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2章【主体的には動かない、諧謔的なオメガ】
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しおりを挟む身だしなみを整えながら、矢車はわざとらしく頬を膨らませる。
「もう、ほんっとに最悪です。会議中に気が散ったらどうしてくれるんですかぁ?」
既に身だしなみを整え終えた松葉瀬は、汚物を見るような目で矢車を睨む。
「は? ナカに出されて射精したクセに、なに被害者面してんだよクソビッチ」
膨らんだ頬を、片手で鷲掴みにする。
すると何故か矢車が笑みを浮かべたものだから、松葉瀬はすぐに手を放した。
「センパイは酷いなぁ……さっきまで『アルファだから~』って褒められてイライラしてたクセに。善意で休憩に誘った、カワイイ後輩じゃないですか、ボク」
「あ? 同じ言語で喋れや」
「うわっ、図星刺されて不機嫌になるとか、カッコ悪~い! そもそもトイレで盛ったのはそっちなのに、ボクが被害者面するのはおかしいって言うの、フツーに考えて責任転嫁じゃないですかぁ? ……まぁ、でも」
自分の頬を掴んでいた松葉瀬の手を、矢車は握る。
「こんな最低ド腐れセンパイに乱暴されたって事実は、屈辱的ですが……最高に絶望的でもあるので、もっと欲しくなっちゃいます……っ」
そのまま、握った手の甲にキスを落とした。
熱っぽい視線で見上げてくる矢車から、松葉瀬は手を振り払う。
「……サッサと会議の見学とやらに行け、クソ後輩」
「不意に見せるセンパイの優しさ、無様でカッコいいですよ、ヒュ~! 実際問題、センパイがボクのことを襲わなかったらとっくに向かってたんですけどね!」
「遅刻するかもしれねェって概念を持ってんなら、二回戦目を誘うんじゃねェよ。この淫乱ビッチが」
矢車の言う通り、今回も松葉瀬の腹癒せから始まった情事だった。
アルファだなんだと褒められて、普通のアルファなら嬉しいのかもしれない。
だが松葉瀬にとっては、どんな差別的な言葉よりも心に刺さる。
「センパイ、大っ嫌ぁい」
女子高生のようにはしゃいだ矢車が、トイレの個室から逃げるように出て行く。
その様子を眺めて、松葉瀬はこれ見よがしに溜め息を吐いた。
(アルファだなんだっつゥイライラが解消できても、アイツに対するイライラが募るんじゃ意味がねェ)
乱暴に頭を掻いた後、松葉瀬はのんびりと事務所へ向かう。
(……まぁ、それでもマシか)
アルファだからという褒め言葉。
悪意のない言葉が、無数の刃となって胸を刺し、ジクジクと痛がるより。
生意気な後輩に対して苛立つ方が、心に余裕が生まれる気がする。
(……いや、大差ねェかもな)
男子トイレから出た松葉瀬は、仮面をつけた。
――誰からも親しみ、好かれるアルファという仮面を。
そんな松葉瀬を『諧謔的だ』と笑うオメガは、既に見えなくなっていた。
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