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第七章
第八十一夜 【僕らの街】※
しおりを挟む流れる街のネオンを横目に、朱理が声を上げる。
「どうせなら洋服で来れば良かったわぁ。着物って、外じゃ目立つの忘れてた。久し振りに繁華街行きたかったなー。夏の限定珈琲、気になってるんだよね」
「次の休みはそうするか。運転手付きで」
「え、なんで2人きりじゃないの?」
「どっちかが運転じゃ、一緒に飲めないだろ」
「ああ、そっか。考えてなかったわ」
「お前それ、1番大事な所だぞ。免許取り消しになったら、もったいねぇだろ」
「あ、そう言えば次の休みなんだけどさ、吉原稲荷の夏祭りに重ねられない?」
「もうそんな時期だったか。お前は幾つになっても変わらずのお祭り男だよな。そんなに行きたいのか?」
「行きたいねぇ。花火は見世から見られるけど、屋台だけは出向かないと意味無いからさ」
「まぁな。確約はできねぇが、楼主と相談しといてやるよ」
「やったぁ! 一緒に行けると良いなぁ」
「休めたとしても、どうせ陸奥やら伊まりに誘われるだろ。楽しんで来いよ。俺が居ちゃ、他の奴らが厭な顔するぞ」
「本当、皆びびりだよねー。こんなに優しいのに」
「お前にだけな」
「……その唐突なデレは癖なの? いちいち可愛いとか、狡くね?」
「お前のデレはいつ来るのかねぇ」
「いや、これ以上どうデレろと……むしろデレてしかないでしょうよ」
「全然足りねーな」
「あははっ! 欲張りになったね、志紀さん」
「厭か?」
「まさか」
囁くように答えながら、朱理は人気の無い駐車場らしき広場の隅へ、静かに車を停めた。
「どこへ向かってるのかと思えば、こんな場所、よく知ってたな」
「なんとなく走ってたら、たまたま目に付いただけだよ。貴方があんまり可愛いことばっかり言うから、帰るまで待てなくなっちゃった……」
朱理はシートベルトを外し、助手席へ覆い被さる。口付け合いながらシートを倒すと、黒蔓から苦笑が漏れた。
「手慣れやがって……どこで覚えてくるんだか。なんかお前、最近やたら男ぶりが上がってないか?」
「慣れちゃいないよ。こんなことするの初めてだし。流石に車内ってのは狭いね」
「そりゃそうだろ。でもまぁ、悪くはない」
「ははっ、そうだね」
着流しの合わせから手を滑り込ませ、脇腹をなぞりながら首筋へ舌を這わせる。艶やかな吐息が溢れる度、朱理は己の鳥目を呪った。
今、黒蔓がどんな表情なのか、どんな視線をくれているのか、この暗闇ではまったく見えない。それが酷くもったいない気がして、歯痒かった。
そんなことを考えていると、不意に着物の裾から黒蔓の手が差し込まれ、腰を引き寄せられて馬乗りになる。
「待てないんじゃなかったのか? もたもたしてると、俺が主導権貰うぞ」
「っ、ふふ……ちょっと待って。どのみちこの狭さじゃ、俺が動くしかないんだから」
「なら尚更だ。俺も早くしたい」
太腿に添えられていた手が、既に熱を持った中心へ伸ばされ、煽るように撫でられると、朱理は身震いした。
自らの唾液で濡らした指で後孔を慣らす間にも、黒蔓の手は快い所を掠めるように動く。非難がましい声を上げつつ、朱理は助手席の足元へ体を落とした。
「もう、せっかちだな……」
「待てないって言ったろ」
「こっちの準備もいるでしょ?」
「ぁッ……おい、何して……んん……ぅ、アっ!」
裾を寛げて下着を取り去り、黒蔓の物へ舌を這わせて唾液を絡ませていく。
「っ……準備ってお前……このままやる気……?」
「だってゴム持ってないもん。途中で買えば良かったなぁ。もう頭ん中、志紀さんとこうすることでいっぱいだったわ」
「はっ、ぁ……咥えたまま……しゃべんなッ……ぅ、くッ!」
「……ん……もう良いかな」
朱理は自分の着物の裾をたくし上げて跨った。黒蔓の手が、朱理の体を弱々しく押す。
「待てって、生は駄目だろ……」
「なんで?」
首をかしげながら体重をかけ、ゆるゆると先端を受け入れていくと、待ち侘びた快感が全身に広がった。
うっかり力が抜けないよう、アシストグリップへしがみ付いて、ゆっくりと腰を落としていく。やがて根元まで飲み込むと、黒蔓の胸へ手を付き、快楽に塗れた顔で微笑った。
「ぁ、あァっ! ん、ふ、ぅっ……あー、やばい……なんか、超気持ちイイ……。シチュエーションって、大事だね」
「……ッ、はっ、ハァ……っ、待て……! まだ、あんま……動くな……ッ」
「んー? なに? すぐイきそう?」
顔は見えなくとも、その切羽詰まった声音に朱理の口角が上がる。わざと追い立てるように腰を使うと、腕を掴む黒蔓の手に力が入った。
「ん、んんッ……! ゃめっ……本当に、もぅ……ッ! は、ぁ……っ、ァ!!」
「……っ、ぁ……ハ、すご……めっちゃ出てない?」
「ッく、ぅ……ふっ……ぅ、動かすな……って……ッ!」
「かーわいい。そんなに悦んでくれるんなら、生でシた甲斐あるわ」
「っ……馬鹿、が……ハァ……ハッ」
黒蔓の息が整うまで跨っていた朱理が、やおら退こうと体を起こした途端、がしりと腰を両手で捕まえられる。
「んえ? な、なに?」
「なにじゃねーわ、勝手に終わらせんな」
「嘘、ちょ……待っ、んァっ! アッ!!」
そのまま下から激しく突き上げられ、再び快感が下腹部からせり上がって、高い声が上がる。先ほど、吐き出された白濁が円滑油となって卑猥な水音を立て、聴覚から犯される気になって、ますます欲情した。
「アぅっ! ぁ、あッ!! っそ、ンな……ッいきなり……ぃっ!」
「っは、ハァ……お前こそ、いきなり挿れたくせに……っ」
「んっ! ィ、アァっ!! だめ……っ、深ぃッ! や゙っ、あぅゔッ!!!! 待っ……まって……ぇッ!!」
「やだ」
「まじ、ッ……ダメだ、って……んぁッ!! っも、出そ……っ、ひぁ、あ、あ゙ッ!!」
「良いぞ、出せよ」
「ゃッ……むりっ! ンなとこ……駄目、だって! 汚れちゃ……ッ!!」
「大丈夫だから、ほら」
黒蔓は自身の着物の裾で朱理の物を覆い、促すように上下に扱く。
「ア゙っ! ソレっ、ゃめ……ッあ、ぅ゙っ!! イ゙ッ……ィく、ぅうっ……ッん、ンン゙──!!!!」
「っ……ふ、ぅ……ッ」
朱理の体が痙攣し、きつく締め付けられて、黒蔓も二度目の絶頂に達した。頽れるように力を無くした体が、覆い被さってくる。しばらく、車内には2人の荒い息遣いだけが満ちていた。
「……あ゙──……凄かった……」
「はぁ……吃驚した。まじでそのままヤるとは思わなかったわ」
「でも快かったでしょ? すげぇ興奮してたじゃん」
「そりゃそうだろ、8年目にして初体験だらけだ。おい、まさか、他のやつにもさせてないだろうな?」
「そんなワケないでしょうが。どんな病気持ってるか分かんねーし、怖ぇわ」
「なら良いが」
「うーわ……志紀さんが変なこと言うから、最悪のタイミングで最悪のこと思い出した……」
「はあ? なんだよ」
「あの時の志紀さん、オーナーに生でヤられてたよなー……って」
「あ……忘れてた」
「アレを忘れるかね、フツー。はぁ……検査受けたほうが良いな、こりゃ。お互いにさ」
「良い機会だし、見世の奴らも一斉検査するかな。避妊具の着用が義務付けられてるとは言え、万が一ってこともある」
「ああ、良いんじゃない? そのほうが色々と安心だわ」
「色々ってなんだよ。そういやお前こそ、陸奥に寝込み襲われた時のあれって……」
「あいつはちゃんとゴムしてたぜ。そういうとこ抜け目無いから、サイコなんだよなぁ」
「あー……なるほど。怖ぇな」
ようやく体を起こした朱理は、恐る恐る黒蔓から離れる途中、顔をしかめて呻き声を上げた。
「ゔぁ、くそ……やっぱ漏れる……。シート大丈夫かな……」
「駄目じゃねぇの」
「わー、超無責任発言。そっちに出してやれば良かったぜ……」
「そしたらお前の着物に俺のがつくワケだが、それはスルーか?」
「いや、俺は別についても良いんだけど。しかも1回分だろ? こっちは普段より多い上に2回分なんですけどー」
「だから動くなって言ったのに、聞かないお前が悪い」
「だって焦ってる志紀さん、めちゃくちゃ可愛かったんだもん」
「うるせぇ。ま、お互い快かったんなら良いだろ」
「ん、まぁね」
幸せそうに笑い合った直後、朱理ははたと気付いた。
「そもそも俺ら、珈琲買いに来たんじゃなかったっけ?」
「あ」
「……自販で買って帰ろ」
「だな」
苦笑しながら幸福を分かち合う2人は手を繋ぎ、眩しい都会の夜を抜けて、彼らの街へと帰って行くのだった。
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