カナダに追放された財閥の三男が帰国しました:父が「搾取は伝統だ」と言うので、「あらゆる手段」を使ってこの1兆円規模のブラック巨艦を完全ホワイ

RyuChoukan

文字の大きさ
21 / 140

第二十一話 消えた六十分

しおりを挟む
     時間:翌日 午前九時。

     場所:澄原物流・総合配車センター。

荒垣雷蔵の逮捕によって、センターは一時的な混乱状態に陥っていた。

違法な覚醒ドリンクの使用は禁止され、ドライバーたちは軒並み疲労困憊の極みにある。

巨大なモニターボードには、真っ赤な遅延アラートが幾重にも点滅していた。

「坊ちゃま、想定以上にまずいです。」

吉岡俊介は、ビッグデータのダッシュボードを睨みながら報告した。

「僕らの顧客は、百貨店だけじゃありません。

 関東一帯の電子部品工場、生鮮スーパー、チェーン飲食店――その六割以上が澄原のネットワークに依存している。」

「法定速度・法定労働時間を守った場合、本日の輸送能力は四割も不足します。」

鈴木彩音は、無線機を握りしめながら走り込んでくる。

「外部の取引先からクレームが鳴り止みません! “納期に間に合わなければ損害賠償を請求する”って……」

龍立は、フロアのガラス越しに、炎天下で積み込みの順番を待っているトラックの列を見下ろした。

「吉岡。ドライバーの時間は、どこで溶けている?」

「“待ち時間”です。」

吉岡は、配送プロセスの分析画面を呼び出す。

「自社の倉庫や百貨店はまだマシですが、外部顧客のところがひどい。

 中小工場の梱包がバラバラで、ほぼ全部が手積み・手下ろしなんです。」

「ドライバーは、一回の集荷に平均三時間、“列に並ぶ時間”と“人力積み込み”に費やしています。」

「つまり、荒垣が違法ドリンクでかき集めた“追加の時間”は、全部そこで無駄になっていた。」

龍立は、ゆっくりと振り返った。

瞳の奥で、何かが鋭く光る。

「なら、その三時間を丸ごと潰す。」

「俺たちは、ただの運び屋じゃない。

 “物流の規格”を作る側だ。」

スマホを取り出し、グループ全体向けのビデオ会議アプリを起動する。

大画面には、二つの映像が並んだ。

一つは、澄原精工の工場でラインの前に立つ源田鉄男。

もう一つは、澄原百貨店のカスタマーサービスセンターにいる水原香織。

「これより特命準備室は、“全社第一種連携指令”を発令する。」

「源田さん。」

龍立は、源田の画面の横に図面を表示させた。

「昼間の空きラインを使って、“標準アルミ合金クイックロック・パレット”を緊急生産してほしい。

 トラックのレールにそのまま滑り込ませられる規格で。」



源田は図面に一瞥をくれると、鼻で笑った。

「そんなもん、残業なんざしなくてもいい。今日の午後には第一ロットを出してやるよ。」

「助かる。」

「だが、それだけじゃ足りない。」

龍立は、鈴木へと顔を向ける。

「鈴木。澄原物流本社の名で、すべての外部契約先に通達を出せ。」

「今この瞬間をもって、澄原物流は“標準化輸送スキーム”を導入する。」

「うちが提供する標準パレットを無料で貸し出す。そのパレットを使って梱包・積み込みを行った荷物は、運賃一割引き。

 さらに、専用の“ノーチェック・グリーンレーン”で優先的に処理する。」

「逆に、バラ積みや非標準梱包を続ける場合――」

「運賃は二割増し。

 加えて、“待機時間”一時間ごとに五万円の待機ペナルティを請求する。」

鈴木は、呆然とした顔で固まった。

「坊ちゃま、それ……完全に“踏み絵”です。反発は避けられません。」

「逃げ場はない。」

龍立は、淡々と言った。

「このエリア全体で、ここまでの処理能力を持っているのは澄原だけだ。

 嫌なら、自前で車両と倉庫を用意すればいい。」

「一日もすれば、“うちの標準”をありがたがるようになる。」

「同時に――」

龍立は、水原の画面を見た。

「水原さん。百貨店側も“模範ケース”として、“ナイト・サイレント受け入れレーン”を先行導入してほしい。

 夜間でも、近隣の迷惑にならない静音仕様の受け入れラインだ。」

「了解しました。」

水原は、短く頷いた。

午後十四時。

通達は、予想どおり小さな騒ぎを生んだ。

だが最初の一社――電子部品工場が、試しに“澄原標準パレット”を導入してみた。

その結果。

本来三時間かかっていた積み込み作業が、フォークリフト一すくい、レールに沿って一押し――十五分で終わった。

しかも、運賃は一割引き。

それを知った他社も、我先にと標準パレットの申請を始めた。

源田鉄男の工場は、フル稼働でパレットを量産する。

アルミ合金製の銀色のパレットが、次々と市場に投入されていく。

やがて――

奇跡とも呼べる変化が現れた。

バラバラだった梱包方式が揃えられたことで、サプライチェーン全体の“待ち時間”が一気に圧縮されたのだ。

一週間後。

関東一円の物流回転率は、四割も向上していた。

夕陽が東京湾を朱に染めている。

一台のトラックが、車庫へ帰ってきた。

髭面のドライバーがキャビンから飛び降り、スマホの時計を確認する。

「……本当に、終わってる。」

「しかも、娘の誕生日に……間に合う。」

ポケットの中で、手のひらに当たる硬い感触。

最後の一本として隠しておいた《レッド・デーモン》のボトル。

男はしばらくそれを見つめていたが――やがて、無言でアスファルトに叩きつけ、そのまま靴で踏み潰した。

荒垣雷蔵が誇っていた“暴力的効率”は、龍立の“規格を作る力”の前では、ただの粗悪な代用品にすぎなかった。

龍立は「効率」を取り戻しただけでなく、澄原の標準そのものを、業界標準へと押し上げたのである。

しかし、喜んでいる暇はない。

この成果をもって挑むべき取締役会は、すでに目前まで迫っていた。

――嵐の前の、わずかな凪にすぎないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...