九段の郭公【完結】

四葩

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8章

83【アウトサイダー】※

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 数日後。更科さらしなは局長室へ呼び出されていた。
 足をデスクへ乗せて腕を組み、咥え煙草をふかすのは特別局局長、甲楽城かぶらぎ 仗治じょうじだ。左頬から顎にかけて深い切り傷があり、190センチを超える長身で、強靭な体躯をダークスーツに押し込んでいる。外見からして威圧的だが、性格もまた非常に高圧的な男だ。
 獣のような低い唸り声と共に紫煙を吐き、じろりと更科を睨んで口を開いた。

「てめぇ、璃津りつを殺しかけたらしいな」

 更科はやっぱりそれか、と思いながら小さく溜め息をついた。

丹生たんしょうの申し立てですか」
「いや、駮馬まだらめ。すげぇ焦ってたし参ってたぜ、可哀想になぁ。で、何があった?」
「……丹生はなんと?」

 甲楽城は顔を歪めて煙草を噛み潰し、思い切りデスクを拳で叩いた。鈍く重い音が室内にこだます。

「なめるのもたいがいにしろ。質問に質問で返してんじゃねぇよ。さっさと答えろボケが」

 更科は丹生との関係について触れないよう、だましだまし答えた。

「あの時は疲労も溜まっており、彼の言動があまりに誠意を欠くもので、つい頭に血がのぼってしまいました。行き過ぎた行為だったと自覚しています。このような騒動を起こしてしまい、申し訳ございません」

 深々と頭を下げる更科に、甲楽城は新しい煙草に火をつけながら片方の口角を上げる。

「ほーお、誠意か。そりゃ一体、何に対しての誠意だ?」
「……何に、とは?」

 甲楽城は「ハッ」とあざけるように笑った。

「てめぇは相も変わらず、そのお綺麗なツラで包み隠すのが得意だなぁ。他のヤツらは誤魔化せるかもしれねぇが、俺には通用しねぇ」

 甲楽城はデスクの引き出しから何か取り出し、投げるように卓上へ転がした。それを見るなり、更科の眉間に皺が寄る。

「この指輪、見覚えあるだろ。あん時のゴタゴタで床に落ちてたのを、駮馬が拾って持ってきた」
「ただの私物です。何か問題でしょうか」
「とぼけてんじゃねぇぞ。それと同じモンを璃津にやったのは、てめぇだろうがよ」

 更科は苦虫を噛み潰したような顔で黙りこんだ。

「甘いんだよ。なんで俺らがワンルイまでたどり着けたと思ってんだ? まさにそれのおかげなんだぜ。まぁそう考えりゃ、てめぇのやった事は功を奏したとも言えるけどな」

 更科は話が見えずに困惑する。甲楽城は「鈍い野郎だぜ」と舌打ちし、卓上に倒れた指輪を、人差し指でとんとんと叩きながら説明した。

「璃津がこれとまったく同じ指輪をつけて出勤。局内は誰から貰ったのかと大騒ぎ。璃津の失踪後、ワンルイである可能性を疑い、全国の宝飾店で購入履歴を照会、調査していたところに丁度、当のワンが買っていった。そこから捜索範囲が絞られたってワケだ」

 なんという因果だ、と更科は思った。

「そこに私も載っていたんですね……」
「そうだ。こいつは出たばかりの新作だったし、購入者もそう多くねぇ。サイズ違いで2個も買ってりゃ、嫌でも目につくっつーの」
「……何がおっしゃりたいんですか」
「俺が言うんじゃねぇだろ。ったく、部長やってるくせに察しが悪ぃなぁ。わざわざ懇切丁寧に説明してやったのは、隠しても無駄だっつー意味だよ。諦めて洗いざらい吐けや、なぁ?」

 低い声で凄まれ、更科は深く嘆息して腹をくくった。



 その頃。イントレルームでは、丹生と朝夷あさひながイントレ、もとい任務に励んでいた。

「あっ! は、ァっ……! 今朝、したばっか、なのに……ぃ!」
「あれは恋人の営み。これはお仕事だよ、璃津」
「んン゙っ! も、こんな、ワケわかんな……っ、うァ!」
「そうだね……俺たちが恋人になったら、訳わかんないよね。でも、これサボると文句言われちゃうから。ごめんね、あと少し頑張って」
「お前、ぜったい楽しんでるだろ……っ! こんなことなら、家のも保管しとけよな……っ」

 朝夷はがばっと体を起こすと、全力で首を横に振る。

「だめだめ! それだけは絶対に嫌だ! 家ではそういうの抜きでしたいの! お願いだよ璃津、そんな悲しいこと言わないで……?」

 だったら回数を減らしてくれ、と思いながらも、眉尻を下げて訴える朝夷が可愛く見え、結局は許してしまうのだった。

「分かったよ……。まったく、お前の爺様は、何人産ませれば満足するんだろうな。冗談抜きでサッカーチーム作れそうじゃん」
「……さあね。ん、はァ……そろそろイきそう……」

 腰を抱え直され、激しい抽送に揺さぶられる。
 12年、ほとんど毎日のように繰り返されてきたこの『精液採取任務』は、朝夷が特殊なスキンを装着し、丹生との行為によって射精するというシンプルなものだ。
 このスキンは精子を空気に触れさせず、できるだけ新鮮な状態を保つ役割を果たしている。行為終了後、朝夷家おかかえの業者が受け取りに来る。
 朝夷がしょっちゅう出向かされるお見合いは、正確には顔合わせだ。大和やまと令法りょうぶが選び抜いた良家の子女をはじめ、頭脳明晰な者、容姿端麗な者など、跡継ぎとして優秀な遺伝子を残せる女性に、朝夷との顔つなぎをさせる場なのである。
 女性側にはその際、体外受精や婚姻の条件などの細かい説明がなされ、朝夷家が提示する条件に納得した者だけが残る。
 武蔵むさしの愛人、柊子とうこの激昂ぶりには、大和もおおいに懲りたようで、相手選びにはことさら慎重になっている。この時、頼りになるのが、吉原で鍛えられた令法の審美眼という訳だ。
 数度、体を震わせて達した朝夷は、精液が溜まったスキンを小型のアタッシュケースへしまっている。見慣れた光景を横目に、丹生はヘッドボードから電子タバコを取った。

「しかし、そんなイカレた条件でも、飲む人が後を絶たないってのが、何より驚きだわ。俺なら絶対に御免だぜ」
「お前はそうだろうね。でも、朝夷家の威光やらのステータスを求める女性は、一定数いるんだよ。無理を押し付けるぶん、手厚い待遇が待っているからね」
「なるほど。あとはお前だな。その顔面だけでも充分なステータスなのに、頭脳明晰、文武両道、性格まで良いってんだから、まさに完璧な遺伝子だ。家名とかはどうでもいいけど、もし俺が子作りするとしたら、確かに相手はお前一択だ」

 朝夷は一瞬、呆然として固まり、さっと顔を逸らした。その不自然な行動に、丹生は朝夷の顔を覗き込もうとするが、なぜか必死にかわされる。

「なんで逃げる? どうしたんだよ」
「……いや、待って……。ちょっとその……想定外の事態っていうか……」

 まったく意味が分からず、眉を上げて首をかしげていると、朝夷の耳が真っ赤になっていることに気がついた。

「お前、もしかして照れてる?」
「いや……自分でもよく分からないんだけど、なんか急に恥ずかしくなって……」
「嘘だろ!? あの朝夷 長門が赤面してんの!? 見せて、見せて!」

 12年バディを組み、恋人となって数週間。朝夷が恥じ入る姿など一度も見たことがない丹生は、面白がって後ろから飛びつき、かなり強引にこちらを向かせた。
 朝夷はすっかり弱り顔で眉尻を下げ、首から耳まで真っ赤にして目を逸らす。丹生は腹の底から愛しさが込み上げ、「可愛い!」と叫んで抱きついた。

「真っ赤じゃん! やばい、めっちゃツボ」
「ちょっと、本当にやめてって……。ますます恥ずかしくなる……」

 顔を背けようとする朝夷の頬を両手で挟み、丹生はくすくすと笑いながら口付けの雨を降らせる。

「あー、好き。お前ってホント、何から何まで最高だわ。まじ好き、大好き」
「うう、なにこれ……。幸せの拷問かな……。幸福死できそう……」
「言っとくけど俺、惚れた相手には激甘になるから。せいぜい、死なねぇように覚悟しとけよ」
「すでにHPはほぼゼロなんだけど……」

 恋人らしくじゃれあっていると、サイドテーブルで丹生の社用携帯が振動を始めた。面倒そうに取り上げて液晶を見た途端、思い切り顔をしかめて「げ」と呻いた。

「どうしたの、誰から? 部長だったら無視して。絶対に出ちゃ駄目だからね」

 一瞬で真顔になった朝夷を振り返り、丹生はげっそりしながら答える。

「……局長……」
「ああ、なんだ。なら出たほうが良いんじゃない?」
「いやだよ! 直接かけてくるなんて滅多にないのに、何の用だか怖すぎる。あの人、苦手なんだよぉ……。知ってるだろ?」

 甲楽城は丹生の苦手人物、ぶっちぎりの1位だ。

「ずっと不思議なんだけど、なんでそんなに苦手なの? なつめを筋肉質にして、2倍くらい口を悪くしたようなものじゃない」
「それもう別人だろ。だってあの人、無茶ぶり酷いし、なにかっつーとモラハラ、パワハラ、セクハラで地獄なんだもん」
「要するに、皆にとっての部長だね。でも、璃津ならちょっと転がして手玉に取るくらい簡単じゃないの?」
「無理。モロ脳筋な見た目して、みょうに頭良いし勘も鋭くて、まるで野生の獣。すげぇ厄介」

 丹生らがそんなやり取りをしている間にも、携帯はしつこく振動を続けている。このまま放っておくともっと面倒になるな、と諦めた丹生は、嫌々ながら通話アイコンをタップした。

【てめぇコラ璃津! 出るの遅せぇんだよ! 俺のコールは3回以内に出ろって言ってんだろーが、ボケ!】

 繋がった途端、スピーカーにしていないにも関わらず、甲楽城の怒鳴り声が音割れしながら響く。丹生は「すみません、任務中でして……」ともごもご答えた。
 竜の鼻息のごとき不愉快そうな吐息の後、甲楽城は低い声で端的に言った。

【俺のオフィスへ来い。今すぐ】
「……了解です」

 丹生は暗転した端末をベッドへ放り投げ、深く嘆息して服を着はじめる。朝夷も身支度をしながら、憂鬱をむき出している丹生を覗き込んだ。

「局長直々の呼び出しなんて珍しいね。何の用かな?」
「知らねー……。絶対、良い事じゃないのは確かだろ、あの声からして」
「そうかもね」

 朝夷は相変わらず訳知り顔で穏やかに微笑み、丹生の頬へキスをする。

「大丈夫だよ、俺も一緒に行くから。必ずお前を守ってみせる」
「うん。頼りにしてるぜ、長門」

 丹生は美しく笑う恋人を見上げ、軽く頷いて笑みを返した。
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