九段の郭公【完結】

四葩

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4章

37【陰陽表裏】

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 丹生たんしょう朝夷あさひなの訓練禁止から2週間目。ようやく周囲も懐柔の色を見せ始め、1m以上離れての会話は許可する、と御触れが出された。
 オフィスラウンジのソファにて、両端に分断されつつも、皆でコーヒーブレイクを楽しんでいた昼下がり。相模さがみの頓狂な声が響いた。

「えっ!? 丹生さんって、ひとりっ子なんですか!?」
「そうだよ。ぽいってよく言われるけど、意外だった?」

 朝夷、相模、阿久里あぐり神前かんざき、丹生の並びで団欒中である。

「てっきり末っ子かなぁと思ってました。お兄さんとか居そうなイメージがあって」
「それはいつも朝夷さんが張り付いてるからだろ」
璃津りつだけ見てれば、ひとりっ子で納得するよ」
「自分で言うのも何だけど、めちゃくちゃ協調性ないからなぁ、俺」
「多少マイペースなだけだと思うぞ。もっと酷いのも居るし」

 相模は「なるほど」と相槌を打ちつつ、今度は朝夷へ問いかけた。

「朝夷さんはご兄弟いらっしゃるんですか?」
「あー、うん……まぁ、居るっちゃ居るかな」

 珍しく言葉を濁す朝夷に、丹生が爆笑する。神前と阿久里も苦笑いだ。ぎこちない空気に、相模は顔を引き攣らせて少し声を落とす。

「あの……もしかして、聞いちゃまずかったですか?」
「いやぁ、別にまずいってこともないんだけど、ちょっとややこしくてね」
長門ながとんとこのお家事情、相模が知らないって意外だなー。旧華族なら、多少のお付き合いはあるんじゃないの?」

 相模ははて、と首を傾げて数秒後、さっと顔色を悪くした。それを見た丹生が、またけらけらと笑う。

「あ、朝夷さんって……まさかあの〝朝夷一族〟なんですか……?」
「まあ、一応そうだな」
「なにが一応ですか。思いっきり跡取りでしょうが」

 阿久里の言葉に、悲鳴とも絶叫ともつかぬ奇声がラウンジに轟いた。相模は勢いよくソファから立ち上がり、朝夷から距離を取る。振動でコーヒーをこぼしかけた神前が、イラついた声でたしなめた。

「うるさいぞ、相模。この辺りで朝夷姓と聞けば、簡単に想像つくだろ。いちいち騒ぐな」
「そうだよなー。なつめと超仲悪いのも知ってるくせに、なんで今まで気付かなかったの?」
「いやいやいや、だって! てっきり偽名だと思ってたし、棗さんとは単に反りが合わないだけかと……。まさか、こんな感じの方が朝夷一族だとは思わなくて……」
「相模くん、それはどういう意味かな?」

 朝夷に冷笑を向けられ、相模はブンブンと両手と首を振って全力否定した。

「ち、違うんです! 悪い意味ではなくてですね! もっとこう、冷たいというか、怖いイメージだったもんで……。直系の方とはお会いしたこと無かったし、俺たちにとっては雲の上の存在なんですよ。跡取りがこんなにフレンドリーな方だなんて、思いもしませんでした……」
「ハハ、大袈裟だなぁ。噂は噂、蓋を開ければ、みんなただの人だよ」

 相模が飛び上がるのも無理はない。
 朝夷一族とは数百年前から続く名家で、常に政権の中心にあり、国を動かしてきた。日本帝国の〝帝〟とは朝夷一族を指すと言われるほどの存在なのだ。
 その血統たるや、傍系に至るまで一流の中の一流。大臣、官僚、医者、大企業から芸術家まで、様々な分野で世界に名を轟かせる超エリート一族である。
 朝夷 長門は先先代内閣総理大臣、朝夷 大和やまと直系の孫だ。
 棗の一族も国の中枢に関わる由緒ある名家で、朝夷家を陽とするなら棗家は陰であり、切っても切り離せない宿縁がある。
 表舞台で隆盛を極める朝夷家とは対照的に、裏舞台で暗躍し、国家の敵を抹消する棗家は性質的に相容れず、表裏一体でありながらも先祖代々、非常に深い溝があるのだ。

「朝夷一族は種馬思考だと聞くからな。親類縁者なんて、まともに数えてたらキリが無いだろ」
「言い過ぎだよ、神前。流石に兄弟くらいは把握はしてるよ。そんなに多くもないし。兄と姉が1人ずつと、妹と弟が1人ずつ。まぁ、母親が同じなのは妹だけなんだけど」
「みんな官界に居るよな。ちなみに唯一、官界に居ない弟の陸奥むつさんは、吉原の超人気太夫。この前、局に遊びに来てたよ」
「そうなんですか!? すごっ! お目にかかりたかったなぁ」

 いちいちフレッシュな反応を返す相模に、神前が無関心な声音で補足する。

「他は内調、防衛省、外務省だったか。と言うか、縁者ならどこにでも居るぞ」
「ちょっと神前……さっきから酷くないか? 人の家族を外国人観光客みたいに言わないでよ……」
「そんなに居るのに、直系の男は長門だけって諸行無常だよな。まぁ、そんな大物が自分の隣に居るとは思わないよ、普通。相模が驚くのも無理ないって」

 からからと笑う丹生達に、相模は改めて度肝を抜かれる。更に全員、その血統を知っていてこの態度だということにも驚かされた。

「まあ、そう構えないでよ。お前こそ華麗なる相模一族だし、似たようなもんでしょ」
「格が違いすぎますよ! でも、なんで身分明かして任務しないんですか? ネームバリューでもっとやり易いはずなのに、いつも捨名すてな使って詐称してますよね」

 素朴な相模の疑問に、阿久里が呆れたような声を上げる。

「馬鹿、ここまでの大物になると、逆に名前出せないよ。玉の輿狙いの女たちが押し寄せて大騒ぎになるし、時期当主の命や身柄を狙ってこられる可能性もあるだろ」
「た、確かに……」

 と、丹生が思い出話を語った。

「そう言えば昔、うっかり身バレしたことあったよな。長門の子ができたって乗り込んできた女の人が居て、結局、DNA鑑定で全然違う奴の子だったってオチ」
「ああ、あったねぇ。大体、神前が種馬思考って言ってたけど、大昔の当主に異常な女好きが居てさ。あっちこっちで子ども作りまくったせいで、そんな不名誉な先入観を持たれるハメになったんだよ。まぁ、親父はなかなか子どもができなくて、焦った末に愛人作ったワケだけど」
「確かに、朝夷元首相は聡明で清廉な方で、浮いた話など無いのに、妙な言われようだなとは思ってました。そういう事情だったらしいぞ、璃津」
「あ、そうなの? 長門は種馬じゃないの?」

 神前と丹生の遣り取りを見て、朝夷はジロリと神前を睨んだ。

「……もしや、りっちゃんがやたら俺を遊び人扱いしてくるのは、お前の入れ知恵か? 神前よ」
「さあ、どうでしょうね。俺はあくまで朝夷一族の噂をそのまま伝えただけなので。恨むなら御先祖と、先入観を払拭できなかった御子孫をどうぞ」
「ひどっ! こちとら女絡みの揉め事だらけで、逆に不信だってのに! この鬼! 悪魔! 冷血漢!」
「だからお前、見合いとかですげぇやつれるんだな。納得したわ、可哀想に。12年も誤解しててごめんな、大変だったんだな、長門」
「あーッ、優しい! その優しさが眩しいッ! 分かってくれたなら良いんだよ、りっちゃん! たまらん、可愛い! ちょっとだけ抱きつかせてー!」

 心底、申し訳なさそうに謝る丹生に、ころりとほだされて見せる朝夷だが、当然、2人の言動は最初から演技だ。
 丹生が朝夷を遊び人と吹聴していたのは、ある意味、朝夷のためである。影の国帝たる朝夷家には、まだまだ皆の及び知らぬ事情があるのだ。
 そんなことはおくびにも出さず、テンションを跳ね上げた朝夷がソファから身を乗り出す。が、即座に丹生の前へ神前が立ち塞がり、指1本触れさせてはもらえない。

「駄目です、下がってください。それ以上近付いたら、部長に報告しますよ」
「ちくしょう! 訓練が駄目なだけで、接近禁止じゃねぇだろ!」
「該当行為に発展する可能性がある行動も禁止ですから。貴方の場合、触れるだけでも危険行為と見なします」
「相模、しっかり朝夷さん抑えとけよ」
「あ、はい……」

 阿久里に命じられ、相模は抱き付こうともがく朝夷を抱えながら、日々、明らかになるアグリ班事情に、己の精神が持つかどうか、一抹の不安を覚えるのであった。



 丹生達が談笑していた同時刻。更科さらしなのオフィスには、まったく同じ顔と背格好をした、鏡写しのような2人の男が訪れていた。
 アシンメトリーショートで黒髪の男は棗 篤守あっしゅ。同じくアシンメトリーショートで茶髪の男は棗 羅文らもん。棗 蔵人くらうどの弟で、一卵性双生児である。篤守は警察庁、公安部所属。羅文は特別局、総務部所属だ。

「では、丹生調査官の処遇はこちらで宜しいでしょうか」
「ああ、充分だ」
「総務部より局長へ通達した後、正式に発表致します」
「分かった。面倒かけて悪いな」
「いえ、お気になさらず」

 羅文が軽く頭を下げると、篤守が引き継いで口を開く。

「各界にはこちらで手を回しています」
「ああ。公安の情報網は頼りになる」
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「謝らなくていい。そもそも、私欲に目の眩んだ豚どものやらかしたことだ。鬱陶しくてしょうがねぇな」
「ええ、まったくです。後処理はお任せを。屠殺は私どもの得意分野ですので」

 そう言うと、篤守と羅文はにんまりと口元に弧を描く。更科もまた、同じように口角を上げた。

「頼りにしてるぞ、修羅兄弟」

 深々と頭を下げて部長室を後にした2人は、同時にふっと息を吐いた。
 この2人には〝修羅兄弟〟という通り名が付いている。篤守のシュと羅文のラを文字って付けられたものだが、篤守の公安警察による情報網と、羅文の棗家独自のルートを駆使し、修羅の如き苛烈さと冷徹さでもって、政敵排除に暗躍する姿の揶揄だ。
 例の丹生出向を阻止するために動いた結果を報告するため、特別局を訪れていたのである。

「更科部長がキレ者で助かるな。余計な気苦労が減る」
「ああ。あの人は敵に回すと厄介だが、味方のうちは心強い」
「すぐ戻るか? 羅文」
「いや、せっかくだからあの人の顔を見てから戻ろうと思う。篤守は?」
「同意見だ」
「では、行こう」
「ああ、行こう」

 双子ならではの小気味よい会話を交わし、揃って靴音を鳴らしながら廊下を行く姿は、職員が道を空けるほどの迫力と不気味さを醸し出していた。
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