戦国澄心伝

RyuChoukan

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第一百五十二話 灯下立盟・夫妻の定局

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     夜が明けきる前、灯芯が小さく跳ねた。

八重美は手を伸ばし、その灯芯をそっと整える。動きは急がず、緩みもしない。これまでの道中と同じだ。どこで力を込め、どこで引くべきかを、いつも自然に知っている手つき。

柳澈涵は、その灯をいじる指を見つめながら、ふいに口を開く。

「清洲に入れば、お前は試される。」

八重美は顔を上げない。

「好きなだけ試させればよろしいわ。」

柳澈涵は続ける。

「口を試され、心を試され、『借り物の名分』として扱われるかどうかを試される。」

八重美はようやく目をあげ、猫のような笑みを浮かべる。だが、その軽さの裏には曖昧さはない。

「夫君。もしわたしが自分を借り物のように扱う人間だったら、あなたは今夜、わたしを澄斎に連れては戻らなかったでしょう?」

柳澈涵の声は静かだ。しかし、その静けさは誓いに似ている。

「お前を連れ帰ったのは、口実ではない。もう決まった局だからだ。」

八重美は瞬きをし、笑みがふっと柔らかくなる。

「夫君のその言葉、まるで求婚のようですこと。」

柳澈涵は逃げない。

「すでにお前を『夫人』と認めた。求婚は礼にすぎぬ。守ることが、本当の務めだ。」

八重美は、自分の底を、飾らずにさらけ出す。

「わたしをあれこれ試そうとする手には、刀の“背”を触らせてあげましょう。」

柳澈涵は頷く。

「それでいい。」

彼は立ち上がり、彼女の前に歩み寄って、半歩分の距離で止まる。その距離は侵略ではない。だが、彼女を自分の影の中へ確実に収めるのに足りる近さだ。八重美は見上げ、ふっと笑う。

「夫君のように冷静な方が、どうしてわたしみたいに、いつも笑っている女を好まれたのかしら。」

柳澈涵は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「お前が笑うとき、心は散らないからだ。」

八重美の瞳に光が射す。

「わたしも、ずっと前から夫君を決めていましたのよ。勝てるからじゃない。あなたがそこに立っていると、それだけで、自分の命を預けていいとわかるから。」

外では、風が少し強くなった。

弥助は外の間で刀をしまいながら、その指先を少しだけ強く握り、また緩める。突然理解したのだ。これは物語ではない。御主人の局であり、夫人の命そのものだと。

幸蔵は門のそばで、ほとんど聞こえないほどの咳をする。自分がこれ以上奥へ踏み込んではならないと、己を戒めるような咳だ。

柳澈涵は手を伸ばし、八重美の手を握った。その握りは優しいというより、ひたすらに確かだ。二人の命を同じ綱に括りつけるような力のこめ方だった。

「今夜からだ。」彼は言う。「お前は借り物の名分で生きる女ではない。柳澈涵の夫人そのものだ。」

八重美は笑う。その笑みは、ようやく灯火が揺れをやめたときの明るさに似ていた。

「夫君。」

彼女は額をそっと彼の肩に預ける。長い風の中を飛び続けてきた鳥が、ようやく揺れない岩に降り立ったかのように。

柳澈涵は目を上げ、窓の外を見やる。清洲の夜は、刀が鞘に収まる前の最後のひと押しのように、重たく沈んでいる。

門は開こうとしている。火は上がろうとしている。

そして、彼の傍らに立つ者は、重荷でも、言い訳でもない。火の縁に並び立てる人間だ。

灯は揺れず、まっすぐ燃えている。

その夜の澄斎は、鞘に収められた一本の刀のように、静かに夜明けを待っていた。
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