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4章
36【過去、現在、未定】
しおりを挟む池袋駅東口。混雑する出入り口のすぐ傍にあるカフェの前で、丹生はその人を見つけた。
「お待たせ。久し振りだね、先生」
「ああ、久し振り。元気そうで良かった」
「うん。中、入ろうか」
店内へ入り、各々コーヒーを注文して喫煙席へ向かう。
丹生の向かいへ座る男は、久世 崇宏。丹生が通っていた中学の元教諭だ。知的で厳しい佇まいの割に人情に厚く、保護者からも生徒からも慕われている人物だ。
そして、丹生の初めての男である。今でこそ元教え子と恩師という立場に落ち着いているが、付き合いの長さは優に15年を超えている。
「何年振りかな、こうして会うの」
「2年は経ったかな。学会でこちらへ来たとき以来だから」
「先生は変わらないね」
「璃津はますます美人になった。すっかり洗練された都会人だな」
「またまたぁ。もう30過ぎのオッサンだよ。連絡もらって驚いた。なんでこっちに居るの? また学会?」
「いや、娘がこちらで就職してね。忙しくて帰省できないから、妻と年に何度か来てるんだよ」
「ああ、なるほど。娘さんも立派になったでしょ。もう結婚した?」
「いや、アレはもう仕事と結婚する気だな」
「あはは、さすがエリート一家」
丹生と関係があった頃、久世は四十路を超えており、丹生より3歳下の娘が居た。
教師と生徒、不倫、同性愛、年齢差、と倫理的には不適切も甚だしい関係だったが、丹生は後悔したことなど一度も無い。すべて理解した上で真剣に愛し、愛される悦びに満たされていたからだ。
「それで、今は何をしてるんだ?」
「あー……詳しくは言えないんだけど、公安庁で働いてる」
「公安庁!? 凄いじゃないか! お前は特別な子だと思っていたけど、まさか官界入りするとは。驚いたな」
「確かにまさかだよね。これ絶対、誰にも言わないでね。本当は話しちゃいけないから」
「分かった。しかし立派になったな。嬉しいよ」
「いや、全然。周りはエリートだらけで、肩身が狭いったらないもん」
「今日も仕事帰りかい?」
「うん。同僚に送ってもらった」
「なんというか……意外とラフな格好で良いんだな。とても省庁の人間には見えないよ」
久世は丹生のピアスや帽子等の装飾品や、裾を出しっ放しにしたデザインシャツを見て苦笑した。
「まぁ仕事柄、いかにも政府の人間って格好はしないね。平たく言えばスパイだから、何から何まで嘘の世界だよ」
「ああ、そうか。勉強不足ですまない。しかし、ミステリアスな璃津にはぴったりな仕事だね」
「あらやだ先生、お上手」
軽口を叩きあっていると、丹生の私用携帯が鳴った。
「ちょっとごめん」
「どうぞ」
丹生はその場に座ったまま電話を取った。
「お疲れ。どうした?」
【お疲れ。今ちょっと良いか?】
相手は風真だ。私用にかけてくるのは珍しい。
「外だから手短に頼む。また橘パパのこと?」
【いや、仕事じゃないんだ。だから私用にかけてる。それにお前の社用携帯、外部からの着信が拒否されてて繋がらないぞ】
「ああ、そうだった。で、なに?」
【ちょっと心配でな。お前、大丈夫か?】
「もしかして、風真にも俺関係の連絡行ってた?」
【もう各界から引っ切り無しさ。特に相良国務大臣がしつこくて参ったよ】
「悪いね、とばっちりで。でも、相良大臣は俺のせいじゃないからな。あの吉原狂いの色呆けが悪い」
【そうだな。まあ、状況が分かってるなら良いんだが。どうも雲行きが怪しくなってきたから、一応の安否確認だ。いつも世話になってるからな】
「お気遣いどうも。今のところ大丈夫だよ。朝夷にケツ持ってもらってるし」
【ああ、お前の周りは完全無欠の巨大要塞が聳えていたな】
「かなり目障りだけどね」
【おいおい、それ以上に心強い物は無いぞ。ま、俺も負けてないと思うが】
「お前、本当マウント好きだな。あ、じゃあ相良大臣はそっちで抑えてよ。相模が携帯鳴るたびにげっそりしてるの、いい加減で可哀想だから」
【旧華族サマも大変だな。分かったよ。その件は引き受けた】
「任せる。じゃ、もう切るぞ。結月さんによろしく伝えて」
【ああ、またな】
丹生は携帯を投げるように置くと嘆息した。心配そうな顔の久世が、遠慮がちに声をかける。
「大丈夫か?」
「ごめんね、長くなっちゃって」
「それは構わないが……本当に政界に関わっているんだと思い知ったよ。なにか困り事か?」
「ちょっとごたついててね。まあ、俺はほぼ蚊帳の外なんだけど。代わりに周りが大変そうだよ」
「何だか、ますます存在が遠く感じてきたな」
「大袈裟だよ、俺は変わってないもん。この前、ちょうどそんな話が出てさ。改めて俺ってお子様だなぁと痛感したよ」
「お前は昔から魅力的で、不思議な子だったよ。更に磨きがかかったと思うけどな」
「そんなに良いものじゃないさ。先生はどうなの? まだ担任持ってんの?」
「いや。今年、校長にされてね。大して給料も上がらんのに、雑務がどっと増えたよ」
「凄いじゃん、おめでとう!」
「ただの馬車馬だよ。お前のほうがよっぽど凄いさ」
「もー、相変わらず褒め過ぎ」
「本当のことだよ」
年齢を重ねて凄味を増した双眸にじっと見つめられ、丹生は落ち着かない気分で足を組み替えた。体の関係を絶ったとは言え、何となく雰囲気は残るものである。
「ところで、この後なんだが……」
と、久世が口火を切った瞬間、机に放り出していた丹生の携帯が音を立てて振動した。椅子から浮くほどビクッとして液晶を見ると、更科の名が表示されている。丹生はあからさまに嫌な顔をした。
「どうした? 拙い相手?」
「……いや、上司から……。何度もごめん、ちょっと待ってね」
「構わないよ」
はあ、と嘆息してから通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間、明らかにご機嫌斜めな声音が聞こえてきた。
【お前、今どこ】
「あー……池袋……」
【そんな所で何してる。お前、定時で上がっただろ】
「ごめん、連絡するの忘れてた。ちょっと恩師と会ってて……」
【……ふうん。遅くなるのか?】
「いや、もうちょいしたら帰るよ」
【じゃ、迎えに行く】
「えっ!? いいよ、電車で帰るから。部長、もう家でしょ?」
【まだオフィス】
「じゃあなんで俺が外なの知ってんの?」
【社用携帯のGPS】
「ああ……ってことは、どこに居るか知ってて聞いたんだね。性格悪くない?」
【お前が地下駐降りてくのが見えたからな。隠れてコソコソ何やってんだろうなぁ、おい】
丹生は心底ギョッとした。人けが無いことは確認したのに、一体どこで見ていたのか、そしてどこまで見たのだろうか。背中に冷たい物が流れるが、努めて平静を装う。
「お、送って貰っただけだよ。じゃあ、お迎えお願いしようかなー……」
【うん。ついでに紹介しろよ】
「は!? なんで!?」
【なんとなく】
「嫌だよ! ヤバイ組織に入ったと思われる!」
【お前、それどういう意味?】
「自分の外見、自覚してよ……。新宿ならまだしも、ここ池袋だよ? 目立って仕方ないわ」
【誰が降りるっつったよ。車まで連れて来い】
「なんて横柄な……。まったくもう、分かった、一応頼んでみる。着いたら連絡して。東口のカフェに居るから」
またもや力無く息を吐き、携帯を置く丹生に苦笑する久世。
「大丈夫か?」
「んー……。ちょっと、帰りに上司に紹介して良い?」
「えっ、なんで?」
「分かんないけど、紹介してくれって言われて……。困るよね? 本当ごめん……」
「い、いや、良いけど……。上司ってことはお偉いさんだろ? 緊張するなぁ」
「あんまりお堅いイメージ持たないで。あの人も相当な変わり者というか、俺と大差ない……いや、俺より酷いな……」
「上司にすらその言い草とは、流石だな」
「俺、その人に拾われて入庁したんだ。だから他の職員より仲良いっていうか。あの人も第二の恩人だからさ」
「そうか……。良い人に巡り会えたんだな」
「もうね、運だけで生きてる感じだよ」
「運も実力の内だ。お前には人を惹きつける力があるのさ」
そうこうしているうちに更科から到着の連絡が入り、2人はカフェを後にした。
路肩に停められた黒塗りのセダンから降り立った更科は、丹生の予想通り、道行く人々をギョッとさせている。高そうなダークスーツ、綺麗に整った顔とスタイル、醸し出す雰囲気。すべてが駅前の喧騒に不釣り合いで、とても一般人には見えない。
久世も一瞬、硬直したが、校長職を務めるだけあり、すぐに社交的な笑みを浮かべた。
丹生は通行人の好奇の視線に晒されながら、間に立って両者を紹介した。
「……こちら、俺の上司の更科さん。で、こちらは中学の恩師の久世先生です……」
2人は一見、和やかに握手を交わしているが、取り巻く空気が微妙に軋んでいる。さながら元彼と今彼のプライドの張り合いだ。
「お噂は聞いてますよ。子どもの頃から、とても良くして頂いたとか」
「いえいえ。貴方こそ、彼から〝第二の〟恩人だと伺いましたよ」
ジロリと更科に睨まれ、丹生はたじたじながら割って入った。
「ま、まあまあ! 2人とも、誰にも代えがたい恩人だから!」
引きつった笑みで久世へ詫びると、ぐいと更科の腕を引いて小声で文句を言う。
「ちょっと! アンタが紹介しろっつーから来てもらってんのに、なにその態度!」
「だって面白くねぇんだもん」
「子どもか! あっちは歳上の一般人なんだから、穏便に済ませてよ!」
「分かった、分かった」
その様子を見て、久世は小さく笑った。
「上司の方と聞いて思わず構えてしまいましたが、とても仲が宜しいようですな。この子は昔から不安定な所があるので、心配していたんです。しかし、貴方のような方が側に居てくださるなら安心ですよ」
「……光栄です。無理を言って御足労頂き、有難うございました」
まだ不服そうな更科だったが、それ以上、食ってかかることはせず、軽く会釈をした。頃合だと判断した丹生が明るい声を上げる。
「じゃ、そろそろ解散しようか」
「先生はホテルか何かで? 宜しければお送りしますが」
「いえ、お気持ちだけ。近くですので、ここで失礼しますよ」
「そうですか。では」
「先生、有難う。またこっち来た時は連絡ちょうだいね」
「ああ。会えて良かった。体に気をつけて、頑張るんだよ」
去り際にポンと丹生の肩を叩いて、久世は踵を返した。見送る丹生の背に、更科の声がかかる。
「俺らも帰るぞ。早く乗れ」
「うん」
「何か買うもんあったか?」
「んー……トイレットペーパーもティッシュもまだあるし……歯ブラシはー……」
「この前まとめて買っただろ。お前、歯磨き長過ぎ。30分も磨いてっから、すぐダメになるんだよ」
「だって磨いた気がしないんだもん。あっ、俺シャンプー無くなりかけてた。部長もじゃない?」
「ちょっと前に無くなったから、お前の使ってる」
「買い置きしときなよ、別に使っても良いけどさ。ラフト寄ってこ。ついでに柔軟剤も買いたいし」
仲睦まじい2人を振り返り、久世は小さく溜め息をついた。
学生時代からは想像もつかないほど、住む世界がまるで違ってしまった。今や丹生を酷く遠くに感じる。まさか公安庁の職員になるとは、予想の斜め上だった
出会った頃の、不安定で影の付きまとう儚げな雰囲気はなりを潜め、また別の妖しさで魅力を深めていた丹生を、もう一度この腕に抱けたら、どんなに嬉しいだろう。
しかし、彼はもう二度と触れることの出来ない高みへ、既に行ってしまっているのかもしれない。
人知れず苦笑を漏らしながら、久世はホテルへの帰路を辿った。
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