戦国澄心伝

RyuChoukan

文字の大きさ
177 / 268

第一百七十九話 桔梗無地・光秀問策

しおりを挟む
 永禄十一年、春。越前の雪は解け、地はぬかるむ。

足利義秋は朝倉義景の主催で元服し、名を足利義昭と改めた。

儀は盛大だった。朝倉家は面目を立て、義昭は一瞬、出兵の兆しと錯覚した。

だが数日後、報が走る。――朝倉義景の嫡子・阿君丸が急死。

館内は哭声に満ち、義景は閉門し、日々嘆き、義昭の求めをすべて「服喪」を理由に退けた。

一乗谷外れ、荒れた古寺。

柳澈涵と光秀が向かい合う。外は雨。寺に仏はなく、乱世で道を探す二人だけがいた。

「朝倉は終わった」

光秀の第一声は屍のように冷たい。「嫡子が死に、義景は最後の体裁すら手放した。今は女の胸に顔を埋めて泣いているだけだ」

柳澈涵は地に簡図を描く。

「義景は、子が死んだから動かぬのではない」

柳澈涵が言う。「元から動けぬ。死は口実になっただけ。死者にすがって口実を探す大名に、あなたの“麒麟”を預ける価値はない」

光秀が柳澈涵を見る。

「おぬしは、何者だ」

光秀が問う。「凡人にこの眼はない。……この図も」

柳澈涵は答えない。図の南を指した。

「私が誰かは重要ではない。重要なのは――火の在処を知っていることだ」

指は美濃をなぞり、岐阜で止まる。

「そこにいる男は、口実を要さぬ。火把を握り、乾いた薪を探している」

光秀の瞳が収縮した。

「織田信長か。尾張の大うつけ……?」

「うつけではない」

柳澈涵は言う。「修羅だ。明智殿、あなたが重んじるのは“理”。彼が重んじるのは“力”。力の伴わぬ理は――さきほど義昭殿下の手で折れた扇骨と同じだ」

「将軍を岐阜へ連れて行け、と?」

「私が行けと言うのではない」

柳澈涵は図を畳む。「天下があなたに行けと言っている。朝倉は死路、六角は腐泥。織田だけが、炉から出たばかりの刃だ。将軍の旗は最も速い刃に掛けてこそ、風を受ける」

光秀は長く沈黙した。秩序と名分を何より重んじる男にとって、朝倉を去り、悪名もある信長へ向かうのは、大きな心理の峠である。

柳澈涵はその躊躇を見抜いた。

「明智殿」

柳澈涵は立ち、破れた寺門へ歩く。「あなたが胸に抱く“幕府再興”は、蹴鞠しかしない公卿に支えさせるのか。――雨の夜に行軍できる武士に支えさせるのか」

光秀は目を閉じ、泥の匂いを含んだ湿った空気を深く吸い込む。

目を開けた時、迷いは消え、決然たる澄みが宿っていた。

「行く」

光秀が言う。「将軍を説得する。……その尾張の刃が、おぬしの言うほど鋭いことを祈る」

柳澈涵は微笑む。

「見えるはずです。あの刃は――あなたの想像より速い」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

ヤバイ秀吉

魚夢ゴールド
歴史・時代
題名通り、性格をヤバくした羽柴秀吉の伝記モノです。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...