奴隷だった少女は公爵令嬢に転生して幸せになります

和若

文字の大きさ
1 / 13

第一話 目覚めたら公爵令嬢でした

しおりを挟む





 暗闇の中で、私は何度も同じ夢を見ていた。
 舞を踊れと命じられ、ひたすらに足を動かす夢。
 楽を奏でろと鞭を振るわれ、血のにじむ指で弦をはじく夢。
 笑えと叱られ、頬の筋肉が固まるほど笑みを作らされる夢。

 ――奴隷の私は、そうして生きてきた。

 その果てに、熱と咳に倒れて、薄れゆく視界の中で「もういい」と心の底から思ったのを覚えている。
 だから死んだのだと、確かに思っていた。

 ……けれど。

 目を開けた瞬間、私の視界には“絹の天蓋”が広がっていた。
 金糸で縫い込まれた花模様。ふわりと香るのは、清らかな花の香水。
 ――こんな場所、知るはずもない。

「……え?」

 かすれた声が漏れた。
 驚いて身を起こそうとすれば、身体を包むのは奴隷服ではなく、真新しいレースのナイトドレス。
 鏡に映ったのは、煤に汚れた肌ではなく、透き通る白い頬。
 焦げ茶の瞳ではなく、深い瑠璃色の瞳を持つ美しい令嬢だった。

 ……私じゃない。
 でも、動く。声も出る。間違いなく「私」なのだ。



「お嬢様! お目覚めになられましたか!」

 勢いよく駆け寄ってきたのは、メイド服を着た若い侍女だった。
 彼女の手には銀盆に載せられた水差し。揺れる金髪の下から覗く瞳は、不安と喜びで潤んでいた。

 私は慌てて口を開く。
「……えっと、あの……大丈夫。ありがとう」

 無意識に礼を言ってしまった。
 奴隷時代なら、使用人に礼を述べる主人など見たことがなかったから、彼女は一瞬固まった。
 そして、胸に手を当て、小さな声で呟いた。

「……本当に、よかった……」

 その顔は、なぜかとても安堵していた。



 数日後。私は自分の状況を少しずつ知った。
 この身体は「エリシア・フォン・グランデール」。大国グランデール公爵家の一人娘。
 病弱で床に伏してばかりの令嬢だったが、ある夜急に昏睡し――そして今、目覚めたらしい。

 つまり私は、死んだ奴隷から「名門の公爵令嬢」へと転生したのだ。



 初めて食堂に顔を出した日のこと。
 長いテーブルには、黄金の燭台と磨かれた食器。私の前には温かなスープが置かれる。
 恐る恐る匙を取ると、舌に広がったのは優しい滋味。
 ――なんて美味しい……。

 涙が出そうになった。
 奴隷時代は、冷え切った粥や硬い黒パンしか口にできなかった。
 温かい食事を、こんなふうに出されることなど一度もなかったのだ。

 隣に座る父――公爵は、深く刻まれた皺を動かして私を見ていた。
 「……エリシア。随分と顔色が良いな」
 その声は、威厳の奥にかすかな安堵を滲ませている。

 私は、知らず笑みを浮かべていた。
「はい。とても……美味しいです」

 その瞬間、父の瞳が驚きに見開かれた。
 病弱で無表情だったはずの娘が、心からの笑みを見せたのだから。

 胸の奥で小さな決意が芽生える。
 ――今度こそ、私は自分の力で生きていこう。
 奴隷として叩き込まれた芸も知識も、この身を守る武器になるはずだ。

 新しい人生は、静かに幕を開けた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

処理中です...