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第八章
第九十二夜 【弁明ヴィヴァルディ】※
しおりを挟む14時過ぎ。仲の町通りを上機嫌に歩く神々廻の隣には、例の如く朱理がべったりと肩を抱かれていた。
「んんーっ! 久し振りに朱理ちゃんとお散歩っ、うっれしーいなーっ!」
「いくらなんでも、ちょっと浮かれ過ぎじゃない? 四十路男がスキップとか辞めてよ、恥ずかしい」
「だって何ヶ月振りだと思ってんの!? この前の喪服姿で俺、3回は抜いたんだからね!」
「なにとんでもないカミングアウトかましてんだ、コラ。百歩譲って抜くのは良い。けど、それを本人に言うな」
「あ、抜くのは良いんだ」
数ヶ月振りに登楼して来たかと思えば、相変わらず奔放な神々廻に、朱理は思い切り顔をしかめている。
「まったく……アンタも相当、デリカシー無いよね。それで、しばらく見かけなかったけど、どこで浮気してたワケ?」
「なになに? ジェラシー? かーわいーい」
「なにコイツ、うざい」
「アハハ、冗談だってぇ。浮気なんてしてないよー」
「嘘くさいうえに胡散くさい」
「いやいや、それは本当。大体、この吉原で大関指名しといて、よその子なんて揚げたら、速攻で連絡行くでしょ」
「吉原で、ならな」
「あらら、意外と疑り深いのね、朱理ちゃんって。そんなとこも可愛いけど、誤解されるのは厭だからなぁ」
神々廻はそう言って、ぱちり、と手に持っていた扇子を閉じた。
「実は、前回の件で大旦那から外禁くらってたのさ。角海老に喧嘩売るとは何事だー、とかって、くっそキレられたんだよねぇ」
「うわー、想像以上にしょうもない理由で吃驚したわ。爺様、心労で倒れるんじゃねぇの」
「いやー、まさかこの歳で説教されるとは、思ってもみなかったわ。陰間に通ってたのも一緒にバレたから、更に激怒された挙句の謹慎だったワケよ。本当、ついてないよねー」
「まぁ、半分以上は自業自得だからな。なんも言えねーわ」
大袈裟にお手上げのポーズを取って見せる神々廻を横目に、朱理は深く嘆息した。
「ま、そーいうワケだから、まじで浮気はしてないの。信じてくれた?」
「はいはい、信じる信じる。って言うか、別にそこまでの興味も無いけどな」
「もぉー、相変わらず絶妙なツンデレが堪んないねぇ。可愛いすぎてやばい、超好き」
「誰がいつデレたんだよ。脳内お花畑さんめ」
締まりの無い顔で抱き寄せられた朱理は、心底、厭そうに舌打ちする。
行き交う人々は2人の様子を訝しげに見ており、朱理を更にげんなりさせた。そんなことは御構い無しに、神々廻は陽気な声を上げる。
「というワケで、お詫びと言っちゃ何だけど、今日は朱理ちゃんの行きたい所に行って、欲しい物は何でも買ってあげようと思いまーす!」
「完全パリピだな……。いや、世代的にバブルか……?」
「なにぶつぶつ言ってんの?」
「なんでもねーよ」
「それじゃ、まずどこ行きたい?」
「うーん、そうだなぁ……団子が食べたい。美味いみたらし」
「りょーかい。甘味、好きなの?」
「大好き。俺、超甘党だから」
「そうなんだぁ。じゃ、これからは差し入れに甘い物、持って行くよ。これでも俺、元営業だからさ。その手の情報には、ちょっと詳しいんだよねー」
「まじですか、神ですか、有難うございます」
「リーマン時代に培ったおみやスキルが、まさかこんな所で役立つとは思わなかったなぁ」
神々廻の言葉に体を擦り寄せ、甘えた声を上げる朱理も朱理で、相変わらず現金な男である。
そんなこんなで茶屋へ入り、注文した団子を頬張っていると、神々廻がおもむろに懐から小箱を取り出した。微笑みながら、すっと朱理のほうへ押し出す。
「なにこれ?」
「プレゼント。大した物じゃないけど、色々と迷惑かけたお詫び、的な?」
「まじ? 本当に気にしてないのに」
「いやぁ、たまたま見かけて、朱理ちゃんに似合いそうだなーと思ってさ。単純に付けて欲しいからさ」
「へぇ、意外と男前なこともできるんじゃん。開けて良い?」
「もちろん。開けて開けてー」
おしぼりで手を拭き、シックな黒色の包装紙を開くと、鉛色の小箱が姿を現わす。蓋を開けて中身を見た朱理から、歓声が上がった。
「おおー! 良い感じのバングルじゃん! めちゃくちゃ好み!」
「でしょー? 朱理ちゃん、赤と黒って組み合わせ、好きだろうなと思ってさぁ。見つけたとき、これだーと思ったんだよねぇ」
漆黒の楕円形で、留め具部分に赤い差し色を使ったクローズドバングルは、シンプルながらも作りの良さが際立っている。
衣装を選ばない洒落た品に、朱理はすっかり見惚れた。
「つけてあげるよ」
「有難う、凄く良いよコレ! 神々廻さん、案外センスあるんだね」
「喜んでもらえて良かったー。朱理ちゃんは良い物いっぱい持ってるだろうから、こんな安物じゃ、がっかりされるんじゃないかと思ってたのよ」
「俺、このブランド好きだよ。ピアスも同じ所のだし」
「あ、そうだったの? 小さいから気付かなかった。やっぱり細部までこだわってるねぇ」
「こだわってるワケでもないけど、黒いアクセって滅多に無いじゃん? 金とか石付きとか、キラキラした派手なのは、あんまり好きじゃないからさ」
そんな話しをしつつ、左腕に揺れるバングルを嬉しそうに眺める朱理に、神々廻も満足そうだ。
しばし歓談した後、再び寄り添って茶屋を出ると、神々廻は耳元へ顔を寄せて囁いた。
「ねぇ、久し振りに座敷、上がって良い?」
「良いけど、夜に響かない程度にしてよ」
「分かってるってぇ。もし響いたら、責任取って夜は倍額で買ってあげる」
「要らねぇから、全力出す前提やめろ。あと、買うっての禁止。ここでは揚げるって言え。まったく、大見世の楼主なら、いい加減それくらい覚えろよな」
そうして朱理の座敷へと赴き、襦袢一枚になった頃には、神々廻はすっかり雄の顔になっていた。久し振りに見る欲情した表情に、ぞくりとする。
相変わらず巧みな口付けに酔わされ、丁寧に後孔を解される感覚に、快楽を拾って吐息が漏れた。
「あーあ……しばらく触んない間に、すっかり固く閉じちゃってる。吉原一番人気のくせに、本当、吃驚するくらい皎潔な体だねぇ」
「そ、んなこと……っはぁ、ァ……ぅあっ……」
「すっごい甘い声。自分が今、どんな顔してるか自覚ある? 本当、寝屋では別人になるんだから、大したもんだよ」
「……るっさぃ……も、しゃべんな……ッ」
「相変わらず口が悪いなぁ。何から何まで俺の好みだよ、お前は」
ずるりと指が抜かれ、代わりに当てられた物に、僅かな緊張が走る。何度経験しても、神々廻の凶暴なまでの質量には慣れず、厭でも身構えてしまうのだ。
「大丈夫、全部は挿れないよ。ゆっくりするから、力抜いて」
「……っ……ふ、ぅ……うぁ……あッ」
慣らされたとはいえ、足りるはずも無く、更に押し拡げながら挿入ってくるそれに体が強張る。
ある程度の所で止まった神々廻から、色気のある吐息が零れた。
「はぁ……すご、やっぱ最高だわ……。な、お前も気持ちいい?」
「ふ、っ、ぅあッ……ハっ……くるし……ッ……」
「苦しい? それだけ?」
抉るように腰を動かされ、白い喉が仰け反る。
「んん゙ッ、ぁ、ア゙ッ!! い゙ゃっ、やっ……待って……ッ!」
「んー? 本当に苦しいだけなら、さっさと動いて終わらせてあげようと思ったんだけど」
「ヒ、ィ゙ッ!! っゔ……ゃめてッ……い゙、やァっ!!」
「厭なの? でも苦しいんでしょ?」
嬲るような神々廻の声音に、朱理は弱々しく首を横に振った。
「ぃ、い……ッから……! お願い……ゆっくり、して……っ!」
「ゆっくりが気持ちいい?」
「ンん゙っ!! はっ、ゔんッ……気持ちい……っ」
「俺のこれ、好き?」
「ぅ……ン……ッ! す、き……っ、すきィ……! っあ、ア゙ァッ!!」
「ほんと、お前は苛め甲斐があって堪んないね」
満足そうに笑って、神々廻は軽く口付けを落とし、ゆっくりと抽送を繰り返す。
ずるずると引き出され、再びじわじわと挿入されて、徐々に突き入れられる深さが増していく。慣らされていく感覚に、腰の奥から快感が湧くのを自覚した。
「はッ……ぁ! ん、んンっ!! イ、ぃ……っ! ふか、ァ……あぁッ!!」
「はァ、すげぇ気持ち良い……。可愛いよ、朱理ちゃん……」
やがて、後孔はすっかり神々廻の物を受け入れて馴染み、強く揺さぶられながらその背にしがみ付くと、吐息の合間に名を呼ばれる。
そうして数ヶ月振りの房事に耽る、晴天の昼下がりであった。
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