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2章
17【作戦開始】
しおりを挟む同日18:00。舞台はパーティー会場、豪華客船〝凛風〟である。
華国最大手と謳われる造船会社だけあり、クイーンメリーに匹敵するかと思われるほど立派な船だ。広々とした客室の他に、カジノやレストラン、ダンスホールなど、最高級の施設を完備している。
メイン会場となるホールと、エレベーター付近に設置されている監視カメラは、辻によるハッキングで更科たちの居る客室へ映像が繋がれている。
統括指揮官の更科、司令官の椎奈、通信関係を一手に担う辻、状況整理や交渉担当の駮馬、緊急時の補助要員として相模、土岐、生駒が待機している客室が、本作戦における要、司令本部となる。
会場内の遊撃員である棗と小鳥遊は、スーツの胸ポケットに小型カメラを装備しており、その映像も本部へ送られている。
続々と着飾った参加者がホールへ集まる中、ユーバ、クロス共に配置は完了し、各自、耳に超小型の通信機をつけて待機中だ。そこへ椎奈の凛とした指示が入る。
「阿久里、郡司、朝夷は愛人女性達が会場入りするまで、なるべく多くの女性と接触しながらホール内を移動せよ」
【了解】
「神前は壇上付近へ、丹生は中央の窓際、羽咲は出入り口付近でそれぞれ待機。羽咲は積極的に男性客と会話し、神前および丹生はなるべく接触を避け、目立たないよう努めること」
【了解】
作戦開始である。
丹生は指定された中央の窓際で、シャンパングラスを傾けながら窓の外を見た。ちょうど夕日が水平線へ落ちかけており、西日が目を刺す。
しばし海上の絶景を堪能してから会場を見渡すと、様々な国籍の人々が談笑している。丹生はぼんやりとそれを眺めながら、誰が密輸武器を買う客なのだろうか、と想像していた。
語学力が底辺の丹生にとって、誰が何を話しているかなど、さっぱり分からない。それがネイティブの早口で、専門用語など使われていれば尚更だ。
(小型で精巧な複数同時翻訳機とか、いい加減、開発してくれても良いと思うんだよな。みょうな薬やら他の小道具には、力入れてるくせにさ。お上の考えることは、さっぱり分からんぜ)
と、内心で愚痴などこぼしてみる。
ユーバ陣は早くもドレス姿の美女達とオードブルを食したり、グラスを合わせたりと順調そうだ。朝夷を見ると、数時間前の取り乱しようが嘘のように、綺麗な微笑を浮かべ、女性客と歓談している。
神前は完璧に近寄るなオーラを放って壁の花をキープしており、羽咲は抜群の愛嬌と堪能な語学力で、男性客に囲まれている。
腕時計は18時15分を指しており、ターゲット入場までまだ40分ほどある。
気を引き締めねば、と改めて会場へ目をやると、何人かの男性客がこちらを見ていることに気付いた。しまったと思った時には既に遅く、丹生はあっという間にわらわらと囲まれてしまった。
「お姉さん、お1人ですか?」
「良ければ俺たちと飲みません?」
「いえ、結構ですぅ……」
引きつった笑顔を貼り付けて断り、じりじりと壁伝いに移動を試みた。しかし、すかさず両脇から挟みうちにあう。
「なにか食べませんか? 一緒に取りにいきましょうよ。ここのオードブル、本格的な華国料理が揃ってて、美味しそうですよ」
「いやぁ……お腹は空いていないので……」
「そうおっしゃらずに」
「少しだけでもお話ししましょうよ」
やつぎばやに声をかけられ、後ろは壁、前方は男性客と、進退ままならなくなってしまう。同じ場所にとどまり過ぎたせいで、ナンパ目的の輩に目を付けられてしまったのだ。
その様子に、本部で頭をかかえる椎奈と苦笑する調査官たち。更科は呆れ返って紫煙を吐いている。
「なにやってんだ、アイツは。相変わらず緊張感ねぇなぁ、まったく」
「うわー、めちゃくちゃ囲まれてますね。丹生さん、素で迷惑そうな顔してる」
「アハハっ! 仕方ないわなぁ、あの容姿と雰囲気じゃ。立ってるだけで目立つ璃津が壁の花なんて、元から無理な設定なんだよ。こんな任務に指名した内調、アホだなー」
愉快そうに笑う辻とは対照的に、椎奈は瞼を痙攣させつつ、精一杯、怒りを抑えた声で指示を出した。
「……丹生君、目立ち過ぎだ。至急、そこから撤退してくれ」
【り、了解……】
(椎奈さん、怖ぁ……。しかし、目立つなって言われても、俺なんもしてねぇじゃん……。どうすりゃいいんだよ……)
丹生は内心でぼやきながら「失礼、化粧室へ」と言いつつ、なんとかナンパ集団から抜け出すことに成功した。しかし、まだ追って来る者が数名いる。
【しつけーな、くそ……。一旦、トイレ入って時間置く】
「了解。羽咲、丹生の代わりに中央へ移動。丹生は戻り次第、出入り口付近で待機せよ」
【了解。ごめん、慧斗。うっかりしてた、申し訳ない】
【オッケー。全然大丈夫だから、気にしなくていいよ】
入れ違いに羽咲が中央へ移り、丹生はそそくさと会場を出る。ほっとしたのもつかの間、それでも付いてくる3人の男性客を確認すると、丹生は苦々しく舌打ちした。
【嘘だろ!? まだ来やがる……なんなの、アイツら。え、もしかしてバレた?】
「いや、辻に身元の確認をさせたが、いずれも資産家や実業家の息子たちで、女遊びの激しい馬鹿どもだ。逃げ果せれば問題無い」
【ボンボンかよ……めんどくせぇな】
駮馬の冷静な返答で安堵するも、化粧室まではまだ距離があり、ドレスにピンヒールの歩速では、撒くことも難しい。今にも追い付かれそうになった時、不意に前方から大柄な人物が現れた。
「おっと、危ない。大丈夫ですか? そんなに慌てて、何かお困りごとでも?」
ぶつかる寸前で両肩を優しく掴まれ、支えられる。顔を上げると、優美な笑みをたたえた朝夷が見下ろしていた。
(びっくりした……。こんなとこで何やってんだ、コイツ)
胡乱に思ったが、今は取り敢えず助けてもらうことにする。
「い、いえ……その……」
言葉を濁しながら背後をちらりと見ると、朝夷は目を細めてナンパ師たちを一瞥した。顔も体格も凄みも桁違いな美男に睨まれて、肝の小さい男たちは気圧され、バツが悪そうに丹生から離れていった。
「行ったようです」
「……ええ。助かりました、ありがとうございます」
「あなたはとても可憐で素敵だ。ここには妙な輩も多いですから、どうかお気をつけて」
「ご忠告、痛み入ります。では失礼」
聞いているほうが恥ずかしくなるような甘い台詞を、あっさり一蹴した丹生が化粧室へ向かうと、すかさず椎奈の叱責が飛ぶ。
「朝夷さん、勝手な行動は謹んで頂きたい。調査官同士の接触が、いかに危険かは、分かっているでしょう。すぐに持ち場へ戻って下さい」
【そう怒るほどのことはしてないだろ。バディの危機には、臨機応変に対応するもんだよ。ユーバはクロスの盾なんだからな、司令官殿】
「良いから早く戻って!」
【おお、怖い、怖い。分かったよ】
まったく悪びれる様子のない朝夷に、椎奈は敬語も忘れて語気を強めた。そんな椎奈の背後では、土岐と相模が小声で感嘆していた。
「格好良かったなー、朝夷さん。姫のピンチにあらわれる騎士って感じで、憧れるぜ」
「本当だな。何から何までスマートで、到底、敵わない格の違いを見せつけられるよ」
「予定外の行動は任務の妨げになる。褒められたことではないんだぞ」
「は、はい……すみません……」
すかさず椎奈に咎められ、土岐らは冷や汗をかきながら口をつぐむ。本部内は苛つく者と感心する者、苦笑する者とに別れ、やや気不味くなった。
丹生は数分、化粧室で時間を潰してから会場へ戻り、今度こそ毅然とした態度を保ちつつ、出入り口の壁にもたれかかって息を吐いた。
ターゲットが来るまで、あと20分弱である。
手ぶらでは不自然だと思い、料理や酒のグラスが並ぶ机に歩み寄った。ナンパ師が言っていた通り、オードブルはどれも本格的で美味しそうだった。海老料理と鶏料理に惹かれたものの、任務中に両手が塞がる事態は避けねばならないため、泣く泣く諦める。
(やっぱりドリンクしか駄目だよな。はぁ……シャンパンって嫌いだ。甘くない炭酸水は、もっと嫌い。なんでこういうとこの飲み物って、スパークリングしてるモンばっかなんだろ。水まで泡立てる必要あるのか? 庶民には辛い現場だぜ……)
などと考えながら無造作に卓上のグラスへ手を伸ばした時、同じグラスを選んだ誰かの手とぶつかった。
「失礼……」
咄嗟に手を引いて相手を見やると、上背のある40代前後の紳士だった。艶のある長髪を首の後ろで束ね、マオカラーのダークスーツを、上品に着こなしている。外見からすると、華国人らしく見えた。
男性はこちらへグラスを差し出し、滑らかな日本語で言った。
「こちらこそ失礼しました。お先にどうぞ」
「……有難うございます」
丹生は先ほどの失態を繰り返さぬよう、身を引きながら、遠慮がちにグラスを受け取った。その様子に、紳士は喉の奥で笑いながら別のグラスを取る。
「そう警戒しないでください。追いかけ回すつもりはありませんから」
「あ、はは……。お恥ずかしい所を見られてしまいましたね……」
やはり目立っていたか、と内心、舌打ちしながら苦笑する。
「美人に壁の花は、もったいないということでしょう。この国の方ですか?」
「ええ。貴方は?」
「私は上海から来ました、王睿という者です。しがない貿易屋を営んでおります。貴女さえよろしければ、虫よけ程度にはなれるかと思いますが、いかがでしょう? もちろん無理強いは致しませんが」
王と名乗った男の柔らかい言動と、流暢な日本語に気を許した丹生は、確かに1人くらいと話していたほうが囲まれずに済むし、問題ないだろうと判断し、にっこり微笑んで頷いた。
「ええ、是非お願いします」
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