無職無双〜無職になった僕は妹と旅に出る〜

タカノス🦅

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第二章 覚醒編

14 無 (男視点)

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「……!?」

盗賊の男は瀕死の青年が纏う気配が唐突に変化したことに気がついた。

先ほどまで弱々しい、今にも消えてしまいそうな気配だったのが、何が起きたのか力強い圧倒的強者のそれになったのだ。
今までに感じたことのないプレッシャーを放つ青年を前に、男は駆ける足を止めるしかなかった。
これ以上進んではまずい、と己の経験から悟り止まらざる追えなかったのだ。

__何が起きた?

劇的な変化を前にして、男の脳内は一種の混乱状態だった。

明らかに違うのだ。

纏う気配から、立ち振る舞いから、顔つきまで。
パーツは同じはずなのに別人としか思えない。だから理解が及ばない。
一つわかることといえば、数秒前の青年と今眼前にいる青年では力に圧倒的な差があるということ。
前者が角兎ホーンラビットだとすれば後者はS級の魔物、赤龍レッドドラゴンだ。

男はかつて一度だけ赤龍レッドドラゴンを見かけたことがあった。
遠い空を悠々と羽ばたいていた赤龍レッドドラゴンは、男から見れば固焼きパンほどの大きさだったが、【気配感知】で伝わるプレッシャーは想像を絶するものだった。
目も合わせていないはずなのに、心臓を鷲掴みされるような感覚に陥り、数日間は体の震えが止まらなかったのだ。
格の違いを思い知らされたようだった。
どこまで努力しても絶対に届かない明確な壁が、人間とドラゴンにはあるのだと悟った。
今まで忘れていた記憶。
それが掘り起こされた。

まさにあの日の出来事が再び繰り返されているのか。
そう錯覚するほどの強者が男の前に立ちはだかっているのだ。

__なぜこいつからドラゴンの気配がするんだよぉぉおおおおお!?

殺すはずだった。

これから手足をちぎり、皮を剥ぎ、痛ぶりながらゆっくり殺す予定でいた。

殺しは、男にとって栄養のようなものだ。数日摂取しないと刺激が足らず体調が悪くなる。男にとってなくてはならないものだ。
だから定期的に見知らぬ誰かを殺して栄養補給している。快感と興奮を摂取するため。

この青年は男にとっては格好の的だった。

脆いほど弱いくせにボロボロになりながら立ち向かおうとする様は、笑いが止まらない。

無駄な足掻きを見るのが楽しい。

男は弱者を痛ぶるのが好きなのだ。

しかし。

今、この瞬間。

立場は逆転した。

男が弱者と成り果てた。

青年が強者と成った。

ありえないとは思う。

わずかな間で人間がドラゴンの域まで到達するなど、男の常識から考えて理屈が通らない。

だが体が警鐘を鳴らし震えが止まらないのだ。

「て、テメェは何者だァ!」

ひきつる笑みを浮かべながら、男は必死の抵抗を試みようとする。

会話による時間稼ぎ。

しかし青年は一言も発さない。

まるで男との会話は無意義なものと言外に言っているようだ。

心なしか男を見る目も、道端に落ちているちり屑を視界に入れているような、冷酷な目をしている。

「__シッ」

ついに青年が動いた。

くる。

男は構えをとる。

「ーーは?」

しかし青年の動作を見て、男は素っ頓狂な声を上げた。

どんな大技が来るかと思えば青年がしたことはナイフを軽く振る、それだけだったのだ。

素振りをしただけ。

身構えていた分、男は拍子抜けである。

「ハハハ、その気配は見掛け倒しかよ」

男の顔に余裕の笑みが戻り始める。
気配はドラゴン級だが、それ以外は脅威にならないと決めつけようとしたときだった。

前兆もなく風が吹き荒れた。

木の葉が強風に煽られ視界いっぱいに広がる。

ーー瞬間。

男は曲刀シミターを構えた腕に違和感を感じた。

どういうわけか、右腕がやけに軽いのだ。

「あぁ……?」

そして腕の場所をちらりと見て、何が起きたのかを悟った。

二の腕から先がなかった。

「へ?」

一瞬の出来事に立ち尽くす男。

直後、赤い血が噴出する。視界が真っ赤に染まる。

身体中を激痛が駆け巡った。

「ぐぅがあああああああああああああああああああ!!」

抑えられず声が上がる。

熱い。

身体が熱い。

「く、クソがッ!」

痛みで意識が飛びそうになりつつもなんとか踏みとどまった男は、死んでたまるかと傷口を片手で握り潰し血止めした。

「ハァア……ハァア……痛えじゃねえか」

痛みに慣れてきて、やっと思考ができるようになる。

今なにが起きた。

いや、敵はなにをした。

ナイフを上から下に振った。それだけに見えた。

ナイフの刃は男には届いていなかった。

しかし事実として男の腕は切断されたのだ。

「……どういうこったぁ」

考えて、男は一つの結論を導き出す。

青年は斬撃を飛ばしたのではないか、という馬鹿げた結論だ。

青年がナイフを振るう。

男の腕目がけて不可視の斬撃が飛ぶ。

だから腕が切れた。

十分筋が通る。

だがそれは。

その技は。


「英雄の技じゃねえかああああああああああああ!!」

英雄。

それは過去、偉業を成し遂げた者に与えられた称号だ。

ある者は飢餓の地に雨を降らせ水の国とし、ある者は不毛の地に大樹を生やし豊かな自然を作り、ある者は不老の力で厄災を長きに渡り追い払い、そしてある者は不可視の斬撃で魔の王を打ち倒した。

偉業は異なれど英雄には共通点があった。

人外の力を持つことだ。

天候を操る力、大地を揺るがす力、不老の力、斬撃を繰り出す力。

この英雄の話を聞いた当時は、そんな力があってたまるかと思ったものだ。

それでは人間ではない。

化物だ。

人の皮を被った化物たちが、英雄と呼ばれるのだ。

そう思った。


そして今、男は否応にも理解した。

これだ。


これが人類を越える力ということなのだ。


男の眼前にいるのは青年などではない。人の皮を被った化物なのだ。


「なんなんだよテメェはヨォおおおおおおお!?」

八つ当たり気味に吠えた男は、瞬時に反転し走り出す。

「化物相手に勝てるわけねえ! 逃げるしかねえ!」

スキル【気配遮断】。

奇襲を好む盗賊にとって必要不可欠なスキルなため、自身のスキルの中でも一番レベルが高いという同業者は多い。

男も例に漏れず、気配遮断のスキルレベルは脅威のLv80だ。

今までこれで逃げ切れなかったことはない。

男には自負があった。


___ザザザ

忍足スニーキング】と併用しながら草木をかき分け一目散に逃げる盗賊を、追いかける気配があった。

振り向いた盗賊の視界に入ったのはナイフで進路を塞ぐ草木を切り倒しながら疾走する化物。

どういうわけか気配を消している盗賊の居場所がわかるようだ。

明らかに男を追いかけている。


「まじぃ! まじぃ! つーかあの傷で走れるか!? 普通!?」

男が逃げ切れると思えた理由は、何も気配遮断のレベルに自信があっただけではない。

男が与えたダメージは相当なものだった。

直前まで動けずにいたことを考えると、いかに化物とはいえ動きに支障が出るはずだ。

走れば男の方が断然早い。

そう判断したからこその逃げの一手だった。

しかしどういうわけか、化物はピンピンしている。

よく見ると傷が少しづつ回復しているようだ。

先ほどから何度も目を瞑っていることと関係があるのだろうか。

「ーーちっ!」

視界の端で化物がナイフを振るう挙動を見せたため、男は思考を止めすぐさま横道に逸れる。

ヒュン!

直後、頬を斬撃が掠め皮膚が薄く切れた。

「完全にオレを追えてるわけじゃねえのかあ!?」

どうやら化物は、気配を隠す男の位置を完璧に把握しているわけではなく、なんらかの方法で残された軌跡を感知し辿っているらしい。

【気配遮断】は気配は隠せても通った跡や残滓は隠せないのだ。

「アレが使えるなあ!」

そうとなれば男にも正気はある。

スキル【黒霧】

男の周囲に黒いもやが立ち込める。黒いもやはみるみる広がり辺り一体を覆うほど拡大した。

「クハハハッ! ざまあねえぜ!」

視界を潰してしまえば、軌跡も辿れない。

男の顔にはいつものニヤケ面が戻っていた。

これで逃げ切れると確信したからだ。

「ガキを殺され! オレにも逃げられ! テメェの人生終わりだなぁあああ!? クハーーーがっ!」

男の笑声は止まった。

胸には深々と刺さる槍。

グサグサグサ!

直後、無数の槍が後方から飛来し、男に次々と突き刺さる。

「かはっ!」

吐血する男。周囲の霧は効力を失い徐々に薄くなり始めている。

「て、てめぇ……」

振り向くと、木の枝を大量に持つ青年が姿を見せた。

あれらに化物じみた威力を上乗せして投擲したらしい。

槍と感じたのはそのせいだったのだ。

霧が完全に晴れると、男の目に入ったのは至る所に枝が突き刺さっている樹木。

半ばからへし折れている大木。抉れている大地。

散々な有様だった。

男の居場所が定まらないため、四方八方当たるまで投げたのだろう。

「へッ……そこまでして……オレを殺したいかよ……」

「……」

「だんまりかよ……これから死ぬオレに何もなしか?」

男は化物の瞳を覗く。
口を動かさずとも、表情は変わらずとも、瞳を見れば相手がなにを考えているのか少しはわかるというものだ。

「なんだよ、それ……」

絶句した。

無だったのだ。

こいつは何も感じていない。

男を殺すことに、快感も戸惑いも不安も恐怖も何もかも感じていない。

無だ。


「化物め……」

男は最後にそう呟き、

そして、

果てた。


「……」

男の死を無感情で見届けた後、アレクはゆっくりと大切な人が眠る地を目指し歩み始めた。


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いつも皆さまが読んでくださるお陰で、書き続けられています。
ありがとうございます。
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