言わせてしまっているのだろう。
山吹の不安に気付けず、山吹を追い詰めてしまった。そして、言わせたくない言葉まで言わせてしまうなんて……。
いったい自分は、なにを見ていたのか。山吹が恋愛に対する自信が皆無な男だということも、一度ネガティブ思考に陥ればズブズブと沼に沈んでいく男だということも、分かっていたというのに。
「緋花、違う。お前の価値は体だけなんて、そんなことはない」
「……っ」
「先に言っておくが、これはお前に気を遣ったその場しのぎの慰めなんかじゃない。俺はちゃんと、お前のことが好きなんだ」
「白菊、さん……っ」
涙を流す山吹を、抱き締める。そうすると、山吹の体がビクリと震えた。
それでも桃枝は、山吹を手放さない。むしろより強く、山吹の体を抱き締めた。
「俺はこうして、お前とくっついているだけでも結構幸せなんだが。……お前は、違うか?」
「くっつている、だけで……?」
少しずつ、山吹の呼吸が落ち着いている。桃枝は再度、山吹を抱き締める腕の力を強めた。
「こうして腕の中に閉じ込めたいのは、お前だけだ。これだけ近付きたいって思う相手は、お前だけだ。一緒に居て幸せだと思う相手は、お前だけなんだよ」
足りない語彙力を総動員して、必死に気持ちを伝える。それでも足りない部分は、態度で示した。
そうすると、山吹は……。
「言われてみると、確かに、そうですね。……はい。ボクも、幸せです」
桃枝が伝えたいことを、受け止めてくれたらしい。
「白菊さん、大好きです」
背中に腕を回してくれたことが、その証拠だ。
「あぁ、俺もだ。お前が大好きだぞ」
「はい。……大好き、です」
山吹の不安に、もっと早く気付けるようにならなくては。もっともっと、山吹への気持ちを分かり易くしよう。
桃枝は山吹の背を撫でながら、己の鈍さと未熟さを叱責した。
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