戦国澄心伝

RyuChoukan

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第一百二十九話 東山夜雨・門主入院

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    六月の京は、昼は火で炙られた紙のように乾き、夜になるとふいに雨を落とす。

東山の残院は、その雨音に幾重にも洗われていく。

軒下の焦げ跡はいっそう黒く、楓の葉はいっそう鮮やかに、門の灯はぶれずに吊られたまま、瞬きもしない一つの眼のようにそこにあった。

弥助は針箱を片づけていた。

ここ数か月で、彼はすっかり慣れている。昼に来るのは病で、夜に来るのは風だということに。

門の外で、まず傘の骨が石段に触れるかすかな音がした。

続いて、ごく控えめなノックの音が一つ。急ぎもしないが、緩みもしない。あたかも、院の中に誰かが起きているのを確信しつつ、何かを驚かせまいとしているかのように。

弥助が戸を開けると、雨気が一気に流れ込んでくる。

最初に目に入ったのは一張の白い傘。縁から滴る雨が細い線になって落ちている。

次に見えたのは、非常に清潔な下駄の足先。濡れた石畳を踏んでいるのに、水飛沫が乱れない。

それからようやく、傘の下の顔が見えた。

弥助の息が、その一瞬だけほとんど止まる。

けばけばしい美しさではない。

むしろ、まるで月光が鞘に落ちたときのような、力の要らない美しさだった。

明るいのに目を刺さない。

眉と目には、生まれつきのいたずらっぽさがわずかに宿っている。

唇の端は笑っているようでいて、笑いを言葉にする寸前でぴたりと止めている――その加減の取り方が異常なほど正確だった。

彼女は勝手に踏み込むことはせず、傘をそっと傾けて、袖口の半ばだけを見せた。

袖口は決して華美ではない。

だが、町家の女たちにありがちな雑さがなく、縁の縫い目も裾の折り返しも狂いがない。礼法の中からそのまま抜け出てきたような整い方だった。

「お邪魔します。」

そう口を開いた声も、高くはないが、語尾が澄んでいる。

「澄原先生は、いらっしゃいますか。」

弥助は反射的に「先生はおります」と答えかけた。

しかし、彼女の目尻に浮かんだ、あの小さないたずらの光が、その半拍をさらっていく。

――弟子でしょう?

――わたしをただの客として、適当に追い返すつもりはありますか?

そんなふうに問われている気がしたのだ。

弥助は歯を噛みしめ、口調を改める。

「どうぞお入りを……いえ、先生は、廊下に。」

彼は半歩だけ身を引き、門を「一人が跨げる」幅に開ける。

中の庭が外から丸見えにならない、ぎりぎりの幅だった。

女は傘を畳んで足を踏み入れる。

傘についた雨粒が石灯籠の脇に、点々と散るように飛ぶ。追跡できる線を、わざと残さないかのように。

廊下に入った彼女の姿には、少しの慌ただしさもなかった。

まるで、この雨そのものが、彼女のために降っているかのように。

柳澈涵は、廊下の陰から現れた。

袖口は少し濡れているが、視線は揺れない。

彼が彼女を見た最初の瞬間、顔ではなく「立ち位置」を見た。

門灯の光と影の境目、光の中に踏み込みすぎず、雨の中にも退かず――「話してもいいし、退いてもいいし、名を残さなくてもいい」場所に、彼女は立っていた。

「澄原龍立。」

彼女が先に名乗って、きちんと一礼する。その礼は、どこから切っても非の打ちどころがない。

「八重美と申します。」

家名は告げないまま、「わたしは誰か」という言葉だけを、印を押すようにまっすぐ置く。

媚びもせず、曖昧にも逃げない。

柳澈涵も礼を返す。

「夜雨の中でのご来訪。ご用向きは。」

八重美は顔を上げ、唇の端をふっと緩めた。

そのいたずらっぽさは、わざと門の高さを試しているようにも見える。

「先生に、死なせるわけにはいかない人を、一人助けていただきたいのです。」

弥助の心臓が大きく跳ねた。

この言葉が普通の人の口から出れば、ただの取り乱しだ。

けれど彼女が言うと、それはあらかじめ書いておかれた問いの紙のようで、あとは柳澈涵が筆を入れるだけだった。

柳澈涵は「誰なのか」とは聞かず、「今夜か」とだけ問う。

「今夜。」

八重美は頷く。

「これ以上遅くなれば、京から灯が一つ、余計に消えます。」

そう言って、袖から小さな信物を取り出した。

金銀でもなく、富を誇るようなものでもない。

薄い木札が一枚。縁は丸くなるまで指先で撫でられている。

裏には、ごく細い線が一本刻んであり、門の内側の通行符のような印だった。

彼女はその木札を廊下の欄干の上に置く。

手に押しつけることはしない。

「わたしは、女を売って門をくぐる気はありません。」

声は淡々としている。「この門は、自分で歩いて出てきた門です。

先生が歩く気がおありなら、お取りください。おありでないなら――わたしは、今夜ここに来なかったことにします。」

柳澈涵の目が、わずかに細くなる。

これは頼みではない。賭けだ。

賭けているのは命のツボであり、同時に、自分の境界線でもある。

彼は手を伸ばす。

だがすぐには木札を取らず、指の腹でその角をそっと押さえる。

今にも跳ね上がりそうな風を、まず押さえ込むように。

「案内を。」

八重美の笑みから、ごく僅かな色が消えた。

だがすぐに、もとの位置に戻る。

振り返ったとき、傘はもう差していなかった。

どれほど雨が強かろうと、彼女の開けようとする扉を止められないと言わんばかりに。

弥助は慌てて薬箱を背負い、木刀をつかんでその後に続く。

そのとき、柳澈涵の低い声が耳に届いた。

「弥助。目は道を見て、耳で人を見るのだ。」

雨夜の東山の石畳は、濡れて光っていた。

誰かが細長い刀の背を地面一面に敷き詰めたように。

八重美は先を歩く。足取りは速くもないのに、一歩ごとに水飛沫の立たない場所だけを正確に踏んでいく。

柳澈涵と弥助がその後を行く。

雨音の中に、もう一筋、遠くからついてくる足音があった。

急かず、遅れず。

柳澈涵は振り返らない。

ただ、袖の中で指を一つ折る。

門はすでに開いた。

門を見張る者もまた、もう来ている。

雨脚は一段と強くなった。

京の夏が、沸騰しかけた大鍋のように鳴り始める。
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