万華の咲く郷【完結】

四葩

文字の大きさ
50 / 105
第四章

第四十六夜 【我慢くらべ】

しおりを挟む

「……で、なにこの状況」
「何度も言わせんな。正確かつ詳細な情報収集の一環いっかんだ」

 11時半。一階の新造寝屋にて、ひと組の布団の前に立たされているのは朱理しゅり吉良きらである。その横では黒蔓くろづるが腕組みをして仁王立ちだ。

「だからって、なにこれ」
「お前が、神々廻ししばのナニがデカ過ぎて問題あるとか、昼見世は身上がりしたいとか言うから、どんだけのモンなのか確認すんだよ。此処ここじゃ、此奴こいつが一番デカいからな」

 にやりと口角を上げる黒蔓は、明らかに楽しんでいる。

「あんたね……俺ら一応、大事な商品よ? 暇つぶしの玩具じゃねぇの。こんな事出来るかよ。なぁ? 吉良」
「えーっと……まぁ、だいぶ複雑な気分っすね……」
「なにも最後までやれって言ってんじゃねぇんだ。ちょっとたせて、サイズの比較するだけで良い」
「そんなもん、昨日の映像で確認すりゃ良いじゃん! どうせ未だ録画残ってるんでしょ?」
「さっき確認してきたが、角度と解像度が悪くて、あんま分かんなかったんだよ」
「ぱっと見で良いだろ! 大体分かるでしょうが!」
「それじゃ、正確な情報とは言えねぇだろ」
「言っとくけど、俺だってじっくり見た訳じゃないし、触ってもないからな。吉良がどうだろうと、比べらんねーよ」
「はあ? ったく、しょうがねぇな。なら、れた感じで判断しろ」
「はぁぁあああ──!!!!!!!!????????」

 恐らく大玄関にまで響いたであろう朱理と吉良の絶叫に、黒蔓は思いきり顔をしかめて舌打ちした。

五月蝿うるせぇなぁ。俺だって苦渋なんだよ、我慢しろ」
「なにが苦渋かっ! 身上がりしてまで休みたいっつってんのに、なんだ、挿れろって! そもそも、そんなの吉良が無理だろ!!」
「…………」
「まんざらでも無さそうだぞ」
「嘘だろオイ。いや、まじで、ちょっと待って。冗談だよね? 一旦落ち着こうよ、ね、黒蔓さん」
「冗談なワケねーだろ、落ち着いてるわ。これも仕事のうちだ」
「ええ……そんなに詳細な情報が必要? ここまでするほどに?」
「まあ、今後の付け廻しの問題点が、サイズだってんならな。お前が言い出した事だろ」
「二度と通すなとは言ってないでしょうが! 頻度を減らしたいって言っただけで、こんな事までやらせる!? あんなに無理するなって言ってた癖に、ちょっと話がおかしくないかなぁ!?」
「相手が相手だからな。お前も、手駒にしたいと思う程度には、重要視してるんだよな? 幸い、彼処あちらさんは大層、気に入ったらしく、今日の昼見世に予約入ってんだわ。それを身上がりしてキャンセルするとなると、相応の理由と説得力がねぇとなー」

 うぐ、と言葉に詰まった朱理は唇を噛み、しばしの沈黙の後、絞り出す様に言った。

「……分かった、もう良い……。昼見世に出る……」
「ほーお、流石にお前はお利口さんだなぁ。吉良の方がデカかった時の事を想定したか」
「仰る通りだよ! もしそんな事になったら、まじで身が持たねぇ! 万が一の地獄より、昼出たほうがまだマシだわ! なんとかして、床入りしない流れに持っていけば──」

 怒り心頭で座敷を出て行こうとした朱理の腕が、がっしり掴まれる。

「駄目だ。ちゃんと確認して報告しろ。もし吉良の方がデカくても、きっちり報告すりゃ、昼見世は許してやる」
「は? 何の為に?」
「吉良の教育にもなるし、情報も得られる。一石二鳥だからだ」
「ぅぎゃっ!!!!」

 黒蔓はそう言って朱理の腕を引き、あっさり布団へ転がした。余談だが、黒蔓には柔術の心得がある。

「おい吉良、さっさとやれ」
「い、いやぁー、ちょっと……これは流石にやりづら……」
「いーから早く」
「うぉわっ!!!!」

 朱理が逃げ出す間も無く、黒蔓に蹴飛ばされた吉良が馬乗りになる。

「ちょ……ちょっと待って……。嘘だろ吉良……まさか、やんないよね……?」
「……っ」
「き、吉良……? ねぇ、やだ……やめて……? お願いだから……」

 半分脱げかかった襦袢じゅばんから覗く白い肩、鎖骨、胸元。太腿の付け根あたりまで肌蹴はだけた裾。
 加えて潤んだ瞳、弱々しく震える声で切なげに訴えられ、普段とのあまりのギャップに、吉良の変なスイッチが入った。

「……すいません、朱理さん!! 優しくしますから──ッ!!!!」
「ひぃッ」

 と、叫んで朱理へ飛び掛かった吉良の襟首がぐいっとつかまれ、背中から畳へ引き倒された。すかさず下着が降ろされ、携帯の連写モードの撮影音が座敷に響き渡る。
 吉良の襟首を捕まえたのは、怒りを通り越して呆れ返る冠次かんじだった。

「はーっ……本当に馬鹿だよな、てめぇは。何が優しくしますだ。あっさり乗せられてんじゃねーよ」
「か、冠次、さん……?」
「おー、綺麗に撮れたわ。これでしっかり比較できるな。もう起きて良いぞ、朱理」
「うあー、怖かった。まじでやられるかと思ったわ」
「俺が止めてなかったら今頃、確実に剥かれてたぜ」
「……え? なに、これ……」
「吉良、後で折檻せっかんな。冠次も連帯責任だ」
「は? 何でだよ。俺は関係ねぇだろ」
「関係なくねーわ。兄貴は弟分の責任を負うもんだろ。あれしきの誘惑で崩壊する理性の脆さは、お前の教育が悪い所為に他ならねぇからな」
「くっそ……」

 さっさと布団から這い出た朱理は気怠げに着物の乱れを直し、冠次は不満丸出しで舌打ちしたきり黙り込んだ。
 黒蔓は淡々と携帯を操作して、撮った写真を見張みはかたのPCへ送信している。
 未だに状況が把握できていない吉良は、その場にへたり込んだまま固まっていた。そんな吉良を、朱理が覗き込んで声をかける。

「おーい、吉良ー。大丈夫かー? 帰ってこーい」
「……何なんすか、一体……」
「まぁ、抜き打ちテストみたいなもんだよ。上手かみて如何いかに誘惑をかわせるか、下手しもては如何に相手を思い通りに動かせるか、ってね。この仕事の必須スキルだから、突き出し後の新造はもれなく全員、やらされるってワケ」
「テスト……? って事は、さっきの遣り取りは全部、嘘だったんですか……?」

 朱理は無造作に髪をかき上げ、首を傾げた。

「いや、半分は本当。神々廻のがエゲツなくて黒蔓さんに相談したら、テストも兼ねてお前を誘惑しろって言われたんだよ。勃ったら写真撮って映像と比較するって」
「じゃあ、最初から、致すつもりじゃなかったと……?」
「当たり前だ、阿呆かてめぇは」

 じろりと吉良を睨む黒蔓に、冠次は諦めた様に煙草へ火を点けて嘆息した。

「ったく、真実混ぜ込んでくる嘘吐きはタチ悪ぃぜ。ま、この二人にやられたんじゃ、引っ掛かっても仕方ねぇわな。運が悪かったとしか言えねぇよ」
「いやいや、待て待て。俺は合格させる方向で進めてたって、まじで。あんなあざとい演技で勃つなんて、夢にも思わなかったもの」
「いや勃つだろ、バキバキだろ。いい加減に自覚しろよ、自分の破壊力」
「五月蝿いなー。元気なのは冠次の弟だからだろ。どんまい、吉良。次は頑張れよー」

 朱理にぽんと肩を叩かれた数秒後、ようやく状況を理解した吉良の絶叫が、朝の万華郷にこだましたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...