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第一話 目覚めたら公爵令嬢でした
しおりを挟む暗闇の中で、私は何度も同じ夢を見ていた。
舞を踊れと命じられ、ひたすらに足を動かす夢。
楽を奏でろと鞭を振るわれ、血のにじむ指で弦をはじく夢。
笑えと叱られ、頬の筋肉が固まるほど笑みを作らされる夢。
――奴隷の私は、そうして生きてきた。
その果てに、熱と咳に倒れて、薄れゆく視界の中で「もういい」と心の底から思ったのを覚えている。
だから死んだのだと、確かに思っていた。
……けれど。
目を開けた瞬間、私の視界には“絹の天蓋”が広がっていた。
金糸で縫い込まれた花模様。ふわりと香るのは、清らかな花の香水。
――こんな場所、知るはずもない。
「……え?」
かすれた声が漏れた。
驚いて身を起こそうとすれば、身体を包むのは奴隷服ではなく、真新しいレースのナイトドレス。
鏡に映ったのは、煤に汚れた肌ではなく、透き通る白い頬。
焦げ茶の瞳ではなく、深い瑠璃色の瞳を持つ美しい令嬢だった。
……私じゃない。
でも、動く。声も出る。間違いなく「私」なのだ。
◇
「お嬢様! お目覚めになられましたか!」
勢いよく駆け寄ってきたのは、メイド服を着た若い侍女だった。
彼女の手には銀盆に載せられた水差し。揺れる金髪の下から覗く瞳は、不安と喜びで潤んでいた。
私は慌てて口を開く。
「……えっと、あの……大丈夫。ありがとう」
無意識に礼を言ってしまった。
奴隷時代なら、使用人に礼を述べる主人など見たことがなかったから、彼女は一瞬固まった。
そして、胸に手を当て、小さな声で呟いた。
「……本当に、よかった……」
その顔は、なぜかとても安堵していた。
◇
数日後。私は自分の状況を少しずつ知った。
この身体は「エリシア・フォン・グランデール」。大国グランデール公爵家の一人娘。
病弱で床に伏してばかりの令嬢だったが、ある夜急に昏睡し――そして今、目覚めたらしい。
つまり私は、死んだ奴隷から「名門の公爵令嬢」へと転生したのだ。
◇
初めて食堂に顔を出した日のこと。
長いテーブルには、黄金の燭台と磨かれた食器。私の前には温かなスープが置かれる。
恐る恐る匙を取ると、舌に広がったのは優しい滋味。
――なんて美味しい……。
涙が出そうになった。
奴隷時代は、冷え切った粥や硬い黒パンしか口にできなかった。
温かい食事を、こんなふうに出されることなど一度もなかったのだ。
隣に座る父――公爵は、深く刻まれた皺を動かして私を見ていた。
「……エリシア。随分と顔色が良いな」
その声は、威厳の奥にかすかな安堵を滲ませている。
私は、知らず笑みを浮かべていた。
「はい。とても……美味しいです」
その瞬間、父の瞳が驚きに見開かれた。
病弱で無表情だったはずの娘が、心からの笑みを見せたのだから。
胸の奥で小さな決意が芽生える。
――今度こそ、私は自分の力で生きていこう。
奴隷として叩き込まれた芸も知識も、この身を守る武器になるはずだ。
新しい人生は、静かに幕を開けた。
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