九段の郭公【完結】

四葩

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2章

16【潜入準備】

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 いよいよ、大規模潜入任務の当日を迎えた。たずさわる調査官は各々、目立ち過ぎない程度のパーティ衣装に身を包み、オフィスラウンジで待機している。
 丹生たんしょう神前かんざき羽咲うさきは、クロス用の衣装室兼メイクルームで、異性装に尽力していた。同じ任務に当たる調査官は、衣装が被らないよう、調整しながら準備をおこなうのだ。

「どれにするかなー。ナナちゃんはいつもの黒?」
「なるべく濃い色にしたいが、黒ばかりも飽きてきたな……」
「あー、ダメだわー。ド正装が久々過ぎて、まったく勘が戻らん。最近、コールガールとかばっかだったせいで、どれも超地味に見える」
「羽咲も大変だな。まぁ、ほぼ自業自得だが」
「うるっさいな。余計に集中できなくなるから、嫌味やめろよ」

 神前と羽咲が、珍しくドレス選びに苦戦している。

璃津りつ、良ければ選んでくれるか? お前のセンスは信頼できるし、被りも防げるだろ」
「それナイス。俺のもお願い」
「俺が決めちゃっていいの?」
「ああ、頼む」
「了解」

 丹生はテキパキと数着取り出し、神前の顔と合わせながら、数分足らずで濃藍こいあいから紺碧こんぺきへグラデーションのかかった、マーメイドドレスを差し出した。

「これなんてどう? 明るすぎず暗すぎず、クールな印象で、ナナちゃんに合うと思う」
「うん、それにする」
「次、俺のー!」
「はいはい」

 同じようにして、羽咲にはパステルイエローのヘムラインドレスを手渡す。

「これ、前は膝上で、後ろに向かって長くなるラインが、綺麗かつ可憐なイメージ。慧斗けいとの脚線美が出るから、ターゲットに近づきやすいかも」
「りっちゃん、すごーい。こんな短時間に、そこまで考えて決められないよ」
「元々ファッションに興味あったし、服屋でバイトもしてたからね。衣装選びって、わりと好きなんだ」

 自身はモノトーンのホルターネックスリットドレスを選び、色味や形が被っていない事を確認して、それぞれメイクへ移った。芸能人の楽屋をそのまま持ってきたような、大きなメイク台が並び、眩しいほどの照明が輝いている。横並びに座って化粧を始める姿は、さながら本番前の女優達である。
 30分ほどたった頃、右端に座る羽咲から、うんざりした声が上がった。

「もー、これメイクの中で1番嫌い! マジめんどくさい! 1発で上手くいった試しがないもん」
「あー、つけまつ毛? それ難しいよなぁ。慧斗は派手なメイクが映えるから、避けて通れないやつだよね」

 真ん中の丹生が慰めていると、今度は左端の神前が苦々しく言う。

「俺はビューラーが嫌い。目が痛い」
「しかも絶対、何本か抜けるよなぁ」
「分かる。てかりっちゃん、もうアイメイク終わってね? 早くね?」
「俺もまつ毛って苦手だから、昨日マツエクしてきたんだわ」
「まつえく? なにそれ」
「最近、流行ってんだよ。まつ毛にエクステつけるの。マスカラもビューラーも要らないから、めちゃくちゃ楽だよ」
「ほぇー。俺が居ないあいだに進化してんね、美容業界」
「付けちゃうと自分じゃ取れないから、好みだけどね。異性装が続く時はオススメかも」
「じゃあそれ、しばらくつけっぱなしにすんの?」
「すぐ任務がなければ、外しに行くよ」

 驚く羽咲と共に、神前もしげしげと丹生の目元を覗き込んで感嘆した。

「俺も知らなかった。自然で良いな、それ。行きつけの店、紹介してくれ」
「良いよ。ナナちゃんは異性装が多いもんね。マツエクしたら、かなり時短できると思う」

 まるで女子会のような会話で盛り上がりつつ、メイクが終了した。仕上げに女声の発声練習とトローチを口に含んで、異性装の完成だ。
 クロスにとって、最大の課題は声だ。見た目はいくらでも装えるが、声にだけはどうしても男声が残ってしまう。そのため、ナチュラルに女声を出すボイストレーニングと、一時的に声帯を女性に近付ける特殊なトローチが、必須なのである。
 華麗に着飾ったクロスとユーバの登場に、ラウンジで待機していた相模さがみ土岐ときから歓声が上がる。

「おお、相変わらず神前さん、凄い美人だなぁ。羽咲さんは可愛い系だし、丹生さんは独特の色気あるし。男だと分からないどころか、とびきりの美女揃いだ」
「班長たちもさすがだわー。男前がいい服着たら眩しすぎる。くそー、神前さん達1人1人の写真、撮りたいぜー!」
「流出する危険性がある、写真は厳禁だ。重要な任務前だぞ。浮ついた発言は謹しむように」
「は、はい! すみません、椎奈しいなさん」
「うわぁ……いつも以上に怖いな……」
「それは当然だろう。G社に消されたエージェントは数知れないと聞いているし、本来なら、我々に回ってくるような規模の任務ではないからな」
「消された……!?」

 駮馬まだらめの言葉に、生駒いこまがぎょっとして声を上げた。続いて、小鳥遊たかなしが優しくもしっかりと念を押す。

「そうだよ。だからみんな、普段より何倍も気を張ってるんだ。ターゲットに接触する調査官達は最も危険だから、バックアップしっかりしようね」
「は、はい……!」

 それぞれが笑顔の裏に緊張を隠して、段取りの確認や雑談をする中、朝夷あさひなが丹生をラウンジの外へ呼び出した。

「りっちゃん、ちょっと良い?」
「なに?」

 扉が閉まるのを確認すると、朝夷は滅多に見せない真剣な眼差しで、丹生を見つめた。

「今回の任務は、くれぐれも気をつけて。万が一、向こうに気付かれたら、何をされるか分からない。絶対に無理はしないで」
「ああ、分かってる。長門ながとも女性相手とはいえ、気を抜くなよ」
「璃津……頼む、抱きしめさせてくれ」
「どうしたんだよ、大袈裟だな。緊張してるのか?」
「緊張と言うより恐怖だ。こんな危ない任務、本当なら出てほしくない」
「危険なのは承知してるさ。だけど、ナナちゃんも慧斗も居るし、お前たちも居るんだから。みんなで協力すれば、必ず成功するよ」
「璃津……」

 朝夷は廊下へ膝をつき、丹生の下腹部へ腕を回して抱きしめた。

「久し振りに同じ現場だな。長門の女ったらしぶりを見るのが、楽しみだぜ」
「茶化さないでよ。どんな美女を相手にしようと、俺にはお前しかいないんだから」

 朝夷は回した腕に力を込め、切実に訴えた。丹生は、あやすように朝夷の背を撫でてやる。

「好きだよ、璃津。お前は俺の唯一無二なんだ。もしもお前の身が危険だと感じたら、何を置いても駆け付けるからね」
「おいおい、長門にも大事な任務があるだろ? 放り出すのは許さないからな」
「いや、駄目だ。これだけは譲れない。お前以上に大事な物なんて、俺には無い」
 「まったく、長門は本当に頑固だなぁ」

 丹生が苦笑していると、朝夷は深く開いたスリットをまくり、ガーターベルトとストッキングの間へ顔を埋め、舌を這わせた。

 「こんなに素肌を晒して、無防備過ぎる」
「これも作戦のうち……って、ちょっと! 何してんだよ、こんな時に!」
「少しだけ……少しで良いから、お前の味を覚えていたい」
「駄目だって! 帰ったらいくらでもできるだろ!」

 ぬるりと舌の這い上がる感触に快楽を拾い、朝夷の肩に置いた手に力が入らない。足が震え、ただでさえ高いピンヒールに、バランスが取れなくなる。じり、と太腿の付け根に鈍い痛みが走り、キスマークを付けられたのだと認識した。

「好きだよ、璃津。大好き……」
「うっ……ぁ……」

 いつの間に立ち上がったのか、壁にもたれかかった丹生の耳朶へ、唇を付けて囁く。

「このまま腕の中に閉じ込めて、仕舞い込んでしまいたい……。お前が下衆どもの視線に晒されるなんて、考えただけで気が狂いそうだ」
「……は、ァッ……なが、と……大丈夫だから……」
「何が大丈夫なの? これからお前は、この綺麗な顔と体で、汚物まみれの豚どもを誘惑するんだろう? ねえ、どこが大丈夫なんだよ?」

 ぐっ、と首にかけられた指に力が入り、ピアスを噛まれて引っ張られた。駄目だと思いながらも、12年の積み重ねとは恐ろしいもので、抵抗するどころか、受け入れる体制に入りつつある。丹生のツボを完璧に抑えているこの男の仕草や言葉は、いとも簡単に快楽へいざなうのだ。

「なぁ……このまま、ぐちゃぐちゃに抱き潰してやろうか。任務なんかできないくらい犯して、汚して、とことん堕としてしまおうか……。それともいっそ、今すぐ殺してしまおうか……」
「……まっ、て……だめ……っ」
「てめぇら、何してる」

 蕩けかけた丹生の耳に厳しい声が響き、我に返って振り向く。そこには、修羅の形相の更科さらしなが立っていた。朝夷は横目で更科を見るも、丹生から離れようとはしない。

「朝夷」
「なんですか、部長」
「大事な任務前だぞ、そのくらいにしとけ」
「……そうだよ長門、もう離れて……」

 丹生は更科から顔を逸らせ、距離を取ろうと朝夷の胸を押すが、逆に強く押し戻されて、壁の間へ閉じ込められた。

「嫌だなぁ。だからこそ、バディと信頼関係の再確認をしてるんじゃないですか」
「それは結構だが、もう充分だろ。早く中へ戻れ」
「充分かどうかは、バディである俺たちが判断することです。貴方に決める権利はない」
「おい、やめろ! 落ち着けって!」

 朝夷は明らかに怒っている。恐らく、先日の件と、今回の任務への不満が相まっているのだろう。このタイミングで朝夷と更科が衝突するのは、非常にまずい。

「良いから戻れと言ってる。同じことを二度、言わせるな」
「お断りだね。大体、こんな危険な任務に璃津を引っぱり出すなんて、どういうつもりだ?」
「俺が指名したわけじゃない。文句なら、内調の馬鹿どもに言え」
「いつもそうやって逃げるんだな。璃津からも逃げ続けるつもりか? この子がどれほど苦しんでるか、分かってやってるんだろうな、おい」
「長門、いい加減にしろよ! 今はそんな話してる場合じゃ──」
「璃津は黙ってて、俺も我慢の限界なんだ。このさい、はっきり言わせてもらう。二度と俺のバディに近づくな。今後、指1本も触れることは許さない」

 それまで悠然と構えていた更科は、紫煙を吐きながら朝夷へ歩み寄ると、いきなり胸ぐらを掴み、低い声で囁いた。

「うるせぇんだよ。いつまでも駄々こねてんじゃねぇぞ、クソガキが。そいつと会えたのが誰のおかげか、分からねぇほど馬鹿なのか、え? 口の利き方に気をつけろ。次に舐めたことぬかしたら、即バディ解消だからな」
「──……ッ」

 奥歯を噛み締めて黙り込む朝夷から、ふいと離れ、更科は丹生の腕を引いた。

「お前もお前だ。くだらないことに気を取られてないで、任務に集中しろ」
「……はい」

 2人の背を睨む朝夷を更科が振り返り、付け加えるように言った。

「それと、任務放棄もバディ解消に直結するからな。精々しっかりやれよ、朝夷」
「……くそッ!」

 更科たちが去った後、廊下には朝夷がダストボックスを蹴り倒す音が響いたのだった。
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