奴隷だった少女は公爵令嬢に転生して幸せになります

和若

文字の大きさ
3 / 13

第三話 弟を救う手

しおりを挟む
ある日の午後、屋敷は慌ただしい空気に包まれていた。
 廊下を行き交う侍女や執事たちの顔には焦りが浮かび、何かを言いかけては口を閉ざす。

 私は思わず声をかけた。
「……何か、あったのですか?」

 マリアが言い淀んだ後、小さな声で答える。
「坊ちゃまが……また熱を出されたのです」

 坊ちゃま――私の弟、アルノルト。
 まだ十歳に満たない年で、体が弱く、しょっちゅう寝込んでいると聞いていた。



 私は急いで弟の部屋へ向かった。
 大きなベッドの上で、アルノルトは顔を真っ赤にして苦しげに寝息を立てていた。
 額には冷やした布が置かれているが、もう温まってしまい役目を果たしていない。

「お嬢様……」
侍女が私を見て、困ったように首を振った。
「医師は薬を処方なさっています。ですが、熱がなかなか下がらず……」

 机の上には、銀の器に残された薬。苦いのか、あまり飲めていないようだ。

 私はベッドの傍らに膝をつき、弟の顔をじっと見つめる。
 ――このままでは、衰弱してしまう。

 ふと、奴隷時代の記憶がよみがえった。
 荒れ果てた街外れで、同じ奴隷仲間が熱を出したとき。
 医者など呼べるはずもなく、私たちは自分たちで森へ薬草を探しに行った。
 そこで学んだのだ――「熱を和らげる葉」や「咳を鎮める花」の存在を。



「マリア。屋敷の裏庭に、薬草園がありますか?」

「え? は、はい。昔の公爵夫人がお世話していたものが……今はほとんど手入れされていませんが」

「案内して」

 マリアが慌てて私を連れて行くと、石垣に囲まれた庭に、雑草に混じって見覚えのある葉がいくつも茂っていた。
 ――セレン草。熱を下げる効果がある。
 ――月影の花。乾燥させて煎じれば咳を和らげる。

 私は夢中で手を伸ばし、必要な草を摘み取った。
 奴隷だった頃に必死で覚えた知識が、今この子を救えるかもしれない。



 部屋へ戻り、私は侍女たちの前で草を細かく刻み、湯に浸して即席の煎じ薬を作った。
 湯気とともにほのかな青い香りが広がる。
 匙ですくい、そっと弟の唇へ運ぶと、アルノルトは小さく咳き込みながらも飲み下した。

 ……数時間後。
 再び様子を見に行くと、弟の顔の赤みは和らぎ、穏やかな寝息に変わっていた。
 その姿に、侍女たちは驚きと安堵で声を上げる。

「まさか……本当に熱が下がって……!」
「お嬢様が……救われたのですね」

 私は静かに頷いた。
「いえ、昔……聞きかじった知識を思い出しただけですわ」

 けれど胸の奥は、温かなもので満ちていた。
 奴隷として過ごした痛みが、今こうして家族を救う力に変わったのだ。



 夜。食堂に呼ばれると、父が席についていた。
 いつもの厳しい表情……けれど、目の奥はわずかに柔らかい。

「エリシア。アルノルトのことを聞いた」
「……ご無礼をしました。お医者様の薬を差し置いて、勝手に」

「いいや。あれで息子の熱が下がった。礼を言わねばならん」

 父は一呼吸置き、低い声で続けた。
「私は……娘を長く病に苦しめてしまったから、子に『強さ』ばかりを求めてしまったのだろう。
 だが今日、お前は優しさで弟を救った。……それは私にはできぬことだ」

 その言葉に胸が熱くなる。
 父は確かに厳しい。けれど、その奥にあるものを私はもう見逃さない。

「ありがとうございます、お父様」

 思わずそう言うと、父は驚いたように目を細め、照れ隠しのように咳払いした。



 弟の寝顔を見守りながら、私は心に誓う。
 ――この知識をもっと磨き、家族を、そしてこの家を守れるようになろう。

 奴隷だった私にしかできないことが、きっとある。
 新しい人生は、ますます輝きを増していく。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...