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3章
25【愛煙家と憂鬱】
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「それにしても、すっかり電子タバコ派になったよね、りっちゃん。前は絶対、紙タバコ辞めないって言ってたのに。みんなも電子は続かないと思ってたし、賭けにまでなってたのが懐かしいよ」
ある日、オフィスで電子タバコ片手にデスクワークをしていた丹生の元へ、ひょっこり朝夷が現れてそんなことを言った。
「あー、そうだなぁ。最近、嫌煙が凄くて肩身狭いからさぁ。吸ってるうちに慣れてきたし、服とか髪に臭いつくの嫌だったから、逆にこっちのほうが良くなったわ」
日本帝国では近年、嫌煙、禁煙の煽りが増し、日々、愛煙家の居場所は無くなっている。特に国家機関への締め付けは厳しく、敷地内全面禁煙が積極的に行われているのだ。
そこで各国のタバコ会社が開発、販売を開始した加熱式電子タバコが爆発的に売れ、紙タバコに取って代わるように普及したのである。
「ま、量は相変わらずみたいだけど」
苦笑する朝夷の目線は、デスク上の灰皿に溢れかえる吸い殻に注がれている。
元々、丹生はヘビーを通り越したチェーンスモーカーだ。酷いときには日に5箱を吸いきり、周囲を困惑させたほどだった。紙タバコ時代、丹生のオフィスは霞がかかり、たまに煙探知機を鳴らしては局内を慌てさせていた。
「本省みたく全面禁煙って言われたら、即退職するな。特別局の所属でホント良かったわ」
「そうだね。先輩方もだけど、特にうちの管理職勢は所かまわず吸うもんね。この前、たまたま甲楽城局長とエレベーター乗り合わせたんだけど、普通に火ぃつけようとするからびっくりしたよ」
「それは猛者すぎるわ。相変わらず倫理感ゼロだな、あの人」
この特別局だけは他機関と違い、ビル内は全面喫煙可である。理由は朝夷が述べた通り、特別局のトップがヘビースモーカーだからだ。ストレスの多い職場なせいか、局内には喫煙者が非常に多いため、文句を言う者はほとんど居ない。
「電子タバコに慣れてから、逆に紙タバコが駄目になってさぁ。喫煙室とか行くと、臭くて長居できなくなったんだよ。吸うには吸えるんだけどね」
「へえ、そうなるものなんだ。引っ越してから煙草の臭いするようになったし、また紙タバコ始めたんだと思ってたよ」
その言葉に、丹生はぎくりとした。
「ああ……電子タバコってすぐ充電無くなるし、しょっちゅう壊れるからな。紙の吸うこともあるよ」
乾いた笑いを零しながら、丹生は内心、己の失言を悔いていた。
トップシークレットである同居人が、正にヘビースモーカーな管理職の1人、更科なのだ。もっと強力な空気清浄機を買ってもらうか、いっそ電子タバコにさせてしまおうか、などと考えていると、コンコンとオフィスの扉がノックされた。
「はーい」
「俺だ、入るぞ」
「お、棗か。珍し……」
考え事をしていたせいで、何気なく返事をしてしまってから丹生は気付いた。
「よお、棗」
「……居たんすか、朝夷さん」
朝夷と棗は少々ワケありで、特別局史上最悪と言えるほど犬猿の仲なのだ。満面の笑みの裏に威圧感を放つ朝夷と、真顔で嫌悪感を剥き出しにする棗。
丹生は溜め息をつきながら棗へ声をかけた。
「どうした?」
「お前、来週誕生日だろ。ちと早いが、プレゼント持ってきた。俺、しばらく国外出るから」
「えっ、マジで!? 嬉しー! なんだろー」
手渡された包みをいそいそと開け、中身を確認した瞬間、丹生の目は歓喜に輝いた。
「うそ! これリミテッドエディションじゃん! 欲しかったんだよー! さすが棗だぜ、ありがとう!」
「お前好きそうだなって、見た瞬間に思ったんでな」
それは発売されて間も無い電子タバコの限定カラーだった。メタルブラックの本体に差し色のレッドが映える、シンプルながらもスタイリッシュなデザインだ。
テンションが跳ね上がった丹生に、勝ち誇った顔で朝夷を見た棗は、片方の口角を上げて問うた。
「アンタは何あげるんすか?」
「ハハ、璃津の前で言うわけないだろ? 相変わらず無粋だなぁ、棗は。俺はちゃんと当日に渡すって決めてんの」
「へえ? 当日に、ねぇ」
意味深長な笑みを浮かべる棗に、朝夷は一抹の不安を覚える。
「りっちゃん、当日は空けといてね! 絶対に!」
「んー、当日って何曜だっけ?」
「木曜」
「ド平日じゃん。空けるもなにも、普通に仕事だわ」
「そ、そうだけど……夜! 仕事終わってから!」
丹生は確認のため、携帯のスケジュールを開いた。
「あー……ごめん、無理だわ。前乗りで函館だから、3日くらい戻らないんだった」
「嘘でしょ……」
「ふん。バディの予定くらい把握しとけよな。基本だろ」
「黙れ棗……俺はお前みたいな粘着質じゃないんだよ……。大体、他所のバディのリアル誕生日知ってるとか反則だからな。平然と同僚の機密侵害してんじゃねぇよ」
「おいおい、負け惜しみで品が悪くなってるぜ、朝夷先輩。それに、璃津が嫌がってなけりゃ侵害とは言わねーよ」
「くっそ……。腹立つなー、もー……」
朝夷は果てしない絶望感に打ちひしがれ、ソファへ沈んだ。
「プレゼントは喜んでもらえたし、鬱陶しい野郎の鼻もあかせたしで満足したわ。じゃ、お互い仕事頑張ろうな、璃津」
「うん。大事に使うよ、ありがとね」
片手を上げて棗が出て行くと、丹生はいそいそと貰ったばかりの電子タバコを充電し始め、ご満悦だ。
「りっちゃーん……誕生日くらい、出張断れよぉ……」
「ばっか、いい歳こいて誕生日で仕事選べるかよ。それに、俺としては涼しいとこ行けてラッキーだしな」
「こんなときばっかり大人ぶるんだから……。じゃあ、帰ってきたらデートして」
「嫌だよ。誰得だ、それ」
「一挙両得」
「お前のな!」
「ハハ、バレたか。そろそろ食事くらい、お付き合いしてくれませんかね。誕生日のとびきりプラン、考えますよ?」
「あいにく俺はド平民なもんでね。普通で結構だ」
「あーあ、またフラれたか……。ま、プレゼントは用意しとくから、出張気を付けて行くんだよ」
「ん、ありがと」
寂しげに笑いながら出て行く朝夷に、若干の罪悪感を感じる丹生。なぜなら出張とは名ばかりで、更科との避暑地バースデーバカンスなのである。
もう少し落ち着いたら、食事くらいしてやっても良いかな、と思い始める丹生であった。
◇
丹生は男女問わず、とにかくモテる。ユーバは仕事柄、女性人気が破格なのは当然だが、丹生だけはクロスながらも女性からのお声掛けが絶えない。これはそんな丹生の、とある憂鬱な1日のお話である。
今日は指名を受けた特別調査官らが本庁に出向き、本部や各支部局との合同会議に出席する日だ。今回のメンバーは丹生、朝夷、阿久里、椎奈、神前、郡司である。
「いらっしゃったわ! プリンスよ!」
「相変わらず麗しいわぁ。モデルみたい」
「あのミステリアスな感じ、堪らないのよねー」
本庁廊下を歩く丹生を、女性職員が黄色い声を上げながら見送っている。この日の来庁者は、普段の数倍に跳ね上がる。目的は言わずもがな、特別調査官らを見るためだ。
「お疲れ様です、丹生さん!」
「お疲れ様ー」
笑顔で挨拶を返していると、背後から朝夷が追い付いてきた。当然のように丹生の横に並ぶと、女性達のトーンは一気に上がる。
「キャー! キングよぉ!」
「プリンスとキングのツーショット!」
「並んで歩いてるなんて、眼福すぎるわぁ」
ユーバとクロスは特別調査官の中でも格別に外見重視であり、そのエースバディともなると嫌でも目立つ。騒がれるのも無理はないのだ。
その頃、丹生と朝夷の間では、ひそひそとこんな会話がされていた。
「りっちゃん、おはよ。いつもながら大人気だね。今日も可愛いよ」
「げ、長門……! バカ、こっち来るんじゃねぇよ!」
「ええっ!? 朝イチの挨拶がそれって酷すぎない!?」
「お前と居ると、周りが更にうるさくなるんだよ! 見たら分かんだろ!」
「良いじゃない、そんなの気にしなくても」
「知ってるか? お前、キングとか呼ばれてんだぜ。ウケる」
「りっちゃんはプリンスだよね。あだ名まで可愛い。でもさぁ、王と王子は嫌だなー。それじゃ近親相姦になっちゃうでしょ?」
「お前の着眼点のほうが嫌だよ、俺は」
と、そこへ騒ぎを聞きつけた神前が現れ、眉をひそめて苦言を呈す。
「騒がしいと思ったら、お前ら一緒に歩くなよ。無駄に目立つから」
またもや女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
「やだ、うそ! クイーンよ!」
「スリーショットですって!?」
「さすがクイーン。女性より美しいわぁ」
神前はその凛とした雰囲気と女性的な顔立ちから、クイーンと呼ばれている。ヒートアップする周囲のテンションに、ますますげっそりする丹生。
「ナナちゃん……ごもっともなんだけれどもさ……ちょっとタイミング悪いわ……」
「は? なんでだよ」
「あー、神前は自覚ないのなー」
「さっきから何の話してるんですか、あんたら」
と、疑問符を浮かべる神前の後ろに見えた人物に、丹生はすべてを諦めてそっと耳を塞いだ。
「雁首揃えて何やってんの。大騒ぎになってるよ」
「わお、郡司。こりゃまずいね」
朝夷は飄々と笑っているが、神前はまだ状況が分かっておらず、怪訝な顔で首をかしげている。ひょっこり登場した郡司に、本庁廊下は今日1番の盛り上がりを見せた。
「ナイトのお出ましよー!」
「すごい! 4人揃うだなんて、ほとんど奇跡じゃない!」
「網膜に焼き付けとかなきゃ!」
丹生は防ぎきれない騒ぎに落胆し、深く溜め息をついた。郡司が身をかがめて丹生を覗き込む。
「璃津、どうしたの? 耳なんか塞いで。しかもめっちゃ窶れてない? 寝不足?」
「ハハ、4人揃っちゃったからなー」
「だから何なんですか、朝夷さん。なんの騒ぎですか、これ」
「ごっそり火に油注いだの、ナナちゃんと郡司だからね……。今代まで恨んでやる……」
「今代って短いな。っていうか俺らが悪いの? これ、お前と朝夷さんの人気だろ?」
「自覚無しバディってのも、かなりタチ悪いなぁ。俺ら4人、変なあだ名つけられてるんだよ」
「あだ名?」
朝夷の言葉に、神前と郡司は揃って首をかしげた。
「そ。りっちゃんはプリンス、神前はクイーン、郡司はナイト、俺はキングなんだってさ」
「なんですか、それ……」
「ええ、俺がナイト? 朝夷さんのほうが、甲冑とか剣とか似合いそうなのに?」
「だよなぁ。俺が王だったら、嫁は神前ってことになるじゃん? おかしくない? 俺的には郡司がキングで、俺はりっちゃんのナイトが良い」
「あー、それしっくりきますねー」
「気にするところがおかしいんだよ、お前ら。仲良しか。あーもう、まじうるせー……。寝起きに勘弁して欲しいぜ……」
「呼び名なんてどうでも良いが、確かに朝からこの喧騒はキツいな。俺らはあっちから行こう、璃津」
「うん……」
「俺たちも別で行こうか、郡司。会議終わったら、4人でランチして帰ろうよ」
「お、良いですねー。ここらで美味そうな店、探しときます」
そうしてクロスとユーバに別れ、互いに目的地までかなり遠回りせざるを得ない、人気バディたちなのであった。
ちなみに、阿久里と椎奈はこの騒ぎの後に来たため、どさくさに紛れて会議室への最短ルートを通れたのであった。
ある日、オフィスで電子タバコ片手にデスクワークをしていた丹生の元へ、ひょっこり朝夷が現れてそんなことを言った。
「あー、そうだなぁ。最近、嫌煙が凄くて肩身狭いからさぁ。吸ってるうちに慣れてきたし、服とか髪に臭いつくの嫌だったから、逆にこっちのほうが良くなったわ」
日本帝国では近年、嫌煙、禁煙の煽りが増し、日々、愛煙家の居場所は無くなっている。特に国家機関への締め付けは厳しく、敷地内全面禁煙が積極的に行われているのだ。
そこで各国のタバコ会社が開発、販売を開始した加熱式電子タバコが爆発的に売れ、紙タバコに取って代わるように普及したのである。
「ま、量は相変わらずみたいだけど」
苦笑する朝夷の目線は、デスク上の灰皿に溢れかえる吸い殻に注がれている。
元々、丹生はヘビーを通り越したチェーンスモーカーだ。酷いときには日に5箱を吸いきり、周囲を困惑させたほどだった。紙タバコ時代、丹生のオフィスは霞がかかり、たまに煙探知機を鳴らしては局内を慌てさせていた。
「本省みたく全面禁煙って言われたら、即退職するな。特別局の所属でホント良かったわ」
「そうだね。先輩方もだけど、特にうちの管理職勢は所かまわず吸うもんね。この前、たまたま甲楽城局長とエレベーター乗り合わせたんだけど、普通に火ぃつけようとするからびっくりしたよ」
「それは猛者すぎるわ。相変わらず倫理感ゼロだな、あの人」
この特別局だけは他機関と違い、ビル内は全面喫煙可である。理由は朝夷が述べた通り、特別局のトップがヘビースモーカーだからだ。ストレスの多い職場なせいか、局内には喫煙者が非常に多いため、文句を言う者はほとんど居ない。
「電子タバコに慣れてから、逆に紙タバコが駄目になってさぁ。喫煙室とか行くと、臭くて長居できなくなったんだよ。吸うには吸えるんだけどね」
「へえ、そうなるものなんだ。引っ越してから煙草の臭いするようになったし、また紙タバコ始めたんだと思ってたよ」
その言葉に、丹生はぎくりとした。
「ああ……電子タバコってすぐ充電無くなるし、しょっちゅう壊れるからな。紙の吸うこともあるよ」
乾いた笑いを零しながら、丹生は内心、己の失言を悔いていた。
トップシークレットである同居人が、正にヘビースモーカーな管理職の1人、更科なのだ。もっと強力な空気清浄機を買ってもらうか、いっそ電子タバコにさせてしまおうか、などと考えていると、コンコンとオフィスの扉がノックされた。
「はーい」
「俺だ、入るぞ」
「お、棗か。珍し……」
考え事をしていたせいで、何気なく返事をしてしまってから丹生は気付いた。
「よお、棗」
「……居たんすか、朝夷さん」
朝夷と棗は少々ワケありで、特別局史上最悪と言えるほど犬猿の仲なのだ。満面の笑みの裏に威圧感を放つ朝夷と、真顔で嫌悪感を剥き出しにする棗。
丹生は溜め息をつきながら棗へ声をかけた。
「どうした?」
「お前、来週誕生日だろ。ちと早いが、プレゼント持ってきた。俺、しばらく国外出るから」
「えっ、マジで!? 嬉しー! なんだろー」
手渡された包みをいそいそと開け、中身を確認した瞬間、丹生の目は歓喜に輝いた。
「うそ! これリミテッドエディションじゃん! 欲しかったんだよー! さすが棗だぜ、ありがとう!」
「お前好きそうだなって、見た瞬間に思ったんでな」
それは発売されて間も無い電子タバコの限定カラーだった。メタルブラックの本体に差し色のレッドが映える、シンプルながらもスタイリッシュなデザインだ。
テンションが跳ね上がった丹生に、勝ち誇った顔で朝夷を見た棗は、片方の口角を上げて問うた。
「アンタは何あげるんすか?」
「ハハ、璃津の前で言うわけないだろ? 相変わらず無粋だなぁ、棗は。俺はちゃんと当日に渡すって決めてんの」
「へえ? 当日に、ねぇ」
意味深長な笑みを浮かべる棗に、朝夷は一抹の不安を覚える。
「りっちゃん、当日は空けといてね! 絶対に!」
「んー、当日って何曜だっけ?」
「木曜」
「ド平日じゃん。空けるもなにも、普通に仕事だわ」
「そ、そうだけど……夜! 仕事終わってから!」
丹生は確認のため、携帯のスケジュールを開いた。
「あー……ごめん、無理だわ。前乗りで函館だから、3日くらい戻らないんだった」
「嘘でしょ……」
「ふん。バディの予定くらい把握しとけよな。基本だろ」
「黙れ棗……俺はお前みたいな粘着質じゃないんだよ……。大体、他所のバディのリアル誕生日知ってるとか反則だからな。平然と同僚の機密侵害してんじゃねぇよ」
「おいおい、負け惜しみで品が悪くなってるぜ、朝夷先輩。それに、璃津が嫌がってなけりゃ侵害とは言わねーよ」
「くっそ……。腹立つなー、もー……」
朝夷は果てしない絶望感に打ちひしがれ、ソファへ沈んだ。
「プレゼントは喜んでもらえたし、鬱陶しい野郎の鼻もあかせたしで満足したわ。じゃ、お互い仕事頑張ろうな、璃津」
「うん。大事に使うよ、ありがとね」
片手を上げて棗が出て行くと、丹生はいそいそと貰ったばかりの電子タバコを充電し始め、ご満悦だ。
「りっちゃーん……誕生日くらい、出張断れよぉ……」
「ばっか、いい歳こいて誕生日で仕事選べるかよ。それに、俺としては涼しいとこ行けてラッキーだしな」
「こんなときばっかり大人ぶるんだから……。じゃあ、帰ってきたらデートして」
「嫌だよ。誰得だ、それ」
「一挙両得」
「お前のな!」
「ハハ、バレたか。そろそろ食事くらい、お付き合いしてくれませんかね。誕生日のとびきりプラン、考えますよ?」
「あいにく俺はド平民なもんでね。普通で結構だ」
「あーあ、またフラれたか……。ま、プレゼントは用意しとくから、出張気を付けて行くんだよ」
「ん、ありがと」
寂しげに笑いながら出て行く朝夷に、若干の罪悪感を感じる丹生。なぜなら出張とは名ばかりで、更科との避暑地バースデーバカンスなのである。
もう少し落ち着いたら、食事くらいしてやっても良いかな、と思い始める丹生であった。
◇
丹生は男女問わず、とにかくモテる。ユーバは仕事柄、女性人気が破格なのは当然だが、丹生だけはクロスながらも女性からのお声掛けが絶えない。これはそんな丹生の、とある憂鬱な1日のお話である。
今日は指名を受けた特別調査官らが本庁に出向き、本部や各支部局との合同会議に出席する日だ。今回のメンバーは丹生、朝夷、阿久里、椎奈、神前、郡司である。
「いらっしゃったわ! プリンスよ!」
「相変わらず麗しいわぁ。モデルみたい」
「あのミステリアスな感じ、堪らないのよねー」
本庁廊下を歩く丹生を、女性職員が黄色い声を上げながら見送っている。この日の来庁者は、普段の数倍に跳ね上がる。目的は言わずもがな、特別調査官らを見るためだ。
「お疲れ様です、丹生さん!」
「お疲れ様ー」
笑顔で挨拶を返していると、背後から朝夷が追い付いてきた。当然のように丹生の横に並ぶと、女性達のトーンは一気に上がる。
「キャー! キングよぉ!」
「プリンスとキングのツーショット!」
「並んで歩いてるなんて、眼福すぎるわぁ」
ユーバとクロスは特別調査官の中でも格別に外見重視であり、そのエースバディともなると嫌でも目立つ。騒がれるのも無理はないのだ。
その頃、丹生と朝夷の間では、ひそひそとこんな会話がされていた。
「りっちゃん、おはよ。いつもながら大人気だね。今日も可愛いよ」
「げ、長門……! バカ、こっち来るんじゃねぇよ!」
「ええっ!? 朝イチの挨拶がそれって酷すぎない!?」
「お前と居ると、周りが更にうるさくなるんだよ! 見たら分かんだろ!」
「良いじゃない、そんなの気にしなくても」
「知ってるか? お前、キングとか呼ばれてんだぜ。ウケる」
「りっちゃんはプリンスだよね。あだ名まで可愛い。でもさぁ、王と王子は嫌だなー。それじゃ近親相姦になっちゃうでしょ?」
「お前の着眼点のほうが嫌だよ、俺は」
と、そこへ騒ぎを聞きつけた神前が現れ、眉をひそめて苦言を呈す。
「騒がしいと思ったら、お前ら一緒に歩くなよ。無駄に目立つから」
またもや女性陣から黄色い悲鳴が上がった。
「やだ、うそ! クイーンよ!」
「スリーショットですって!?」
「さすがクイーン。女性より美しいわぁ」
神前はその凛とした雰囲気と女性的な顔立ちから、クイーンと呼ばれている。ヒートアップする周囲のテンションに、ますますげっそりする丹生。
「ナナちゃん……ごもっともなんだけれどもさ……ちょっとタイミング悪いわ……」
「は? なんでだよ」
「あー、神前は自覚ないのなー」
「さっきから何の話してるんですか、あんたら」
と、疑問符を浮かべる神前の後ろに見えた人物に、丹生はすべてを諦めてそっと耳を塞いだ。
「雁首揃えて何やってんの。大騒ぎになってるよ」
「わお、郡司。こりゃまずいね」
朝夷は飄々と笑っているが、神前はまだ状況が分かっておらず、怪訝な顔で首をかしげている。ひょっこり登場した郡司に、本庁廊下は今日1番の盛り上がりを見せた。
「ナイトのお出ましよー!」
「すごい! 4人揃うだなんて、ほとんど奇跡じゃない!」
「網膜に焼き付けとかなきゃ!」
丹生は防ぎきれない騒ぎに落胆し、深く溜め息をついた。郡司が身をかがめて丹生を覗き込む。
「璃津、どうしたの? 耳なんか塞いで。しかもめっちゃ窶れてない? 寝不足?」
「ハハ、4人揃っちゃったからなー」
「だから何なんですか、朝夷さん。なんの騒ぎですか、これ」
「ごっそり火に油注いだの、ナナちゃんと郡司だからね……。今代まで恨んでやる……」
「今代って短いな。っていうか俺らが悪いの? これ、お前と朝夷さんの人気だろ?」
「自覚無しバディってのも、かなりタチ悪いなぁ。俺ら4人、変なあだ名つけられてるんだよ」
「あだ名?」
朝夷の言葉に、神前と郡司は揃って首をかしげた。
「そ。りっちゃんはプリンス、神前はクイーン、郡司はナイト、俺はキングなんだってさ」
「なんですか、それ……」
「ええ、俺がナイト? 朝夷さんのほうが、甲冑とか剣とか似合いそうなのに?」
「だよなぁ。俺が王だったら、嫁は神前ってことになるじゃん? おかしくない? 俺的には郡司がキングで、俺はりっちゃんのナイトが良い」
「あー、それしっくりきますねー」
「気にするところがおかしいんだよ、お前ら。仲良しか。あーもう、まじうるせー……。寝起きに勘弁して欲しいぜ……」
「呼び名なんてどうでも良いが、確かに朝からこの喧騒はキツいな。俺らはあっちから行こう、璃津」
「うん……」
「俺たちも別で行こうか、郡司。会議終わったら、4人でランチして帰ろうよ」
「お、良いですねー。ここらで美味そうな店、探しときます」
そうしてクロスとユーバに別れ、互いに目的地までかなり遠回りせざるを得ない、人気バディたちなのであった。
ちなみに、阿久里と椎奈はこの騒ぎの後に来たため、どさくさに紛れて会議室への最短ルートを通れたのであった。
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