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公開練習

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すでに日は暮れ、外は暗くなっていた
月は出ていたので
その月明かりで、教会のステンドグラスは美しく柔らかい光の模様を石畳みの床に
映し出している

薄暗いが神秘的な空間でただそこにある女神像を見上げていると
背後で靴音がした

振り返ると月光に照らされたステンドグラスの光の中に
少女というか女性が立っている

少女というより女性、しかし大人の女性とは言えない

その女性に見覚えがあった
夜会で会った美しい令嬢
確かミュリエルと呼ばれていた

薄いブラウスとスリムなパンツにブーツという男装のような格好をしていて
化粧もしておらず髪も下ろしていたが

彼女だと思った
なかなかこんな美しい女性はいないだろう

顔を見ると目が赤く、涙目だ

泣いている!?何か慰めの言葉をと思ったが

「そんな格好で寒くないですか」と

最初の一言がそんな言葉かと自分でも残念に思ってしまう

ウルドは自分の着ていたフード付きの外套を外すと
彼女に近づいてその寒そうな肩にフワリとかけた

少し赤くなった琥珀の瞳に自分が写っている
その表情は少し驚いているようだった

「あ、ありがとうございます」

「そういえば名乗っていませんでした、私、ミュリエル・ライランドと申します。
 あの時は助けていただいてありがとうございました。」

ライランド、、、最近王都に引っ越してきたという噂の伯爵家か

「あの後無事に帰れましたか?すごい騒ぎでしたね」

「はい、兄が一緒でしたので」

「ここへはお一人で?」
伯爵令嬢が一人でこんな夜に?
そう思って訪ねると

「はい、探し物をしていて、、、。」

と小さく答えミュリエルは俯いてしまう

「もう暗くてあぶない、送って行きましょう」

ウルドはそう言って出口に促す
しかし、ミュリエルはいいえと断った

「少しお祈りしていきたいのです、それに一人で帰れます。」

そう言って女神像の方へ歩いていく


祈りを捧げるミュリエルはまるで聖女のように神々しい

見惚れていると
教会の内扉が開いた

「おや、女神様、いらっしゃい」

出てきたのはこの教会の神父でもあり隣接する孤児院の院長でもあるフレデリクだ

「おや、珍しい、ウルドも来ていたのかい」

「うるせーな来ちゃ悪いのかよ」

せっかく貴族らしく振る舞っていたがフレデリクの登場で化けの皮が剥がれてしまった

「相変わらず口が悪いなぁ、どうだいスティアードのお家は慣れたかい?」

「ああ、よくしてくれる」

「そうか、それはよかった」

「、、、、、。」

祈りが終わり

会話をしていた二人をミュリエルはジッと見ていた


「お二人はお知り合いなのですか?」

ウルドとフレデリクはミュリエルを見る

「ああ、俺がここの横にある孤児院で世話になってたんだ」

ウルドがいうとフレデリクが続ける

「今はスティアード伯爵家に引き取られて騎士見習いをしているんですよ」

「騎士、、、、。」

「ほんとは、あの夜会の日も勤務予定だったんだけど、
義父の代わりに義母のエスコートを頼まれて夜会に連れ出されて」

「ああ、事件のあった夜会ですか、女神様もいらしたのですか」と
フレデリクに聞かれて
ミュリエルは頷いた

「神父様、私ミュリエル と申します」

決して女神ではないと言い募る、そして話を続ける

「その夜会の時にスティアード様に助けていただいたのです」

「ほーウルドが?」
ニヤニヤし近づいたフレデリクの顔をウルドは手で押し返す

「顔がうるさい」

ウルドはミュリエルを見ると

「もう祈りは済んだみたいだし、送りますよ」

と教会の出口へ向かう

「でも、、」

と断ろうとするミュリエルにフレデリクが言う

「そうですね、外は暗いですし、これでも見習い騎士ですから剣の腕は確かですよ
ご令嬢一人では何かあってはいけません」

そう言われるとミュリエルは仕方なく頷いた
教会から出るとひんやりした風が吹く

「歩いてきたんですか?」

「はい」

「探し物ってなんですか?」

「、、、、、。」

団長を探していたとか言えないし
ミュリエルは沈黙した

「見つかるといいですね」

不快な思いをさせたかと思っていたけど優しい言葉が返ってきた

「はい」

最初は少し冷たい印象だったけれど案外いい人なのかもしれない

そういえば彼も見習い騎士だと言っていた。

「どの騎士団に所属しているのですか?」

「ああ、青の騎士団です」

ミュリエルはウルドをジッと観察した



「どうして青の騎士になろうと思ったのですか?」

うーんと少し考えウルドは口を開く

「憧れて」

ミュリエルはウルドを見上げる

「副団長のライアンさんが俺たちに良くしてくれて」

その話をする彼の顔が

アレンと重なるように見えた

「ライアンが話してくれたんです、
昔うちの孤児院から青の騎士団に入ったアレンって人の話」

「若くして副団長まで上り詰めたって」

ああ、今日はもうずっとアレンの話を聞けている
自分には何もないって思っていたけど
確かに自分はここにいたってことを思い出した。

過去をかみしめていると
遠くから馬車が向かってくるのが見えた
ライランド家の馬車だ

ミュリエルは前を歩くウルドに声をかけた

「私、もうすぐある騎士団の入団試験を受けるの」

ウルドは驚いている

当然だ女性の騎士はこの国にはいないのだ

「絶対合格すると思うから、その時はよろしくね先輩」

ニッコリ微笑む

2人の側で馬車が停車した
中から兄ランディが扉を開けて

「ミュリエル、みんな心配している」

兄の整ったお顔が怒っているようだ
視線が冷たい

「それでは迎えが来たので失礼いたします。
送っていただいてありがとうございました」

ミュリエルは馬車に乗り込むとウルドに向かって手を振った
馬車はゆっくり彼から遠ざかっていく
小さくなっていく彼の表情は暗さもあってよく見えなかった


「お兄様、お迎えありがとう」

向かい合って座る妹に、ランディはため息をつく

「お前はほんとよく釣るな」

「?釣り」

「それで、何があったんだ?副団長に何か言われたのか?」

「彼は悪くない、ただ悲しいことがあっただけ」

「そうか」

「でももう平気、やるべきことは一つだから」

「そうか」
兄は少し笑ったみたいだった

「お前の要望通り、肉多めの夕食用意してあるんだからちゃんと食えよ」

そうだった

さっき鳥のハチミツレモン食べちゃったけど

大丈夫、まだ食べれる

騎士団入団して団長を探すために体力回復と鍛錬
当面の目標に突っ走るのみである



帰って食事をし、素振りをして鍛錬に励んだ翌日

その日は恒例、騎士団の公開練習でアレンの記憶で昔見学していた秘密の
スポットにミュリエルは来ていた

遠眼鏡で現在の青の騎士団の実力を観察する

今日の格好も動きやすいパンツ姿だった
その場所はちょうど高台の丘で、草むらに寝そべる形で
下の練習場で訓練をする騎士達を観察していた

そもそも
公開練習なのだから、近くで見ればいいのだけれど

孤児院育ちのアレンは貴族の観客達に紛れて見学出来なかったので、
前世でここで見学していたわけだ

ミュリエルはなんだか懐かしくなって前と同じようにこうして見学してみた

今日は昼食にライランドのシェフが作ったサンドイッチ持参である
ピクニック気分である

遠眼鏡で観察していると、団長ヴィオが威厳を見せつつ団員に指示を出している

「なかなか様になっているわね」

ついっと遠眼鏡を動かすと、見知った黒髪が目に止まった
背が高く黒髪のウルドは目立つ

どうやら今日は剣を使った練習試合を行うようで
ウルドともう1人が向かい合って剣を構えていた
お手並み拝見

お行儀が悪いがミュリエルはサンドイッチ片手に観戦体制に入る
副団長ライアンの合図で試合は開始された

撃ち合う剣撃、ウルドの方が速さも力もあるため、もう一方の騎士は防戦一方となっていた、隙をついて放ったウルドの一撃で相手の剣が弾かれ宙を舞う

クルクルと弾かれた剣が大きく飛び地面に突き刺す形で落ちた
あっという間に勝敗が決まった

ウルド余裕勝ちだ
「ウルド先輩なかなかお強い」

モグモグ
試験に受かれば彼と一緒に働くことができる

「剣の練習相手になってもらおう」

しかしうちのシェフのサンドイッチ、絶品だ

薄く切った肉を自家製ソースで味付けし野菜と一緒にサンドしたもの、
卵を違ったタイプの自家製ソースであえてサンドしたもの
最後にフルーツをクリームと一緒にサンドしたもの

ミュリエルは全て平らげ最後にオレンジジュースを流し込む

幸せだ

ざっと練習を観察して、遠いが騎士達の魔力量も見てみる
遠いと見えずらいが

やはり魔力がないか多少持っているくらいという者達が多い中、
濃い魔力を感じた

量も多い、兄ランディくらいの魔力量で濃さは自分と同等くらい

人ゴミの中のその人物を特定すると

それはウルド・スティアードだった

「ウルド、、、魔法使える?」

自分と同じ?
生まれ変わって団長に女神がギフトを与えてくれたとか?

ありえる、貴族に多い魔力持ちでもなかなかこれだけの魔力を持ったものは
最近では珍しい

もしかして団長では?

「でも先日会った時は魔力なんて感じなかった、、、、。」

どういうこと?
ミュリエルは立ち上がると、そのまま丘から飛び降りた

崖のような斜面を直下し地面に着く前に着地点に風の魔法陣が煌く

するとフワリと体が浮き数センチした下の地面へブーツがコツリと着地した

そこはちょっとした広場になっていて、遊んでいた子供達の視線が痛い

ポカンとコチラを見ていた子供達にニコっと笑う

次の瞬間、ご令嬢とは思えないスピードで走り去って行った



30分後、城門前にライランド家の馬車が止まり
伯爵令嬢の身なりをしたミュリエルが降り立つ

侍女らに頑張って支度をしてもらいどこに出しても恥ずかしくない装いに

なっていると思う


手にはシェフに詰めてもらったサンドイッチのお弁当
綺麗に包んだ籠を持ち
城門の門番に挨拶をする

「ライランド家のミュリエルと申します、兄に届け物を持って参りました、
あと騎士様の公開訓練を拝見したく」

前回の夜会騒動で警備が強化され、王族の住んでいる離宮は
強固な結界が張り巡らされているようだ、
一般的には城の、ある程度の区画、、、
王立図書館や式典会場、騎士団の詰所や施設には門番の審査をクリアすれば入れる。

それでも城壁には前より厳重な結界が張られているようだった

「ランディ様の妹君、、、?」

「はい」

門番の一人がミュリエルに見惚れていると
横にいたもう一人が持っていた槍の柄の辺りで被っていた門番の鉄帽をコツンと叩く

「すみませんライランド伯爵令嬢、どうぞお入りください、
今日は騎士団の公開練習で一般客も多いのでお気をつけください。」

「ええ、ご親切にどうも」

ミュリエルはコツコツと中に入っていく
門番の視線は馬車の御者に向けられた

彼の視線が「お一人で?」と言っている

御者はこくりと頷くと城門近くの馬車を停める駐車場へ行ってしまった
御者はミュリエルの強さを知っているのでだいたいこんな感じだ

ミュリエルはかつて前世で仕事をするためにこの城へ通っていた
ということで、ここも庭

夜会の時も見て回りたかったが急ぐこともないだろうと特に気にしていなかった
日中に赴くとついつい足が騎士団の詰所に向いてしまう

いかんいかん
まず、公開練習を見にいかねば

練習場は詰所とは反対側にある
そちらへ足を運ぶと、そこには見学者による人だかりができていた

御目当ての騎士に声援を飛ばすご令嬢方や、
騎士の家族、騎士に憧れるご令息など様々な階級の貴族達が見学に来ている

最初から貴族として見学に来ればよかったが、
ミュリエルは人混みが苦手であった

まだ剣による練習試合は続いているようで応援客は観戦を楽しんでいる

ミュリエルは人混みから離れた木陰にベンチがあるのを見つけるとそこに腰掛けた

練習場から離れているので試合風景は見えないが意識を集中して魔力を探す
サラサラと木の葉の揺れる音が聞こえる
意識は人混みを探る


試合を早々と済ませ休憩をとっていたウルドは公開試合を観にきた客達を見ていた
その中には自分を引き取ってくれた義理の両親も来ていて目が合ったので
手を振ってみる、少し照れくさかったが2人は嬉しそうに手を振って笑った

今日は観客が多い、皆この後の練習に参加する王太子を見に来たのだろうなと
見ていたら、人垣の奥にピンクゴールドの髪がチラッと見えた

あの伯爵令嬢も王太子を見にきたのだろうか
チラッとしか見えなかったが、なんで毎回一人なんだ、、、?

普通の伯爵令嬢といえば侍女なり執事なり護衛なり伴うものじゃないのか
夜会の中庭も、街で会ったときも一人だった

今だって一人だったように見える
ウルドは近くにいた同期の騎士に休憩に出る事を伝えて足速に練習場から出ていった

ミュリエルは目を閉じて意識を集中していたのだが
はて、、?

さっきの魔力が感じられない

どこを探してもウルドの魔力はいないようだ、それともさっきのは勘違い?
ふうとゆっくりと目を開け集中を解くと自分の近くに誰かの気配がした

「お一人ですか?」

見知らぬ声に振り向くと誰だかわからない貴族のご令息が二人

淡い金髪の男が
「もしかして噂のライランド伯爵のご令嬢?」
と聞いてきたが
ミュリエルは特に何か言うこともなく無言で練習場を見る

名乗らないものに話すことはしなくてもよい
母の言葉である

それにしても今日は観客が多い気がする

「え、無視されてる?」
と茶色い髪の男が嫌な感じに言うのが聞こえたが

とうぜんこれも無視した

相手にしなければ諦めてどっか行ってくれるだろうと思っていたのだけど

「横顔も美しいですね」

「城下にある美味しいレストランで食事でもいかがですか」

淡い金髪は諦めない

二人は交互に話しミュリエルの興味をひこうとしている
ずっと無視しているのだけど彼らはしつこかった

ミュリエルは考え事を邪魔されるのが我慢できない
手を出して来たらやり返してやろうそう思っていたとき

二人のうちの一人、茶髪の男が無視されることに怒り
ミュリエルを自分の方に向かせようと彼女の肩を掴もうと手を伸ばした



その手は別の大きな手によって掴まれた

「痛ーい!」

茶髪が掴まれた腕を振り解こうとしたが強く掴まれていてぜんぜん外れなさそう

ミュリエルは男の腕を掴んでいる人物を見ると
ウルド・スティアードは冷ややかな目で男二人を見下ろしていた

「ミュリエル、この二人は知り合いですか?」

突然名前を呼ばれて動揺したけどはっきり答える

「知らない方です」

すると淡い金髪が茶髪を置いて逃げた
「しつこくしてすいませんでしたぁぁ」

早い
それを見た茶髪はひどく怯えて

「いたっつ、痛い!しつこくしてすいませんでした、謝ってるから!手離してぇ」

もう泣きそうであった

「なんだかかわいそうになってきた、離してあげてもいいですよ」

とミュリエルが言うと
ウルドは舌打ちして、パッと手を離す

茶髪は一目散に逃げつつ捨て台詞を発している

「くそ、覚えてろよー母様に言いつけてやる」

小者感半端なく、しかもマザコンなのがバレバレな捨て台詞にウルドは
ああぁ?!とコチラもオラオラ感出し過ぎで逃げる茶髪に威嚇しまくり

完全にネコの皮剥がれて狼剥き出し状態だ
そうした間に

背が高いと手も大きいのかとミュリエルはまじまじとウルドの手を観察していた
アレンだった頃の自分の手より断然大きい

背も前世の自分より高いのだ当然かもしれない
団長かもしれない
ミュリエルはウルドの手を掴むと自分の手のひらと合わせてみた
相当でかい
団長かもしれない

茶髪に気をとれれていたウルドは驚きミュリエルを見た

「う、何してんだあんたは!」

ミュリエルはスッと立ち上がるとウルドを見上げて
ニコっと笑う

「身長高いですね、自分は女性としては高い方だと思っていたけど」

彼の胸あたりに自分の頭がある
前世の団長と同じかそれ以上

でも団長よりシュッとしていて痩せているのに筋肉質で

「カッコいい!自分もそうなりたいです!」

ミュリエルは思っていることが大体口に出てしまう

だから知らない人と話す時は黙っていることが多いが、
ウルドはアレンと同じ孤児院出身ということで親近感があり自然と話せた

それに観察対象が自分の側まで来てくれて上機嫌であった

ウルドは大きな手で赤くなっているだろう自分の顔を隠すように覆った

照れているのかな?とミュリエルは微笑む

「そうだ、もう試合は終わったからゆっくりできるのでしょう?」

「ああ、あとのやつらの試合が終わるまでは、、、。」

と言いながらウルドが立っていると
ミュリエルに腕を取られて、無理矢理ベンチに座らされた

意外と力が強い

「私、あなたに助けられてばかりだね、
昨日の外套もちゃんと(侍女が)洗って返すから」

そう言いながらベンチに置いていた包みを開けると
カゴの箱の中からサンドイッチを取り出す

「お腹空いてる?もうすぐお昼だしお礼になるかわからないけど」

自分おすすめの肉と野菜のサンドイッチを、はいとウルドに手渡した

「本当はお兄様に持ってきたんだけど、、、
シェフのサンドイッチ美味しかったから気まぐれで届けにきたの。
お兄様はいつもお城の中の食堂で食べてるし」

お城に来る口実でもあったから

「食べてしまってもOK」

ガラス瓶に入れてもらったオレンジジュースを取り出して
ミュリエルはそれを調節した冷気で包む
手のひらには青い魔法陣が浮かび上がっていた

「魔法が使えるのか」

ウルドは感心したように呟く

「ウルド様も使えるのでは?」

ミュリエルはチャンスとばかりに聞いてみる
さりげなく!

「さっき少しあなたから魔力を感じたような気がして」

「そんなこともわかるのか、すごいな」

ということは、彼はやっぱり魔力持ち

「俺は魔力はあるけど使えなくて」

と首元からシャラと鎖を取り出す
それはペンダントになっていてトップに綺麗な青い石がついていた

「これで魔力が暴走しないように抑えているんだ」

ミュリエルは石を凝視する
魔石だ

本来魔石は身につけた者の魔力を増幅したり、属性を補ったりするのが一般的だけど
その青い石には確かに魔力を増幅するではなく、抑制する魔法陣が組み込まれていた
とても精密な、ウルドのために調整された構成にミュリエルは一人の人物を思い出す。

「試合中に鎖が外れてしまって、一瞬焦った」

なるほど、さっきの魔力と今のほぼ魔力無し状態の理由がわかった
確かに魔力を持っていても扱うことができない人もいると習った気がする

ウルドがサンドイッチを頬ばると、わずかに彼の目が見開かれた

「うまいなこれ」

「そうでしょう、私もさっき食べてみて美味しくて」

程よく冷えた頃合いのオレンジジュースを手渡した

「喉も乾いたでしょう、どうぞ」

「ありがとう」

オレンジジュースは冷たくて体に染み渡る

「便利だなー魔法、冷たくて、うまい」

サンドイッチを食べ進めるウルドをニコニコと見るミュリエルの前に影がさした

「?」

顔を上げると目の前に立っていたのはライアンだった

「あ、おつかれ様です、アルディン副団長」
ミュリエルはお辞儀をする

「いらしていたんですね、ミュリエル様」

私のことはどうぞ呼び捨てでと言ってもライアンは様呼びをやめないのだ

年上だし副団長なのに
命の恩人扱いがすごい

ウルドも卵のサンドイッチを咀嚼しながら、お疲れ様です
と副団長に頭を下げる

「お二人は知り合いで?」
ライアンはウルドを見つつピリッとした雰囲気で質問してきた

ウルド、もしかしてサボってる感じ?怒られてしまうかしら
ミュリエルは少し慌ててライアンに聞いてみた

「もう試合の審判は終わりですか?」

「はい、今は代わりの者が行っていて休憩です」

「良かったらサンドイッチどうですか?うちのシェフの作ったものです」

たくさん詰めてもらったのでまだ全種類残っている
飲み物はないけど

「いいのですか?」

副団長は嬉しそうにベンチに腰掛けた
右にウルド、左にライアンと何故か挟まれる形みなっている

「そういえば、今日はなんだかお客さま多いですね」

なんとなく気になっていたのでミュリエルは疑問をだしてみた

「ああ、昼から王太子が練習に参加するから」

食べ終わったウルドがなんともなく答える

「王太子?」

そういえば、夜会の時少し顔を合わせた気がする
思い出そうとしてみたがぼんやりとしか思い出せない

会って大丈夫かしら、顔を見られないようにしていれば大丈夫かな
それとも

もう帰ってしまうか、、、。
しかし

団長っぽい人探しも続けたい

「知らなかったのか?てっきり王太子を見に来たとばかり」

「私は、今度騎士の試験を受けるから練習に興味があって、、、、」

ウルドの表情が固まる

「?」

「本気だったのですね、騎士になると」

ライアンも驚いていた

「ええ、小さい時からの夢です。
 青の騎士団に入ってレアード様のように人々を助けたい」

「父をご存じなのですか、、?」

「ええ、田舎の領地にも英雄伝が絵本になってました、尊敬しています。」

「レアード団長って、アレンが副団長の時の?」

ミュリエルの瞳がパッと明るくなる

「そう、ライアン副団長のお父様で、とってもカッコいいの!」

ニコニコと微笑み頬を染めるミュリエルに

「まるで好きな人にように語るね、年上好きか?」

ウルドのツッコミに「そんなんじゃないのです!ファンなのです」
と反撃する

が、すぐ意気消沈したように俯く

「王都に来れば会えると思っていたけど、
先日私が生まれる前に亡くなっていたと分かってショックでした。」

「え、ファンなのに知らなかったのか?」

ウルドの言葉に

こくりと頷きますます俯く

「そうだったんですね、、
まさか、ミュリエル様が父をそんな風に思ってくれていたと知らずに、
先日は配慮にかけていました。」

頭を下げるライアンにミュリエルはハッと顔を上げる

「いえ、いずれ知る事ですし、ライアン様から聞けて良かったと思っています」

それに団長探し諦めないし!
きっと どこかに

その時、練習場で歓声が上がる
人垣が何重にも増えて全然見えない

「なんでしょう?」
ミュリエルが立ち上がると

ライアンも立つ
「ああ、王太子の登場のようですね」

同じく立ち上がったウルドも練習場を見る

「お相手は団長自ら」

「え、お二人は見えるのですか?」

人より背の高い二人は人垣の上から練習場の様子が見えるようだ
彼らより30センチほど小さいミュリエルは全然見えない
ずるい

するとウルドがミュリエルの太ももに手を添えた

「え?」

グンと目線が高くなる
少しぐらつきミュリエルは思わずウルドの顔に抱きついた
彼らより高い目線となり練習場がよく見える

「すごい」

練習場の真ん中にヴィオと金髪の青年が向かい合っていた
ミュリエルは金髪の青年の姿の釘付けになる

金の髪が風になびいて黄金の獅子のよう
そして瞳は空のように青い

まるで団長が若くなって現れたようだ

まさか



抱き上げた体が強張り、肩を掴む彼女の指がぎゅっと握り込まれるのがわかった
見上げると表情は驚愕

視線は王太子に釘付けになっている

騎士の合図で試合が始まると
王太子は一気に団長の間合いまで入ると剣を薙ぐ
団長であるヴィオはそれを紙一重で避け王太子に突を放った
王太子は後ろに飛び突きをかわす
なかなかやるな王太子さま

ウルドは少し王太子を見直した
金髪で青い瞳、王子たちの中で最も人気のあるのがこの王太子だ
容姿もいい、しかも剣の腕もあるってさすが王子様

ミュリエルも王太子が気に入ったのかもしれない

キィンと一際大きい音が聞こえた
剣がぶつかり合い団長の剣が折れ刃先がヒュンと飛ぶ

「危ない!」

ミュリエルの声が辺りに響いた
折れた剣の刃先が向かった先
そこには父親に肩車をされた5歳ほどの男の子

まさかの事態に誰もが動けない
瞬間

腕と肩にあった重みが消え
男の子めがけて飛んできた刃先が白い肌に突き刺さる
ドサッと3人が倒れ

人混みが避けるように散らばる
キャーと女の悲鳴が聞こえ

ウルドは3人が倒れた場所へ駆けつける
尻餅をついた男が男の子を抱えている
親子は無事

「ミュリエル!」

もう一人倒れた女性ミュリエルは腕から血を流していた
腕には深々と剣の刃先が刺さっている

「ミュリエル様!」

ライアンも駆けつけた

「平気です、私は大丈夫、すいませんが兄を呼んでいただけませんか?」

ウルドはミュリエルを抱き抱えると

「詰所で手当をします」と言って立ち上がった

団長と王太子が駆け寄る

「私は大丈夫ですのでお気になさらないで」
痛い表情を出さないように微笑む

ライアンは城内で仕事中のミュリエルの兄ランディを呼びに行き
ウルドはミュリエルを騎士の詰所に運ぶ

バンと青の騎士団の詰所の扉がウルドの蹴りで開かれた

詰所にいた騎士二人が何事かと見ると、
彼の腕には美しい令嬢が抱き抱えられていた

「下ろしてください、自分で歩けます」

白い腕には折れた剣先がささっており痛々しい

「おいレオ、応急処置頼む」

二人のうちの銀髪の小柄な男性が
「こっちへ」というと
ウルドは促された簡易ベットにミュリエルを寝かせた

「剣を抜くと出血が、、このまま一時的に傷を塞ぐか、、、?」
レオという騎士は迷っている

「治療魔法で治せないのか?」ウルドが言うと

「そんな高度な魔法使えるものなど滅多にいないよ」とレオは焦り迷った

ポタポタと血が騎士団の詰所の床を濡らす
「魔法士のところに連れて行くしか、、、。」

「平気、兄が来たらお医者さんに行きます」
わたしお金持ってこなかった
失敗

すると開け放たれていた扉からライアンが兄を連れて入ってきた
ミュリエルはゆっくり身を起こすと兄に頼む

「お兄様、外に馬車があるから、お医者さまのところに連れて行って」

兄はミュリエルの腕を見て険しい顔をする
ミュリエルの治癒魔法は自分で自分を治すことはできない事を聞いていた

「魔法士に見てもらった方が、、」

「教会の近くに腕のいい治療魔法師がいらっしゃるの、ロージー先生のところ」

ミュリエルの言葉にウルドが反応する

「ひゃ」
そのままウルドはミュリエルをまた抱き抱える

「俺が運びます」

「だから歩けます!」

「歩いてたら時間かかるだろ」

ウルドはそのまま駆け出していく

「おい待て、」ランディは後を追いかける
早い

ミュリエルは人一人抱えて走るウルドを見上げる
たしかに
自分が走るより早い

後ろを見ると兄が必死に追いかけてきている

「ミュリエル、ロージーを知ってるんだな、確かにロージーなら治せる」

ミュリエルはウルドを見上げる

「ロージーはまだ元気なのね」

ミュリエルの小さな呟きは風に消えてウルドには聴こえなかった
馬車に着くと

ウルドが御者に診療所の場所を伝えて
ようやくランディが追いつく
馬車に乗り込むとすぐに動き出した

息を整えランディはムスッとした表情で妹に問うた

「誰にやられた、不意打ちか?」

あの妹が傷を負うなどはじめての事だったのだ

「自業自得、自分のせい」ミュリエルが短く説明した

「ミュリエルは子供を庇って飛んできた剣を受けたんです」

なぜかウルドはミュリエルを抱き抱えたまま馬車に乗車し説明した

「たしか、夜会の時にあったな、、ウルド、スティー、、スティアード伯爵の、、、」

「はい、これからいく医者は知り合いです、連れて行きます」

兄が妹に目線をよこす

「お兄様、面倒ばかりかけてごめんなさい、お財布持っていないの」

「気にするな」

「というかお前なら防げただろう」

「だって、防御で弾いてしまったら他の人に当たってしまうかもと思って、、、」

兄妹の話にウルドはあの瞬間を思い出す

「ミュリエルはあの時一瞬で親子のところに移動したように見えたけど、
あれも魔法なのか?」

「そんなところ」

尋常じゃない動きだった

「はあ、また目をつけられるんじゃないか?」

「平気よロージー先生に治してもらえば」

馬車が停車した

「ウルド様、下ろして」

「この方が早い」

「そうじゃなくて、重いから」

「重くない」

「恥ずかしいの」

「もう着く」
ガタと診療所のドアを開けてウルドが口を開いた

「ロージー、患者を連れてきた、すぐ診て」

「ウルドか?」

ヒョコっと奥からメガネをかけた初老の男が顔を出す

ウルドに抱き抱えられたミュリエルは久しぶりに見たロージーに目を潤ませた
は、また涙腺が

涙を堪えてロージーを見る

「?!」

なぜかロージーは驚いた表情で微動だにしない

「ロージー!?早く診てくれよ」

ウルドが急かすと
「あ、ああ」
とロージーは動き出した

「こっちへ運んで」

診療室のベットに座らせられて
ミュリエルはひと息
ロージーがウルドに指示した

「ウルド、この刃を抜いて」

「俺が?」

「抜けたらすぐ治療魔法をかける」

ウルドは刃を掴むと一気に引き抜く

「ウッ」

ミュリエルは痛みを堪え、悲鳴も飲み込む

と同時にロージーは治療魔法をかけた
緑色の魔法陣が輝きじわじわと傷が治っていく

ミュリエルはその様子をゆっくり眺めていた
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