カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

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第二十二話 三位一体の巨獣

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 時間:九十日勝負・三十日目

 場所:澄原グループ本社・第一取締役会議室

 九十日間の賭けの行方を左右する、御前会議だった。

空気そのものに重力が加わったような圧迫感が漂う。権力と金が幾重にも積み上がり、見えない重しとなって会議室を押しつぶしている。

巨大な黒胡桃のロングテーブル。その最奥に座るのは、「日本財界の皇帝」と呼ばれる男――代表取締役社長・澄原惟宗。

彼は目を閉じている。ただ座っているだけなのに、神社に祀られる神像のような威圧と神聖さがあった。

その左隣には、取締役副社長・澄原龍仁(長男)。金縁の眼鏡をかけ、退屈そうに淡々とした顔で全体を見下ろしている。まるでつまらない一局の将棋でも眺めているかのようだ。

右隣には、専務取締役・澄原龍雅(次男)。口元に冷ややかな笑みを浮かべ、指先でテーブルを規則正しくトントンと叩いている。

そして社長のすぐ傍らには、高級なビジネススーツに身を包み、胸元に金色の「社長室室長」バッジを付けた女性――澄原澪(長女)。

彼女の手には、最高意思決定層の権威を象徴する社判が握られている。視線が龍立の方へと滑り、ほんの僅かにプロフェッショナルな会釈を送っただけだった。

だがテーブルの下では、膝の上で指が二度、軽くコツコツと打たれる。それは姉弟だけが知る、「よくやった」の合図だった。

佐久間・吉岡・鈴木ら特命室の面々に、この権力の聖域へ足を踏み入れ権利はない。

彼らは今、三十二階の特命準備室オフィスに集まり、社内通達用モニターに映る会議中継を食い入るように見つめていた。

掌には汗。喉は渇いているのに、誰も水を飲もうとしない。

会議室では、コンプライアンス担当役員・葛城宗一郎が淡々と戦果を読み上げていた。

「特命準備室・第一段階評価。工場は赤字を解消し黒字転換。百貨店は顧客満足度が過去最高を更新。物流は『業界標準』の構築により、地域の輸送キャパシティを掌握。――全線、勝利であります。」

大型スクリーンには、源田・水原・鈴木が連携して現場を動かした映像が映し出されている。

龍立はその中央に立ち、社長と取締役たちに深々と一礼した。

「社長、取締役の皆様。

 人を“部品”ではなく“人間”として扱う。それだけで、澄原の効率は今でも世界一であることを、私は現場で証明してまいりました。」

沈黙を破ったのは、社長室室長・澄原澪だった。

よく通る澄んだ声が会議室に響く。

「社長。

 社長室には、政財界のご令夫人方から、龍立室長への感謝状が多数届いております。

 彼は利益だけでなく、澄原グループの“格”――体面も回復させました。私は、相応の賞与・評価を与えるべきと考えます。」

副社長・澄原龍仁が、静かに眼鏡を押し上げる。

「賛成だ。副社長として、この報告書の内容を認める。」

専務・澄原龍雅の口元が、ぴくりと引きつった。

だが取り乱しはしない。むしろ、冷笑を深める。

「よくやったから、どうだというんだ?」

その一言が、和やかになりかけた空気を一瞬で凍らせた。

「グループ『財務統轄管理規程』に基づき、全子会社の利益は原則として本社に全額納入される。――CFO、決定を読み上げろ。」

CFO(最高財務責任者)・黒崎賢が立ち上がる。感情の欠片もない、抑揚のない声。

「専務の指示に基づき、グループA級戦略プロジェクト『湾岸新城』の資金不足を補うため、財務本部は特命準備室傘下三部門の今月利益を、すべて湾岸新城口座へ振替済みです。」

「加えて、グループ全体のキャッシュフローが『戦略的縮小段階』に入ったことを鑑み、次期四半期における特命準備室の運営予算を――ゼロとすることが決定されました。」

「なっ……」

澄原澪が思わずファイルをバタンと閉じた。

「黒崎CFO。その利益は、龍立室長が現場に約束した“ボーナス”です。トラック運転手やライン工、売り場の従業員たちへの約束された血と汗の対価よ。

 彼らのボーナスまで流用する気?」

龍立の表情は変わらない。だが、瞳の色は明らかに深く沈んだ。

「専務。」

押し殺した低い声が、長卓に響く。

「あの金は、私が“澄原家”の名において、数千人のドライバー・工員・カウンタースタッフに約束したものです。

 子どもの学費、親の治療費――そのための金だ。

 約束を破る者に、人を率いる資格はありません。」

「だから何だ?」

龍雅は肩をすくめ、掌を広げてみせる。

「奴らはグループの歯車だ。大業のために、多少削れようが、磨耗しようが当然だろう。」

龍立は、長卓の奥――社長を見た。

「社長。ご裁断をお願いします!」

澄原惟宗が、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

そこに父の温もりはない。ただ、凍てつくような鋭さだけがあった。

「獅子の子落とし(獅子の子を谷に落とす)。」

一言そう口にすると、龍立に短く視線を投げる。

「澄原ではな、自分の獲物すら守れん者に、分配を語る資格はない。……以上だ。解散。」

一言で、全てが決まった。

取締役たちは次々と席を立っていく。

龍雅は龍立の横で足を止め、勝者の冷笑を投げつける。

「三弟よ。

 お前が命がけで救った蟻んこどもは、結局、俺の餌になる。――悪くない働きだったけどな。」

龍雅と黒崎は、何事もなかったかのように会議室を後にした。

会議室の外、長い廊下の奥。

副社長・龍仁が龍立の横で足を止め、ふと足を止めた。

誰にともなく呟くように、かすれた声が漏れる。

「澄原グループの基盤は盤石だ。……ただし、誰かが基盤に五千億の穴を開けていなければ、の話だが。」

すぐ後ろから、社長室室長・澪が歩いてくる。

目の縁が、僅かに赤い。

彼女は立ち止まり、一枚の名刺を龍立の手に押し込んだ。

「三弟、ごめんね。

 これは父さんの“突き落とし”。あなたが本当に“化け物”に挑む覚悟があるか、試している。」

声を潜めて囁く。

「黒崎の帳簿を追いなさい。

 二兄の不動産セクションは――もう巨大なポンジ・スキームになっている可能性が高い。」

龍立は名刺をしまい、瞳を氷のように冷たく細めた。

三十二階・特命準備室。

扉を開けた瞬間、室内は葬式のような静けさに包まれていた。

源田鉄男、水原香織、鈴木彩音……全員がモニター越しに接続され、言葉を失って龍立を見つめている。

その沈黙は、怒りよりも残酷な「失望」の色を帯びていた。

「室長……俺たち、本当に限界までやりましたよ……」

佐久間が、絞り出すような声で言う。

「誰が、“負けた”って言った?」

龍立の声が、ふっと空気を変えた。

彼はスマートフォンを取り出し、海外番号を呼び出す。

「……俺だ。“プランB”を起動してくれ。」

「今すぐ、俺のオフショア個人信託から資金を移す。

 名義は『澄原龍立 個人特別功労賞』。第三者の法律事務所を通じて、委託支給だ。」

「金額は――約束したボーナスの“二倍”だ。」

十分後。

澄原精工・工場フロア。

若い見習い工の佐藤のスマホに、通知が届く。

【入金:1,000,000円 摘要:特命室長 個人特別功労賞(お詫び金を含む二倍支給)】

彼は固まった後、悲鳴のような歓声を上げた。

次の瞬間、工場全体が爆発するような歓喜の声に包まれる。

澄原物流・休憩所。

あの雨の夜、過労運転で死にかけたドライバーは、震える手で通知を見つめ、顔を覆ってしゃくり上げた。

泣いているのは金額の多さではない。その備考欄の一文のせいだ。

「本当にお疲れさまでした。必ず温かいご飯を食べてください。――澄原龍立」

特命準備室に戻り、龍立は、泣き笑いしながら現場から届く写真とメッセージを眺める。

その横顔は、驚くほど柔らかかった。

「ビットコインが、まだ一枚数ドルだった頃だ。気まぐれで百万枚ほど買っておいた。」

「この程度の金は、俺にとっては“お小遣い”みたいなものだ。」

彼はくるりと身を翻し、雨に煙る澄原金融タワーを見上げる。

「佐久間。全員に伝えろ。」

「給料は予定通り払う。仕事も予定通り続ける。」

「ただし今日から、目標は変わる。

 次の目的地は、あの金融タワーだ。二兄が開けた五千億の穴――あれを陽の下に引きずり出す。」
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