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第三十三話 竹中静坐・逃れられぬ宿命
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「竹中殿。」
柳澈涵は戸口まで歩み、そこでふと足を止めた。
「いつか、尾張に言葉を届けねばならぬときが来ても、みずから危険を冒して山を越える必要はありません。」
彼は振り返り、戸の外に目を向けた。
「藤吉郎。」
廊下の向こうから、すぐさま「はい」という返事と、忙しない足音が近づいてくる。
名を呼ばれた木下藤吉郎が戸を押し開けて入ってくると、慌てたように姿勢を正した。
「竹中殿。」
柳澈涵は紹介した。
「こちらが木下藤吉郎。在下は、今後は尾張に留まることが多くなりましょうが、こやつはあちらこちらを飛び回ることになる。竹中殿が在下に伝えたいことができたときは、この者に託されるがよい。文字はあまり読めませぬが、道を間違えぬことでは誰にも負けぬ。」
竹中は藤吉郎を上から下まで一瞥した。相手は、どこか用心深そうに、しかし悪戯好きの猿のように目を光らせている。
「これが、噂に聞く尾張の『小猿』か。」
彼は軽くうなずいた。
「では、これから先は、木下殿にも骨を折っていただかねばなりませんな。」
藤吉郎は一瞬ぽかんとしたが、すぐに頭をかきながら笑った。
「お二方のために走り回れるなら、これ以上の冥加はございません。」
「お前はまず、自分の足で山に迷い込まぬようにだけ気をつけておれ。」
柳澈涵は淡々と言った。
「はいっ、澄斎殿。」
藤吉郎は大きくうなずいた。
――
寺の門前に出ると、夜はすでに深く沈み込んでいた。
柳澈涵と藤吉郎の背を見送りながら、竹中は廊下に立ち尽くし、その影が竹の闇に紛れて見えなくなるまで、目で追い続けていた。
山から吹き下ろす風が、寺門の両脇に吊るされた風鈴を揺らし、かすかな音を重ねた。
部屋に戻った竹中は、再び碁盤を広げた。
先ほど二人で打った一局を、初手からなぞり直す。
一手、また一手と石を置くたび、彼の頭には、あの男の一言一句、一太刀、一瞥がよみがえる。
中盤にさしかかったところで、竹中の手は止まった。
盤の中央付近に置かれた、稲葉山を象徴する黒石が、静かにそこにある。
竹中は、その石を指先でつまみ上げ、盤の外にそっと置いた。
「稲葉山……。」
彼はかすかな声で、その名を繰り返した。
「それは果たして、斎藤のものか。それとも、美濃のものか。」
蝋燭の炎が、不意にふっと揺れ、壁に映る影を大きく震わせた。
その夜ののち、竹中重治は、生涯で初めて、はっきりと自覚することになった。
――自分は、この一生で「城を奪う」ということから、決して逃げおおせることはあるまい、と。
柳澈涵は戸口まで歩み、そこでふと足を止めた。
「いつか、尾張に言葉を届けねばならぬときが来ても、みずから危険を冒して山を越える必要はありません。」
彼は振り返り、戸の外に目を向けた。
「藤吉郎。」
廊下の向こうから、すぐさま「はい」という返事と、忙しない足音が近づいてくる。
名を呼ばれた木下藤吉郎が戸を押し開けて入ってくると、慌てたように姿勢を正した。
「竹中殿。」
柳澈涵は紹介した。
「こちらが木下藤吉郎。在下は、今後は尾張に留まることが多くなりましょうが、こやつはあちらこちらを飛び回ることになる。竹中殿が在下に伝えたいことができたときは、この者に託されるがよい。文字はあまり読めませぬが、道を間違えぬことでは誰にも負けぬ。」
竹中は藤吉郎を上から下まで一瞥した。相手は、どこか用心深そうに、しかし悪戯好きの猿のように目を光らせている。
「これが、噂に聞く尾張の『小猿』か。」
彼は軽くうなずいた。
「では、これから先は、木下殿にも骨を折っていただかねばなりませんな。」
藤吉郎は一瞬ぽかんとしたが、すぐに頭をかきながら笑った。
「お二方のために走り回れるなら、これ以上の冥加はございません。」
「お前はまず、自分の足で山に迷い込まぬようにだけ気をつけておれ。」
柳澈涵は淡々と言った。
「はいっ、澄斎殿。」
藤吉郎は大きくうなずいた。
――
寺の門前に出ると、夜はすでに深く沈み込んでいた。
柳澈涵と藤吉郎の背を見送りながら、竹中は廊下に立ち尽くし、その影が竹の闇に紛れて見えなくなるまで、目で追い続けていた。
山から吹き下ろす風が、寺門の両脇に吊るされた風鈴を揺らし、かすかな音を重ねた。
部屋に戻った竹中は、再び碁盤を広げた。
先ほど二人で打った一局を、初手からなぞり直す。
一手、また一手と石を置くたび、彼の頭には、あの男の一言一句、一太刀、一瞥がよみがえる。
中盤にさしかかったところで、竹中の手は止まった。
盤の中央付近に置かれた、稲葉山を象徴する黒石が、静かにそこにある。
竹中は、その石を指先でつまみ上げ、盤の外にそっと置いた。
「稲葉山……。」
彼はかすかな声で、その名を繰り返した。
「それは果たして、斎藤のものか。それとも、美濃のものか。」
蝋燭の炎が、不意にふっと揺れ、壁に映る影を大きく震わせた。
その夜ののち、竹中重治は、生涯で初めて、はっきりと自覚することになった。
――自分は、この一生で「城を奪う」ということから、決して逃げおおせることはあるまい、と。
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