戦国澄心伝

RyuChoukan

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第一百一十九話 宗久茶席・一碗看天下

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     数日後、鴨川の南。

堺今井家の上洛屋敷は、低い町家が並ぶ一角の奥にひっそりと隠れていた。

門前は決して華やかではない。小さな暖簾が一枚かかり、その隅に「今井」の二字が控えめに刺繍されているだけだ。

弥助は門の外で周りを見回し、思わずぼそりと漏らした。

「これじゃ茶屋より目立たないじゃないですか。」

「貴いものほど、表はつつましく装う。」

柳澄原は扇を閉じた。

「入ろう。」

迎えに出たのは石田だった。

今日はいつもよりきちんとした直垂をまとい、腰の金袋はそのままに、目つきだけはいっそう抑えられている。

「宗久様は、すでにお待ちです。」

彼はふたりを前庭へと導き、小さな露地を回り込む。

露地は驚くほど簡素だ。

幾枚かの飛石、背の低い竹が一本、そして水鉢がひとつ。水面には、半分しおれかけた椿が一輪浮かんでいる。

華美さはないが、徹底して清らかだった。

茶室の躙り口は低い。

弥助は危うく腰を折り忘れそうになり、柳澄原にそっと肩を押されて、額を打たずに済んだ。

炉はすでに切られている。

今井宗久が自ら炉の傍らに座していた。その脇には、もうひとり男が控えている。袴は深い暗色で、顔つきは静かだが、目許には刀のような鋭さが潜んでいた。

石田が片膝をつき、恭しく紹介する。

「こちらが堺今井家の宗久様。」

宗久は五十に近い年頃で、髭は整然と整えられ、どの動きにも算盤の珠をはじく時のような正確さがある。

「東山の澄原殿か。」

彼は上下を一瞥し、ごく薄い笑みを浮かべた。

過不足のない礼でありながら、どこか探るようでもあった。

「あの三条の夜は、茶を一滴もこぼさず、かたじけなかった。」

「恐れ入ります。」

柳澄原は頭を下げた。

「ただ、手が勝手に動いただけのことにて。」

石田は続けてもう一人を指し示す。

「こちらは、堺の千宗易様。」

その男は、わずかに身をかがめて挨拶を返した。

まだ「利休」の名は名乗っていないが、堺の茶人たちの間では、すでにかなりの評判になっている人物だ。

彼は炉の火を見つめ、あまり余計な言葉を挟まなかった。

点前は、宗久自らが行う。

炭はすでに調えられ、火勢は衰えず、釜の湯の音は遠寺の鐘のように穏やかだ。

水は鴨川の上流から汲んできた澄んだ水、茶は堺に最近届いたばかりの上等の抹茶である。

宗久の手には一切の無駄がない。

茶杓、茶筅、茶碗が、その掌の中で滑らかなひとつの線になってゆく。

まず主客へ、次に次客へ――そして「特別の客」へ。

三碗目の茶を、宗久は自ら持ち、柳澄原の前に差し出した。

茶面は絹のようになめらかで、緑は深く落ち着いている。

茶碗そのものは、決して派手なものではない。

わずかにくすんだ色合いの唐物の古碗で、口辺には小さな欠けが一つあり、それが却って古びた味わいを添えていた。

「どうぞ。」

柳澄原は両手で碗を受け取る。

指の腹で、まずそっと外側の肌を撫でる。

釜の湯の音はちょうどよく緩み、火勢は強すぎず、茶の色も浮き立たない。

柳澄原はふっと笑い、口を開いた。

「今日の茶火は、三条の夜より、ずいぶん落ち着いておられますな。」

宗久の目がわずかに輝く。

「ほう?」

「あの晩の茶は、火を急ぎ過ぎておりました。」

柳澄原は静かに言う。

「茶の香りが先に立ち、水の気がまだ十分にはこなれていなかった。

今日の火は、水を支えこそすれ、香りを奪わぬ。喉を過ぎるとき、舌の根に残る苦みがやや重いぶん、後から何度も甦ってまいります。」

「先生の舌には算盤が忍んでおる。」

宗久は小さく嘆息した。

横で、千宗易が初めて顔を上げる。

柳澄原はもう一口啜り、碗を置いた。

「ひと碗のうちに、火と水の争いが見えます。」

彼は何気ない調子で言う。

「もし茶室をひとつの城と申すなら、宗久殿は今日、火に水の下座をおさせになっておられる。」

宗久の笑みは、次第に深くなっていく。

「では、この城の外の城は、澄原殿の目にはどう映る。」

柳澄原は、茶室の小さな窓から差す光をちらと見た。

窓の外には、わずかに瓦の端と空の色が覗くだけで、京の喧噪は遠くでぼやけている。

「今の京は――」

彼はゆっくりと言葉を選んだ。

「火が押さえられているように見えて、まだ消えてはおりません。水面は静かに見えても、底では至るところでうねっている。」

宗久の指先が膝の上で軽く三度ほど叩かれた。

「堺の船を、この水にどれほど通わせるべきか。」

千宗易が不意に口を開いた。

声は大きくはないが、よく通る。

「結局は、この水がどちらへ溢れてゆくか次第でございましょう。」

彼は柳澄原を見た。

「もし水が最後には碗からこぼれ出る運命にあるとしたら――

そのとき澄原殿は、この碗を手に持ったまま、一番湯をかぶりやすい場所に立っておられるので?」

弥助は思わず身じろぎした。

柳澄原は、ただ微笑んだ。

「火傷を恐れる醫者なら、初めから火に近づくべきではありますまい。」

「堺の茶が――」

彼は宗久の方を向く。

「先に兵糧の前を行くのか、それとも兵糧の後をついてゆくのか。」

宗久の目に、一瞬だけ深い色が走る。

「先生のお考えは。」

「兵糧より前を歩く茶は、人に代わって水深を探る。

兵糧より後ろを歩く茶は、人の後始末を担う。」

柳澄原は言った。

「宗久殿がどちらをよくなさるかは、ご自身が一番おわかりでしょう。」

茶室に、しばし沈黙が落ちる。

千宗易はふと、自分の前にある、まだどこか不格好な黒樂の試作茶碗に目を落とした。

この東山の醫師は、碗を見ながら、釉薬の色でも土の由来でもなく、「この碗の中に何を残そうとしているか」だけを見ているのではないか――そんな感覚が胸を過った。

「いずれにせよ。」

やがて宗久が笑いだした。

「堺は先生に、一碗分の茶の借りを負うといたしましょう。」

彼は石田に目配せをする。

「これから堺の船が山城へと上るときには、まず東山に寄って挨拶をするように。」

石田はすぐに意味を悟り、深く頷いた。

それは盟約でも誓詞でもない。

しかし堺の帳簿には、この日から新しい一行が加わることになる。

「東山・澄原――火加減を見極め得る者。」
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