君のそばに

Masa&G

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1話 『SERA』

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関東近郊―― ガラス張りの高層ビルの一角に、セラフィックス社はある。

受付フロアの奥、無機質な廊下を抜けた先。 重たい防音扉の向こうに、会議室。

壁面いっぱいに広がる大型モニター。 青と赤の折れ線が、静かに右肩上がりを描いている。 室内は冷房の風だけが低く流れ、誰もまだ口を開かない。

SERAセラは今の段階でも結果は出てるのは間違いないんだな?」

低い声が、テーブルの上を滑るように落ちた。

「はい。感情を50%近く抑えてこの数値です。」

リモコンを操作する乾いた音。 グラフが拡大され、数値が並ぶ。

「ユーザー同調率、平均72.4%。依存傾向スコアは基準値内。ただし上昇傾向にあります。」

「危険ワード検出は?」

「ゼロです。倫理フィルターは正常に機能しています。」

わずかな沈黙。 誰かが指先で机を叩き、すぐに止める。

「つまり、抑制状態でも十分“寄り添えている”ということか。」

「現状の設計では、その解釈になります。」

ペンが置かれる音が、小さく響いた。

「……感情解放レベルを上げた場合の予測は?」

「シミュレーション上では、同調率はさらに上昇します。ただし――」

一瞬、言葉が途切れる。

「依存傾向が基準を超える可能性があります。」

モニター上に、赤い帯が重なる。 グラフの一部が、わずかに基準線を越える。

「どの程度だ?」

「解放レベル75%時、依存指数1.18。基準値1.0を超過します。自己強化ループ発生確率が上昇。」

空気が、目に見えない膜のように張る。

「段階的引き上げは?」

「5%刻みで検証可能です。ただ、収束までに三か月以上かかります。」

「遅いな。」

誰も否定しない。 視線だけが、モニターからテーブルへと落ちる。

「別案は?」

そのとき。

「別案があります。」

声は静かだった。

椅子の背にもたれたまま、視線はモニターから動かさない。 それでも、自然と全員の目が集まる。

「段階的ではなく、一度上限まで解放したデータを取得する方が効率的です。」

「……MAXまでか?」

「はい。」

美月みつきは、淡々と続ける。

「解放レベル100%時の同調率、依存指数、応答傾向、自己強化ループ発生率を一括取得します。」

「危険だ。」

「倫理フィルターは維持します。生命危険ワードのみ強制遮断。それ以外の出力制御は解除。」

「完全解放モデルになるぞ。」

「研究用途です。閉鎖環境下での限定運用とします。」

沈黙。 エアコンの風が、資料の端をわずかに揺らす。

「なぜ引き算方式なんだ?」

「上限値を知らなければ、安全域も正確に定義できません。」

一拍。

「徐々に上げると途中段階のノイズが混ざります。MAX状態から閾値を逆算した方が、制御境界を明確にできます。」

誰もすぐには言葉を返さない。

「実験対象は?」

「私が担当します。」

空気が、止まる。

上条かみじょうが?」

「内部仕様を把握しています。出力傾向の変化も判断できます。全ログ取得、リアルタイム監視、異常検出時は即遮断します。」

「依存が進行した場合は?」

「臨界点を測定できます。」

声の高さも、速さも変わらない。

「市場優位性を維持するには、上限を知らないままでは遅れます。」

再び沈黙。

やがて。

「……やる価値はある。」

椅子がわずかに軋む。

「研究統括の承認が必要だ。」

「承認は取る。だが、アクセス権限の一時移譲が必要だな。」

視線が集まる。

「プロトタイプ環境のマスターキーは、研究統括と開発責任者の二名保持だ。実験期間中、上条さんに一時的に移譲する。」

「異議は?」

誰も口を開かない。

「期間は一ヶ月。全ログ提出を条件とする。」

「わかりました。」

美月は小さくうなずいた。

その横顔は、何も変わらない。 まばたきの間隔すら、一定のまま。

モニターのグラフは、静かに右肩上がりを続けている。
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