戦国澄心伝

RyuChoukan

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第一百八十一話 立政寺会・虚父実兵

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 永禄十一年七月二十五日、岐阜城下・立政寺。

信長はここを将軍の行館として急造した。義昭を迎えるため、城下総出で寺を修繕し、金碧を施し、越前での住まいよりもなお奢らせた。

信長自ら、林秀貞、柴田勝家、丹羽長秀、森可成ら重臣を率いて寺門外に出迎える。数千の織田軍が道の両側に列を成し、長槍は林のごとく、甲冑は鮮やかに光る。

迫ってくる武威の圧――流浪の長かった義昭は眩暈を覚えた。恐怖ではない。歓喜だ。これこそ彼が渇望した“力”。

義昭が輿を降り、将軍の威を保とうと背筋を正す。

信長は歩み寄り、片膝をつき、武家の正式な大礼をとった。

「尾張 織田信長、公方さまに拝謁つかまつる! 来迎遅参、殿下に御苦労をお掛け申した!」

面目は尽くされた。

宴、酒が巡る。

義昭は頬を赤らめ、下座の信長を見、朝倉義景の死んだような顔を思い出し、胸が詰まった。杯を掲げて信長の前へ歩み――涙さえ落ちた。

「信長どの……」

声が震える。「今日の我が身、すべてはそなたのおかげ。そなたは臣ではない。再造の恩人だ。これより先、そなたを……父と呼ぶ」

場が凍り付いた。

年齢で言えば、信長は義昭よりわずか三歳上にすぎない。だがこの“父”は、義昭が差し出せる最大の餌であり、幕府再興のためなら何でも投げるという政治の賭けだった。

信長は一瞬、目を止め――すぐに大笑した。

「殿下、恐れ入る! そのお言葉、信長、身に余ります! 必ずや上洛の御供、力の限り尽くしましょう!」

笑いながら杯を飲み干す。

だが、その眼の底は――氷のように冷えていた。

宴が散る。

柳澈涵は澄斎の井戸端で髪を洗った。黒い染料が水に落ち、白髪が現れる。

“澄原龍立”の仮面を洗い流し、柳澈涵へ戻る。

信長が来た。供はない。身体にはまだ酒の匂い。

「柳」

信長が白髪を見て言う。「やはり白のほうが似合う」

「はい」

柳澈涵は髪を拭く。「信長公。……あの“父”の一言、いかがでした」

「反吐が出る」

信長は二語だけ吐き捨てた。宴の笑みは影もない。

「奴は思っている。名分を少し与えれば、田舎侍が尻尾を振ると。父と呼べば、俺が代わりに噛みついてやると」

冷笑が走る。「……違う。奴は用心棒を雇ったつもりだが、実際は強盗に身を売っただけだ」

「明智光秀は」

柳澈涵が問う。

「面白い」

信長が言う。「俺を見る目が、神を見るようでもあり、鬼を見るようでもある。だが頭は冴えている。上洛の兵糧を命じたら、半日で案を出した」

「良い刃です」

柳澈涵は言う。「だが気をつけよ。彼は“理”を重んじすぎる。いつかあなたの“力”が“理”を押し潰す時、その刃は手を傷つける」

「手を傷つける?」

信長は拳を握る。「俺が強ければ、刃は従う」
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