九段の郭公【完結】

四葩

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3章

26【アオハル甘苦】

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「あっれー? 丹生たんしょうちゃんじゃーん。随分、お久し振りだねぇ」
「げっ、伊座屋いざやさん……。お、お久し振りですー……」

 この日、丹生は局内で苦手な人物トップスリーに入るこの男、伊座屋いざやに出くわしてしまった。細身ながらすらりと高身長で、長い黒髪をポニーテールにしている。

「やだなー、あからさまに顔に出しちゃって。それが先輩への態度なワケ? それとも、特例エース様には目上への敬意なんてないってこと?」
「い、いえ、そんなつもりは……」

 高圧的で嫌味たっぷりの物言いにイラッとするが、なんとか堪える。そこへ、丹生宛の書類を持った土岐ときがやって来た。

「丹生さん、これ……あ、お取り込み中でしたか?」
「ああ……いや、貰うよ。有難う」
「これはこれは、可愛い坊ちゃんだ。今年の新人くんだよね。丹生ちゃんの部下?」
「違いますよ。彼はユーバですし、俺に直属の部下は居ません」
「あは、そーだよねぇ。丹生ちゃんの直属になんてなったら、その子が可哀想だもんねぇ」
「はは……。まぁ、そうですね……」

 場の空気が最悪であると察した土岐は、そっと丹生に耳打ちした。

「誰なんすか、この人。めちゃくちゃ感じ悪いんですけど……」
「あー……まぁ、一応、先輩だからな。仕方ないさ」

 土岐に苦笑しつつ答えていると、カツカツと靴音を鳴らしながら近付いてくる男を視認し、丹生の顔色が更に悪くなる。

「おい伊座屋、勝手にうろつくんじゃない」
「ごめーん。ちょっと懐かしい顔を見つけちゃってさぁ。ホラ、姫榁ひむろも久し振りでしょ? 丹生ちゃん」

 直毛の黒髪を肩の辺りで切り揃え、フレームレスの眼鏡をかけて、雰囲気にも性格の厳しさが滲み出ているのは姫榁だ。因みに姫榁も、丹生苦手人物トップスリーの1人である。

「……久し振りだな、丹生」
「お久し振りです、姫榁さん」
「顔を合わせるのは、何年振りだったか」
「12年ほどかと。ご無沙汰しております」
「沙汰は結構だ。お互い話すことも無いし、君も俺達とは会いたくないだろうからな」

 丹生は数年ぶりに胃がキリキリと痛む感覚を思い出した。伊座屋1人でさえ全精神力を費やすというのに、姫榁まで加わってはいつまで持つやら、と内心げっそりする。

「12年も経ったなんて信じられないねぇ。キミ、全然老けないんだもん。まるで学生さんみたいに若々しい。しょっちゅうイントレしてれば、お肌にツヤが出るのかなぁ?」
「ちょっと! さっきから失礼じゃないですか、貴方がた!」
「やめとけ、土岐。俺は大丈夫だから」

 聞いていられなくなった土岐が抗議するも、姫榁は冷ややかに一瞥して口元を歪めた。

「おや、君も部下を持ったのか。特例様は出世も順調らしいな」
「いえ、違……」
「もー、姫榁ったらー。丹生ちゃんに部下なんて付くわけないでしょ? 可哀想なこと言わないであげてよ」
「……丹生さん、俺もうキレそうなんすけど……」
「やだなぁ、こわーい」
「フン、本当に調査部は躾のなってない駄犬ばかりだな」
「この……っ!」
「ちょ、待って土岐、落ち着いて! この方々は14年目の大先輩なんだよ!」

 あわや殴りかかりそうな土岐を抑えながら、丹生が早口で紹介した。

「14年……ってことは、朝夷あさひなさんと同期の方々ですか?」

 朝夷の名が出た瞬間、場の空気がピシッと音を立てて固まった。それは丹生が今、最も出して欲しくなかった名前だったのだ。伊座屋と姫榁が、ぞわりと殺気を放つ。

「……へえ? まだ生きてるんだ、あの男……」
「聞いただけで吐き気がする……」
「あー……この人達は、あいつの元バディなんだよ……」
「えっ!? じゃあ朝夷さんの元カ──」

 丹生は秒で土岐の口を塞いだが、すでに遅く。伊座屋が金切り声を上げた。

「元、なんてぇ!? そういう呼び方やめてくれる!? あんなの、数の内にも入りゃしない!」
「そうだな。その表現は非常に不愉快だ」
「す、すいません。彼はまだ研修官なので、あまり事情を知らないんですよ。大目に見てやって下さい」

 激昂する2人と土岐の間に割って入りながら、丹生は必死でフォローをかける。

「ああ、ムカつく! 寄ってたかって、バカにするんじゃないっつーの! あの偉そうなニヤけヅラ……思い出しただけで腑が煮え繰り返るわ!」
「最早、思い出したくもない……。消し去りたい過去だ……」

 まだブツブツ言っている2人と、冷や汗と苦笑を貼り付けている丹生を見て、土岐は一体、何をしたらここまで恨まれるんだろう、と思わざるを得なかった。そんな空気をなんとかしようと、丹生は伊座屋たちに問いかける。

「と、ところで、今日はどうされたんですか? 調査部にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
「あ! うっかりしてたわー。更科さらしな部長はいらっしゃるかな?」
「部長なら多分、オフィスに居ると思いますよ」
「伊座屋が寄り道するから、予定時刻を大幅に過ぎているじゃないか」
「人のせいにしないでよー。道に迷ったのは姫榁でしょー?」
「う、うるさい! 滅多にこの階へは来ないのだから、仕方がないだろう!」
「部長室は、この先の突き当たりを左へ行けばすぐですよ。予定時刻を過ぎているなら、急がれたほうが良いんじゃ……」
「は? なに、その言い方。先輩に意見してんの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「伊座屋、もういい。場所は分かったんだから急ぐぞ。もたもたしていたら、最も会いたくない奴にまで会ってしまう」
「それもそうだねぇ。それじゃ丹生ちゃん、また今度、ゆっくりお話ししようねぇ」
「は、はい……。お疲れ様です……」

 嫌味ったらしく言って去って行く伊座屋たちを見送り、丹生はどっと脱力してその場にへたりこんだ。咄嗟に支えた土岐が、心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫ですか!? 俺、余計なこと言っちゃったみたいで……ホントすいませんでした!」
「いーの、いーの……気にしないで。あの人達、昔からあんな感じだし……」
「とりあえず、また鉢合わせてもアレですから、オフィスに戻りましょう」
「うん……」

 土岐に支えられながらオフィスへたどり着き、ソファへ座ると深く溜め息をついた。即座に手元へ電子タバコとコーヒーを用意してくれる土岐に、丹生は薄く笑いかける。

「有難う、土岐は出来た子だね。なつめが羨ましいわ。本当に部下に欲しいくらいだよ」
「い、いや、そんな……っ」

 実習で急接近されたうえ、船上任務で非の打ち所の無い仕事振りを見て以来、土岐はすっかり丹生のファンになっていた。普段は余裕綽々しゃくしゃくな丹生に弱々しく微笑まれ、初めて見る表情に胸が高鳴るが、今はときめいている場合ではない。

「しかし、嫌な人達でしたね。あの感じだと、やっぱり朝夷さん絡みなんですよね?」
「まぁね。俺も入る前のことだから聞いた話だけど、長門ながとがバディをコロコロ変えてたらしくてさ。そのせいであの2人、調査官から外されて事務部に移動になったんだって」
「ええっ!? それは……あんなに殺気立つのも納得ですね……」
「そ。だから、俺みたいなのがあっさり長門のバディにおさまって、よろしくやってんのが気に食わないのさ。そりゃそうだよな。あっちは正真正銘のキャリアなのに、しょうもない理由でエリートコースから弾かれたんだもん」
「でも、それと丹生さんは関係無いじゃないですか。朝夷さんを恨むのは仕方ないですけど、丹生さんが責められるのはただの嫉妬っていうか、逆恨みでしょう。そんなの理不尽だと思います」
「優しいね、土岐は。でもさ、ろくに外国語もできないノンキャリなんて、血統書付きにとっては鼻に付くでしょ。あの人達も、どっかに捌け口が無いとやってらんないんだよ」
「俺は丹生さんのこと、そんなふうに思ってませんよ。仕事振りとか人柄とか見てると、本当に凄い人だと分かります。実力主義の特別局に、家柄や学歴のアドバンテージがメインで入ったんなら、弾かれるのも当然ですよ」

 ふ、と丹生は笑みをこぼした。まっすぐに意見が言える性格と若さが、好ましく思えたのだ。

「土岐が居てくれて良かったよ。1人だったら今頃、すごい鬱になってたわ。直属の上司でもないのに、真剣に怒ってくれて嬉しかった」

 屈託のない笑顔で頭を撫でられ、土岐はかあっと頬が熱くなるのを自覚した。抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。

「い、いえ……。じゃあ俺、そろそろ行きますね。直属とか関係無く、何かあったらいつでも呼んで下さい。飛んできますんで」
「うん、ありがとう」

 逃げるように丹生のオフィスを飛び出した土岐は、一目散にトイレを目指した。若いというのは、かくも欲望に忠実である。誰にも知られないうちに、さっさと落ち着けてしまわねば、と焦っていたせいで、オフィスを出てすぐに誰かとぶつかった。

「うおっと……土岐? そんなに慌ててどうし──」
「さ、相模さがみ……っ」

 ぶつかった相手は相模で、思い切り張り詰めた下半身を見られてしまった。相模は飛び出してきたオフィスと土岐を交互に見ると、青ざめて口をぱくぱくさせている。土岐は前かがみで首を左右に振り、潔白を訴えた。

「ち、違……違うぞ! まじで違うからな!」
「……お前……これはさすがに、命知らずが過ぎるだろ……」
「ホントに違うんだって! 何もしてないし、もちろんされてないからな! 絶対、誰にも言うなよ!」
「わ、分かったから……。とりあえずそれ、なんとかしてこいよ。事情は後で聞くから」

 数分後。ようやく落ち着いた土岐と相模は、人が居ないことを確認して仮眠室へ入った。

「それで、一体なにがあったんだ?」
「実は、かくかくしかじか……」

 ざっくりと先ほどの出来事を話すと、相模は「なるほど……」と溜め息を吐いた。

「ギャップ萌えって、破壊力すごいもんな。そんな弱ってる丹生さんに触られたら、俺も平静で居られるかどうか分からん。というか、たぶん無理だ」
「だろ? もう、なんかこう、ぎゅーって抱きしめたくなってさ……。あの儚さが庇護欲を掻き立てるというか、何というか……」
「分かる。そもそも、表現しがたい色気があるんだよな、あの人。まさにミステリアスの極み」
「アレはやばい……。あんなの何度もやられたら、マジになりそうで怖ぇよ……」
「好きな気持ちは悪いことじゃないし、応援してやりたいのはやまやまだけど……相手が悪すぎるんだよなぁ。自分のためにも、すっぱり諦めたほうが良いかもな」
「そうだよな……。そもそも、あの人が俺なんかに興味持つはずないんだし……。とにかく、揉めないように頑張るわ……」

 こうして若きユーバたちの青い春は、甘苦く過ぎて行くのだった。
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